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矢野久美子『ハンナ・アーレント 「戦争の世紀」を生きた政治哲学者』(中公新書、2014年)

矢野久美子『ハンナ・アーレント 「戦争の世紀」を生きた政治哲学者』(中公新書、2014年) 目次 まえがき 第1章 哲学と詩への目覚め 一九〇六-三三年  Ⅰ 子ども時代  Ⅱ マールブルクとハイデルベルクでの学生生活  Ⅲ ナチ前夜 第2章 亡命の時代 一九三三-四一年  Ⅰ パリ  Ⅱ 収容所体験とベンヤミンとの別れ 第3章 ニューヨークのユダヤ人難民 一九四一-五一年  Ⅰ 難民として  Ⅱ 人類たいする犯罪  Ⅲ 『全体主義の起源』 第4章一九五〇年代の日々  Ⅰ ヨーロッパ再訪  Ⅱ アメリカでの友人たち  Ⅲ 『人間の条件』 第5章 世界への義務  Ⅰ アメリカ社会  Ⅱ レッシングをとおして  Ⅲ アイヒマン論争 第6章 思考と政治  Ⅰ「論争」以後  Ⅱ 暗い時代  Ⅲ「はじまり」を残して あとがき  本書は、ハンナ・アーレントについて、その誕生から逝去までの生涯と、思想について取り上げている。  ドイツでユダヤ人の両親のもとで生まれたアーレントは、幼くして父を亡くすも、母を初めとしたユダヤ人親族のもとで育てられる。大学では、ハイデッガーとヤスパースに師事。その才能を伸ばし、多くの友人たちとの交流を持つ。やがて、ナチスによるユダヤ人の虐待・弾圧が始まると彼女自身も収容所に入れられるという経験をしつつ、アメリカへ亡命。終戦・ナチスの敗北後もアメリカを拠点としつつ、欧州との間を行き来しつつ、『全体主義の起源』『人間の条件』、「アイヒマン論争」を引き起こす『イェルサレムのアイヒマン』等の執筆、発言をしつづけた。  アーレントの視点は興味深い。彼女の思索、視点はその生涯、ユダヤ人というアイデンティティ、そして彼女とユダヤ人がおかれていた政治状況とまったく無関係には成立していない。しかし、その言及は単なる「ユダヤ人」の権利や、地位向上を訴えるものにとどまらない。「ユダヤ人」という立場を前提にしつつも、普遍的な人間としての価値や、正義にコミットとしていくような深み、奥行きがつねに内包されているように思われる。  たとえば『全体主義の起源』については、単に全体主義の歴史的事実、あるいはナチスドイツの全体主義批判をするのではなく、それを生み出した歴史、要素を分析、記述しようと努めているとい...

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