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友人と旧交を温める

 大学時代の友人2人と同窓会の夜。いつもは、もう一人いて、大学のときに同じ学部で仲良く付き合い続けている気の置けない友人4人で同窓会をしているのだけれど、その一人は、ドイツに留学中なので、今回は3人で。  一人は長野県からきてくれるN氏、もう一人は山口県から来てくれるM氏。    昔のことや、現在の家族や仕事のことなど、裏表なく、気兼ねなく話し、夜遅くまで時間を過ごした。楽しかったし、一晩明けて思い出して楽しんでいる。  論語に曰く、「有朋自遠方来、不亦楽乎」 朋の遠方より来たる有り、また楽しからずや。 大学時代にしたことは、30年近くたっても、ずっと「あの人はあのようなことをしてたね」という語りが残っていて、若いからの過ちも失敗も、自分自身にあったけれど、それなりに実直には生きてこれたなともふりかえっている。 (こんなことをいうていて、おまえあんなことやってたじゃないか、こんなことやってたじゃないかというのは、どうぞお控えくださいw)  

古いPCの壊れた液晶を交換をした

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ここ数年、壊れた液晶のレッツノート(先代PC SX1)をそのままにしていた。 子どもが「おしごとするわ」と、遊びに使うので、「まあこわれたままでもいいか」と、 液晶もれが若干あるPCで遊ばせていた。 けれども、最近、4才児らしく、機械の分解や修理に関心があるようなので、 よっしゃ、いっちょ直すか、とお参りが終わった午後に、液晶の交換をすることに。 振り返ると、昔も一度やっていた。 https://ryogo1977.blogspot.com/2007/05/blog-post_25.html 修理前のディスプレイの状況。 息子にパソコン修理する?と聞くと、「やるー!」とやる気満々。 youtubeの指南にしたがって、ケースを外す。   無事に液晶の取り外しができました。 新しい液晶を接続して、電源を入れてみると、うまくつきました。 うまく立ち上がったので、 子ども用のアカウントを作っておきました。 なんやかんやしてたら、ちょうど1時間くらいだった。 換装作業は、30分くらいでした。

婚姻届けの提出が多いらしい 3月5日

 SNSに、ある自治体の公式なコメントとして、3月5日は婚姻届けの提出が大変混雑すると予想されています云々という投稿。 ◎  西宮市HPの「市民課窓口の混雑状況について」 いったいどういうことだろうとネット検索してみると、単純に年度末(引っ越しや、もろもろの変化が生じやすい時期)というだけではなくて、どうも以下のようなことらしい。 ◎ FNNプライムオンライン  「きょう3月5日は“最強開運日”で役所は婚姻届「窓口混雑」注意呼びかけも 天赦日・一粒万倍日・寅の日・大安重なる「四重吉日」 」 https://www.fnn.jp/articles/-/1010574 ◎ 朝日新聞 「「5日は窓口が大変混雑します」最強開運日で兵庫・西宮市が呼びかけ」 https://www.asahi.com/articles/ASV344FDNV34PIHB00PM.html これは、いろいろと考えさせられることでもある。 一つには、現代社会で、「宗教的なもの」がもつ影響力が、具体的にこういう形で表れているという一例だといえる。 また、浄土真宗(真宗)という、信仰や文化のなかに生きている自分にとっては、すこし「違和感」というか、「異文化」というか、異質性を感じる対象でもある。浄土真宗は、「日を選ばない」教え/信仰でもあって、「大安」とか「仏滅」等の六曜や、その他の日のよしあしとういことは、ほぼ気にしない。 (浄土真宗のお坊さんが、ときどき、お葬式に「友引」ということを言及するのは、 「日の良し悪し」ではなくて、単純に「友引はお葬式が少なくなる影響から、火葬場がお休みになるのでお葬式が入る可能性がほぼない/できない」という、現実的な理由である場合がほとんどである) 逆に、多くの人が意識している「大安」とか、「なんとか万倍日」とか、なんだかんだということは、ある種の文化・信仰の一種(しかも、日本文化全体で必ずしも共有されているわけではない、限定的なもの)であって、決して絶対的な「何か」があるわけではないということも、知ってもらえたらとも思うのである。 ※ しばしば、こういったことが、「絶対的」、「みんなそうだ」と思われがちだが、決してそういうわけではない。 まあ、いろいろと思うことはあるのだけれど、こういうことがあるのだなと興味深くおもったので、記録もかねて書き残してく。

