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【情報共有】公開講演会_現代における宗教の役割研究会について

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『中外日報』紙面の記事で、以下の研究会が開催されることを知りました。 当日は、東京に出張する予定があるのですが、移動のタイミングでもあり、オンラインで視聴しようかと思っています。 以下、コルモスのホームページ( https://cormos.org/symposium )より転載 公開講演会 テーマ 分断と排除に向き合って 日時:2026(令和8)年 3月11日(金) 13時より 挨拶・趣旨説明:島薗進氏(コルモス研究会会長) 講演:菊地 功 氏(カトリック東京大司教区大司教 枢機卿)     「排除と分断の世界で宗教の生み出す希望」    吉水 岳彦 氏 (浄土宗光照院 住職)     「苦の現場における相互恭敬と報恩支縁-共済世界の現成を願って-」 コメンテーター 篠田 英朗 氏(東京外国語大学教授) 司会 小原克博氏(同志社大学学長) 会場  同志社大学 烏丸キャンパス 志高館 SK112教室 総合テーマ「分断と排除に向き合って」 今年のテーマは「分断と排除に向き合って」ということになりました。トランプ大統領の就任によって、米国ではいわば分断と排除の嵐が吹き荒れている。アメリカ・ファーストというスローガンは、すでに外国人の排除や抑圧をもたらしており、その影響がさらに強まるのではないかと危惧されている。不法滞在している移民を排除することから、新たな