エジプトのキリスト教の教会にいってきました。

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エジプトのキリスト教の教会にいってきました。  先週、17日に神戸のベトナムの仏教寺院にご案内くださった、宗教学者のM先生が、木津川にあるエジプトのコプト正教会の教会がオープンディを開催するので、来ませんか?とお声がけくださったので、またまたお言葉に甘えて家族で参加してきました。 ↓ 先日のベトナム寺院の訪問の記事はこちら https://ryogo1977.blogspot.com/2026/02/blog-post_7.html    お参りを終えて、お昼過ぎから車で移動。高速道路を利用して、1時間ほどの道のりでした。到着したのは、木津川にある、聖母マリア・聖マルコ・コプト正教会。  すでにイベントは開催中で、お参りの時間から参加させていただきました。  エジプト人の教会の信者さんたちがホスト役として、お迎えや教会、エジプトの文化等について紹介など、いろいろなお役をされていました。  入ると讃美歌の生歌唱。うたわれている方が作曲され、アニメソングやポップスのような軽やかで、ある意味で親しみやすい、けれども「主を讃えよ」とか、「神は全能」といったよう賛美が歌詞の歌。  時間をとってお話しされていたのは、京都の大学の博士課程に在学中の男性。  エジプトの文化、コプト正教会のこと、キリスト教のことをレクチャーしてくださった。  終わりに、クイズのような仕掛けがあって、聞いたことを遊びながら確認する時間も。これらのプログラムは、信者さんたちが主体的に企画されて、運営されている様子。司祭さまは、後ろの方で、あたたかく見守られていた。   レクチャーのスライド。コプト文字という、エジプトのアルファベットだそうだ。 コプトというのは聞き慣れないけれど、「エジプト」と語源を一にする言葉らしい。 最後に司祭さまからのご挨拶。  お参りと、レクチャー・質疑応答の後は、3階のホールで、スイーツを食べながらの交流タイム。 いただいたのは、お米を甘く炊いて、ドライフルーツやシリアルのようなものがかかったお菓子。なかなかおいしかった。  息子(4歳)も異文化体験。  会場にはたくさん子どもたちもいて、イベントの時間中に楽しく遊んだり、動画を見たりしていた。  こんな風に同じくらいの子どもたちがあつまって団子状態に。  なにをしているかというと、スマホで動画を見てる様子。。。。いまどきである...

「弟子って、いてるんですか?」

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 「弟子って、いてるんですか?」  先日の葬儀のお勤めを終えた後(還骨・初七日まで終わった後)、本堂で、お参りのご親族、おそらく20代前半の若い男性からかけられた言葉だ。  「弟子はいてないですね。子どもはいるけど。どうして?」 と聞き返すと、 「いや、すごいお仕事だなって。尊敬します」って思ってもみない言葉を返してもらった。  その言葉を聞いて、グッと感情がこみあげてくるとともに、安心感もこみあげてきた。  このことは、覚えておこう。多分忘れられないな、と思った。その彼には、そういってもらえるとうれしい。ありがとうと、感謝の言葉を返した。  最初にお参りをした枕経から3日間。そのご家族とご一緒にお送りのお勤め・ご葬儀をお勤めした。亡くなられたのは、10代の女性。ご家族の悲しみの様子は、簡単に言葉にすることはできなかった。  冒頭の言葉をかけてくれた彼は、ご葬儀で声を上げて号泣していた。一番悲しみを表に出していた彼から、思いもかけない言葉がかけられた。もらった言葉のおかげで、僧侶としてお葬式をする意味を教えてもらえたような気がする。  自分といえば、枕経の時は、しぼりだすようにお話をし、ご家族から語られることばになんとかかんとか、応答するのがやっとだった。お通夜やご葬儀のお勤めは、基本的にはいつもと同じように、でも、できるかぎりその場に立ち込めているお参りのみなさんの感情に添えるように、その場や避けたくなるものから逃げないように、向き合うようには努めていたつもりだ。   僧侶にできることは、ただお勤めをすること、お話(法話)をすること、(もちろん、それらを行うときの所作や姿勢も大事だと心がけている)また、その合間合間に、言葉を交わしたりといったご家族とのコミュニケーションに努めたということもあるかもしれない。  でも、もっと根本的なところは、(僧侶である)私が「それらをした/なにかをした」というより、そういう「僧侶としての務め」を果たすことで、意味や感情が動かれるものがあったのではないかと思う。それは、私が新しく「特別な何かをした」というよりも、すでに、社会や遺族の側に共有されていた、僧侶として葬儀で果たすべき「期待された務めを果たせた」ということにすぎないのではないかとも思う。  彼は「弟子っていてるんですか?」と聞いてくれたけれども、そのすごさは、自分個...

ばたばたとしはじめた1月

 年初は順調にブログを更新していたが、やはり日常が回り始めるとなか手が回らなくなる。 10日以降の主なスケジュールを振り返っておくと 11日(日)毎年ご縁をいただいている寝屋川のお寺の法要に出講。午前、午後の2座勤まる。      夕刻には、義父母・義兄が徳島から来られていて、妻子と一緒に夕食へ。 12日(月)お参りのあと、さきに出かけていた義父母・義兄・妻子と神戸で合流。みなとやま水族館や、ハーバーランドで遊んで、夜に長距離バスに乗られたのを見送る。子供の楽しかったみたい。 13日(火)大学の講義 14日(水)お参りのあと整体に。 15日(木)大学の講義。修士論文の提出期日。全員提出。K先生と院生2~3年生とひとまず提出の振り返りと懇親会。 16日(金)夜にサマセミの実行委員会。熱い会議だった。 17日(土)西正寺の「はすの会」で報恩講法要。御講師は、友人でもある塚本一真氏。 http://saishoji.net/archives/2379 18日(日)は、お参り、法事でそれなりに忙しく。 19日(月)こどもと二人で和歌山へ行く。恩師のお寺にお参り等。たのしかったので、また振り返りたい。 20日(火)お参りのあと、大学で修論の査読やレポートの採点などを進める。夜は「真宗学運営協議会」の反省会。終わった後も、修士論文の査読等。 21日(水)本願寺派の「布教使課程合同法話会」。伝道院、中央仏教学院、龍大の実践真宗学研究科の「布教使課程」を受講している人や伝道院OB・OGが一堂に会しての合同の法話会という研鑽と交流の場。 22日(木)京都に仏壇じまいの依頼(成年後見をされている弁護士さんを通じたご相談)のため、京都へ。伝道院へたちより、Wさんの講義を少し聞き、大学の研究室へ。修士論文の査読と、レポートの採点等。 23日(金)お参りと事務作業の日。歯医者へいった。 25日(日)おまいりのあと、お寺でのんびりすごす日 26日(月)昼過ぎから大学へ。事務手続きや、成績評価の作業をすすめる。 27日(火)西正寺で阪神東組の仏教講演会。 28日(水)お参りのあと、午後はずっと伝道院での講義(13:30~16:30)  →これが今日。 こんな毎日でも、そこそこ6:30から公園でラジオ体操と散歩、お習字の稽古は、ほぼほぼ継続できている。

(1月10日)宗教社会学の会(研究報告会)に出席してきました。

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 午前中、お参りを終えて午後から、相愛大学・南港キャンパスで行われた「宗教社会学の会」の研究報告会に参加しました。  リンク: 宗教社会学の会1月研究報告会 以前にも参加していた記録をこちらに書いています。↓ https://ryogo1977.blogspot.com/2023/10/20231028.html 以下の二つの研究発表がありました。 ◆報告1:藤井麻央(大谷大学)「金光教における教団と信者」 ◆報告2:嵜本圭子(大阪公立大学)「大阪市西淀川区の2つのイスラーム施設における女性・子どもへの支援」  第一の報告は、戦後の金光教における「信徒議員」の出現、その背景として青年会活動・信徒会の結成・活動に注目された研究でした。宗教教団の政治状況(いわゆる宗政)において、信者の宗政への参加に注目される視点は、浄土真宗本願寺派もそのような仕組みが用いられていることから、大変興味深く聞かせていただきました。(報告者も、金光教と浄土真宗本願寺派にそのような体制がとられているという共通点があることを指摘されていました。これは特徴的なもののようです)  ある意味で、宗政の望ましい状況とはどのような形態か、教団運営の「民主的なあり方」とは、というような問いに接続するものであろうと思います。また、そもそも宗教者―信者という関係性が単純な上下関係でいいのかというような問いにもなろうかと思います。  個人的には、浄土真宗本願寺派の宗政関係の方にも聞いていただけたら、そもそもの教団運営・意思決定の体制の在り方について議論をするきっかけにもなるのではないかと一人思いを巡らしたりしました。  第二の報告では、大阪にあるイスラム宗教施設における女性支援・子ども支援の状況について、参与観察に基づいた報告が行われました。  出身国・背景によって女性の位置や考えかたが異なること、それらから場合によってはコンフリクトが生じることなどを、質問の中でも具体的なケースについて議論が深まっていました。  私も質問したのですが、「女性支援」や「女性の活躍」が希求されるというのは、もちろん望ましいことではあるのですが、その中にはある種の日本化・ジャパナイズといった問題も考えられるのではないかという点についても議論がありました。  この会は、宗教学の分野で大変著名な、多くの成果を出されている先生方がた...

(1月7日)お寺の子どもだけれども、初もうでに連れていかれてるという話

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  今週からまた始まった保育園への登園。7日の保育園は、「みんなで初詣に行きます」とご案内がありました。帰ってきた、こどもは、「初詣いってきたよ。◎◎神社に歩いて行った」とご機嫌に報告してくれました。  お察しかもしれませんが、私はなんかモヤモヤとしています。  僕自身を振り返ると、公立の1年制の幼稚園にいっていたせいか、神社への「初詣」なるものは、幼少のころに(そして、思い返してもいままで)経験した記憶がありません。  神社に「お参り」にいったのは、小学校のミニバスで全国大会に行ったときに、スケジュールに「明治神宮への参拝」(多分、勝利祈願)があって、「今、神社におまいりしてるわ」と、なんか思っていた記憶があるくらいです。  まあ、お寺の子どもとして、育った僕は、当たり前のように初詣でや、参拝とは無縁の育ちをしてきまして、今もそれとは異なる信仰文化を選択的に生活しているわけであります。   自分がなににもやもやしているのか、というと、厳密には、子どもが「初詣」に行った(連れていかれた)ことそれ自体より、「神社に初詣に行かない(積極的にいかないという選択をする)という信仰や文化がある」ということに対する配慮というか、私たちような人がいるということについては、たぶん想像されていないんだろうなぁということなのです。   誤解のないように、言っておきますと「自分たちがこうだから、初詣をいかないようにしてください」と、保育園の行事や予定の変更をお願いするようなことまでは求めたいとは思っていなくて、むしろ、そういう文化に触れる機会があってもいいだろうなぁくらいは思っているのです。  なににもやもやしているかというと、繰り返しになりますが、「初詣」を明確に、信仰のともなう宗教的行為と認識して、積極的に「行かない」という選択をしている私たちのような人たちの存在は、おそらく想像の外側にあるのだろう、という現状にもやもやとしているのです。  別に怒ったり、疑義を呈したり、なにか現状変更をもとめたりしているわけではなく、ただ、モヤモヤとしている部分があるというだけです。  子どもが楽しそうに、「初詣いってきたよ」という報告はうれしくききましたし、その子どもが参拝した神社の宮司さんともめんしきがあり、とてもよい方であると存知上げていますということも付言しておきます。

1月6日は、仕事はじめと、南條了瑛さんから『浄土真宗における伝道の歴史的展開―近世関東地域の親鸞伝承を中心に』をご恵贈いただく

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 1月6日(火) この日から、お寺は月参りを再開。妻も出勤、子どもも保育園へ登園。大学も授業再開。ということで、子どもを保育園へ送り、お参り(月参りと法事)をお勤めした後、あわあわと大学へ移動。 年末年始はお寺で諸行事がありながらも、リフレッシュすることができたからか、大学ではたまったお仕事を集中して片付けていくことができました。 大学の方に、郵便で届けられていたのが以下のご著書。 南條了瑛『浄土真宗における伝道の歴史的展開―近世関東地域の親鸞伝承を中心に』を、著者ご本人からご恵贈いただきました。 博士論文をもとに出版されたご著書です。 南條さんは、龍谷大学大学院実践真宗学研究科の修了生で、その後、同大学院文学研究科博士課程真宗学専攻へ進まれ、博士論文を執筆されました。 学部生のころには、非常勤講師として担当していた講義を受講してくださっていたのですが、博士論文を出されるまでの成果を上げられました。 (私は、博士論文を出せていません) 本書は、博士論文をもとにされながらも、文体はですます調に改められ、読みやすい形にされているようです。 また拝読して、勉強させていただきたいと思います。

(1月5日)2026年初法座 「心のよりどころ」ということ

1月5日は、毎年「初法座」としてお勤めをしています。 今年も15名ほどのみなさんがお参りください、初法座をお勤めしました。 この年末年始と初法座で、お話しさせていただいたことの一つは、 「手を合わせる場を持つということ」について、とでもいうようなことでした。  昨年は、いくつかのいわゆる「仏壇じまい」「墓じまい」のお勤めをさせていただくことがありました。これまで「手を合わせ」、「お参り」をされてきた場がしまわれていく、閉じられていく流れがあります。さまざまな状況の中で、それは致し方ないことではあります。しかし、そういう場が閉じられていく、しまわれていく局面に立ち会って、あらためて、お参りをする場が、「心のよりどころ」であったということを感じずにはいられないことがたびたびありました。  思えば、お仏壇やお墓に、どんなときに身を置き、手を合わせられるでしょうか。  もちろん、年中の決まった季節や、日常でお参りを大切にされているということもあるでしょう。しかし、それとともに、改めてそういった仏さまの前、お参りの場に身を置こうと思われるときのなかには、心が動揺しているとき、自分一人では受け止めきれないことが起こったとき、ということもあるように思うのです。  自分一人では受け止めきれないことがおこったとき、身を置く場、こころのよりどころが、お仏壇の前であり、ご本尊・仏さまの前であるとするならば、それらを手放していくようなあり方は、言い方を変えると、「人生で起こる出来事を自分一人の裁量で処理していく、受け止めていく」ような心持ちが求められるというようなことではないかと思うのです。  そして、それは、多くの人にとって(もちろん私にとっても)とても困難なことを求められるようなことでもあります。  しばしば「仏壇じまい」について、子どもやあとの人に「面倒をかけたくない」といわれることがありますが、お仏壇に手を合わせることは、面倒なこと、手間がかかることのように見えるかもしれませんが、実は、お仏壇をお世話している・負担を負っているのとは違う面があるのではないかと思うのです。お仏壇という手を合わせる場をもっている、家庭のなかにあるということは、受け入れがたいことがあったとき、心穏やかで亡くなった時に身を置く場があるということであり、それは、我々の方が「支えられる場」を持っているということ...

おやつのお坊さんから、『おやつのお坊さん』をお年玉のように頂戴したというお話

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おてらおやつクラブ( https://otera-oyatsu.club/ )の 松島靖郎ご住職から、ご著書 『おやつのおぼうさん ― おすそわけで子どもたちを笑顔に―』 ( https://amzn.to/4pn5DXS )をご恵贈いただきました。  早速に拝読したいと思います。  松島さんがSNSで挙げられていた「ゆうかい事件」のくだり、とても気になったので早速拝見しましたが、驚きのできごとでした。(笑)    おてらおやつクラブ( https://otera-oyatsu.club/ )は、松島靖朗ご住職が、大阪であった母子が餓死されるという事件をきっかけに、お寺のおそなえもののおやつを、経済的に困窮されている母子家庭を中心に支援団体を通じて届けるという活動からはじめられたものです。  いまでは、全国の寺院2300か寺以上にひろがっています。  詳細は、こちらから  https://otera-oyatsu.club/about/  

新年の予定・2026

年明けの予定は、ここ数年定着している。 今年の予定は以下の通り。 1日 修正会をお勤めした後、のんびりと過ごす(年越しの夜はあまり寝られないため)   ・新聞5紙(読売・朝日・毎日・産経・神戸)を可能な限り入手して見比べる。 2日 御門徒のご挨拶の訪問を受けたあと、午後から妻の実家の徳島へ。 3日 日中徳島で過ごし、尼崎へ戻る。 4日 午前中にお供えのお餅を切り分ける(翌5日の初法座で配るため) 5日 午前に初法座でお勤めとお話を。 6日 月参りと大学の講義が始まる。平常運転開始。 うん。あっという間に、お正月気分も終わりそうだ…。

2026 あけましておめでとうございます。

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 新年あけましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いいたします。  大みそかの夜は除夜会(23:45)、元旦は修正会(7:00)を無事にお勤めし、一年が過ぎまた新しい一年が始まりました。  昨年は新しい環境に身を置かせていただき、これまでと違う立場と責任をいただいた一年でした。お寺でのお勤めや護持・運営、大学での研究や教育・指導、いずれもできる限りで努めてきましたが、やはり限られた時間と体力の中で、いずれも完全にとはいかない難しさを感じる日々でもありました。  また「勤め」に時間が必要になってしまって、地域での活動や交流の方では、失礼することもままあるようになっていました。  40代も終盤にさしかかってきました。  ふりかえると、思いつくまま、気持ちとからだを向けて暮らしてきてしまったような私ですが、そろそろ何を大事にするか、何をあきらめるか、しっかりと考えて整理しないといけない年齢になってきたように思います。(いまさら…)  一日一日、大事に過ごしていきたいと念頭に当たって思いました。  南無阿弥陀仏 称六字。 

朝の公園で「らじじ体操」と 「どんぐり」を拾う。

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 先週から、朝のラジオ体操に参加している。   上坂部西公園 通称「みどり園」(https://www.amaryoku.or.jp/content/?mode=show&seq=1)  で、朝の6時30分から、されているのに参加している。    朝の目覚めに、30~40分ほどの時間、ラジオ体操と散歩で、カラダもアタマも目覚めて調子がよく、1日も気持ちよく過ごせているので、機嫌よく続けている。  もうすぐ4歳の息子も時々、着いてくる。 彼は、ラジオ体操のことを「らじじ体操」と言っている。(ここ2週間で3回くらい参加している)ちょっとずつ、体操らしい体の動きも見せるようになってきた。  アラフィフの私への影響としては、  ・気持ちのよい朝の時間。  ・からだが目覚めて、朝の運動、散歩として快適。  ・頭がめぐるし、散歩は思考にもやはりいい。  というような影響がある。  もうすぐ4才児も、体操や散歩、公園のあれこれが刺激になっているようで、ずっと歌ったり、何かを見つけて走り出したり、しゃべり続けたりしている。    例えば、  ・公園の定位置にいるネコに、駆け寄り話しかける。  ・めずらしい花や、虫を発見する。  ・その他、いろいろな刺激や興味をもたらすものがある。      公園のなかには、鳥の巣箱も仕掛けられていて、子どもに「小さな家があるよ」というと、とても面白がっていた。  最近は、どんぐりが目に付くようになって、毎日拾っている。   どんぐりの背比べを撮影してみた  息子と、今日は「どんぐり拾おうね」といいながら、公園に行ったのだけれど、体操を終えて、どんぐりポイントへ行こうとすると、    「何歳? どんぐりいる?」と、袋に入ったどんぐりをくれるおばさん、  どんぐりをひらっていると、「ここにもあるよ」「これもあげようね」と、どんぐりを追加でくれるおばさんも登場して、大量のどんぐりが入った袋をぶら下げて、家に帰った。    規則正しい一日は、楽しくもある。

住職はハガキを投函してまわっています。

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 大学や研究関係のことがブログになりがちであったので、ちゃんとお寺の事をしているということも書かなければと思っています。  東京から戻って、昨日・今日はお寺でのお仕事を進めました。  ※と言いながら、昨日は「人権研修」(受講必須)と、今日は「チェーンレクチャー打ち合わせ」が、それぞれオンラインで1時間ありました。  昨日・今日と、午前はお参りを中心に、午後は来週末は、 秋の永代経法要が予定 されていますので、ハガキの郵送や、近隣には手配りで投函するといった作業をしています。  西正寺ホームページ: 【行事案内】令和7年 秋季永代経法要 こちらがお配りしているハガキの原稿  郵便屋さんのごとく、自転車で町内をまわりながら、1軒、1軒投函しています。手間であることは間違いありませんが、配りながら「ご無沙汰しているけど、お元気かな」とかそのお家の方のことを思い出したり、この方の家はここだったな、と薄らいでいく地理的な記憶がリマインドされたりしています。結構、意味ある作業だなと思っています。  問題は、「時間」というリソースが限定的であること。(すべてはそれに尽きるわけですが)  あわあわとしながら、いろいろな作業を進めている日々です。 こちらが チラシのデザインです

古書の相場が暴落している。(20年くらい前と比べて)

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 宗教学会(@上智大学)を最終日の午前の部までで後にして、帰り道、神田神保町の古書街に足を運んだ。  思い返せば、20代の院生の頃は、東京にくると、必ずと言っていいほど足を運んでいた。安く本が買えるかもしれない、貴重な研究書や資料が、売りに出ているかもしれないと。 今は、ネットで古書を検索し、居間にいながらにして入手することができるし、なんならPDFで入手できるものもある。  しかし、今回は自分の研究リハビリ期間と言いつのっている時期でもあるので、若かりし思いをとり戻すべく、足を運んだ。  もちろん、楽しい時間だった。  古地図で、尼崎に関するもの、江戸期の摂津に関するものなどを店主の許可をもらって広げたりしていると、あっという間に時間が過ぎていた。  専門(仏教・真宗)関連の書店にも足を運んだ。刺激もたくさんあったが、古書店に積み上げられた、近年のものはもちろん、大正や昭和初期、あるいは明治からの仏教研究や、人文学関連の研究書の量と、あらためてまったく未知、想像をおよぼしたことのない書名の数々に学問の見えない底の深さにあらためて愕然とさせられもした。  この年になって、あらためて自分には扱う能力のない資料や、影印の資料の数々を見て、言うまでもないが、研究から離れてしまっていたブランクと無力感を痛感する。  さて、それで表題の件だけれど、古書の相場が暴落している。    今日見たもので、   ・野上俊静『中国浄土三祖伝』8800円   ・望月信亨『中国浄土教理史』5500円  であった。(他にも、驚く値段になっているものはたくさんあったが)  おそらく、一般の方は、「何が安いねん」と思われるかもしれないが、2000年代、私が修士課程になったばかりのころは、古書でこれらを買おうとすると、5万円以上、お店によると10万を超える値段がついていたように記憶している。  先日も、梅田の古書店で、   ・牧田諦亮『疑経研究』が6000円だったので、即買いしてしまった。  店主さんも、レジで、「これ、昔、もっと高かったですよね?… 間違いかもしれないので、確認していいですか?」としばらく待たされるようなことだった。(そして、値段は間違っていなかった)  研究状況の変化かもしれない、研究人口の変化かもしれない、あるいは、物理的な書物ではなく、取り込んでデータにしてしまったりすると、...

日本宗教学会に参加 9月14日午後~16日

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 9月14日(日)から本日9月16日(火)まで、日本宗教学会(会場:上智大学)( 大会特設サイト )に参加した。(リンク: 大会プログラム ) 14日(日)は、午前にお参りを終えて、昼前の新幹線で東京へ。 14:00からのシンポジウムに遅参して参加。  15日、16日は研究発表とパネル発表に参加(聴講)。  主に回った主題として、 弔いに関すること、量的調査や寺院などの現状に関すること、近代仏教に関すること、真宗学・仏教に関すること、友人・知人の発表といった関わりで2日間、発表を聞いて回ることができた。    貧弱なボキャブラリーであるが「よかった」、とてもよかった。  詳細に書いていくと、尽きなくなってしまうが、大まかにいうと以下の様なことがあげられるか。  ・最近の宗教研究にかかわる発表と質疑に触れ、学びや刺激が多かった。  ・研究や関心にかかわる発表をされた研究者・先生との知遇を多く得ることができた。   → これは、自分自身だけではなくて、大学での教育プログラムに大いに反映できることでもあると感じている。    ・かねてからの知り合いや友人との旧交を温めることができた。    書いてみると当たり前のことだけれど、まあ「よかった」のである。  こうやって、泊りがけで研究出張に出られるのも、お参りを引き受け寺の仕事を引き受けてくれている両親、家と息子の保育園の送迎もろもろを引き受けてくれている妻のおかげである。感謝。 日本宗教学会の会場となった 上智大学さん シェアサイクルで移動すると、世界陸上のマラソンに遭遇。 マラソンの交通規制で、道路が、がら空きだった。 交流会でたくさんの先生方と再会・ご挨拶 2日目の夜、宿(御徒町)から、上野近辺を散策しました the・アキハバラ  

記事になりましたよ情報(2件)

 このたび、以下の様な記事に掲載いただきました。 1、『中外日報』(2025年9月10日号) 見出し:「仏教者の平和活動とは」  9月4日の夜にオンラインで開催した、大谷栄一先生(佛教大学教授)を御講師にしたイベントについて記事にしていただきました。こちらでは、聞き手として登壇させていただきました。   イベントのページはこちら ( https://ngo-ayus.jp/activity/training/ayus_seminar/25talkevent/ )  大変勉強になり、刺激をいただいた会でした。私自身については、正直、十分なことができたか心もとなく、たくさん反省もあるようなことでしたが、イベント自体の感想は大変好意的なものを多々いただきありがたい会でもありました。  記事の中で、私のコメントとして紹介されているものについて、「教義」との関係の中で私の意図した形とはちょっと違うニュアンスになっているように思います。このあたり、気になる方はまた、直接でも聞いていただけたらと思います。  ※このイベントについては、ライブ配信のみで、アーカイブなどはありません。 2、『文化時報』ホームページ「福祉仏教ピックアップ」 https://fukushibukkyo.com/pickups/13141.html 先般 6月に、龍谷大学大学院実践真宗学研究科の講義「実践真宗学総合演習」で行ったワークショップについてのものです。こちらはすでに『文化時報』紙面にて6月に記事にしていただいていました。これがまた、オンラインでアップいただいたものです。

お寺とマンション

  9月8日・9日と真宗学研究学会があった (詳細はリンク)ので、京都に宿泊していた。  朝に、四条烏丸にとっていた宿から、LOOP(シェアサイクル)を利用して、自転車移動をした。寺町通りを移動していると、ふと目についたのが、「〇〇寺」と看板がかかっているけれど、どう見てもマンションという建物。  少し気になり、LOOPを手押ししながら、ちょっと覗いてみると、やはりお寺のようだった。  正確には、お寺の敷地内にマンションを建てられた物件のよう。後ろから不意に、「なにかごようですか?」と声をかけられてしまった。(きっとどう見ても不審者だったんだろう)  「お寺の看板があったので、お寺なのかな?と気になりまして」「私も尼崎の寺のものでして」と、説明すると、不審者ではなかったと安心してもらえたのか、いろいろと経緯を教えていただけた。  お寺の本堂からなにからすべて建て替えをして、敷地に(僕から見たら)大きなマンションを建築された様子。マンションの玄関手前横に、お寺の参拝のための玄関らしきものがあり、そちらを通って本堂やお墓へのお参りへと進む様子(さすがにお墓の場所は移動していないとのこと)。  ・昔のように、檀家さんからご寄付をいただくことが難しい時代になっている。  ・お寺の経済的維持が難しい   (そのため不動産収入を見込んでマンションを建築されたのだろう)  事情はよくわかる。  寺町通だけあって、そのまま移動をしていくと、数メートルから十数メートルごとにお寺を見かける。建て替えられたお寺をみたあと、昔のままの景観を維持されているだろうお寺も少なくないが、多くが先のマンションを建てられたお寺と状況を同じくしているだろうことも想像しながら、自転車をこぎつつ、町の様子を眺めて移動していた。    身もふたもない言い方をしてしまうと、お寺がお寺の活動で維持できなくなって、不動産等宗教法人としての本来の活動以外の収入を主としてしまうと、それは残念ながらお寺ではなくなってしまうよなぁ、などと思いながら自転車をこいでいた  今思い返すと、おそらく法律的なたてつけも、そうなっていたと記憶している。  chatGPTを利用して検索、確認をした  以下がそのやりとりの共有リンク   https://chatgpt.com/share/68c097af-cc50-8004-98ed-0...

真宗学研究学会(9月8日・9日)のこと

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  9月8日午後~9日の午前は、「真宗学研究学会」(@京都女子大学)という会があり、そちらに参加。京都宿泊で、9日の夜に帰宅した。  真宗学研究学会は、龍谷大学真宗学科にゆかりがあり、浄土真宗本願寺派関係の大学教員を会員としている、内々の研究会。助手として在籍していた2017年度以来、再び入会(参加?)という形になった。   今回は、京都女子大学を会場に開催された。 9月8日午後(記念講演、総会等)翌・9日午前(研究発表等)といったスケジュール。  記念講演は、坂口満宏(京都女子大学付属小学校校長、元・京都女子大学教授)「京都女子高等専門学校で学んだハワイの日系人」。  京都女子大学の前身でもある京都女子大学高等専門学校には、戦前、多くの日系ハワイ移民の子女が留学しに来ていたことを取り上げて、そこでの教育のこと、また京女設立者でもある甲斐和里子(かい・わりこ)氏とその親族―とくにハワイ開教総長であった今村恵猛(いまむら・えみょう)氏とその妻で甲斐和里子氏のめいにあたる今村清子(いまむら・きよこ)氏、その子や孫にあたる方たちと京都女子大学とのかかわりをご教示いただいた。  意外なほど、継続した関わりを、京都女子大学(と学園がある今熊野周辺)と清子氏家族のかかわりが大変興味深かった。  また、戦前にハワイから来た日系人女子学生たちのアイデンティティ・クライシスの問題にもふれられていた点に質問をさせていただき、そこにあった時代的問題点もご教示いただいた。 (帰りに撮った京都女子大学にいたる女坂)  懇親会では、久しぶりにお目にかかる関係大学(龍大のほか、ホスト校をお引き受けくださった京都女子大学、それから相愛大学の先生方が来られていた)と交流の時間。 こういった場所での、意見交換や情報交換もとても貴重なもの。  その日は、京都泊り。   翌9日の午前は、研究発表の部として  ・内手弘太先生(龍谷大学)の「戦中・戦後の真宗教学―普賢大円を通して」  ・嵩満也先生(龍谷大学)「親鸞思想とイスラーム神秘思想の対比の可能性」 という2つの発表(それぞれ予定時間としては、60分発表、15分質疑)をうかがう。 先日、佛教大学の大谷栄一先生の講義を聞かせていただく機会―NPO法人アーユス仏教国際協力ネットワークの企画で、「戦後80年」の節目に、仏教教団と平和活動について考える機会―をい...

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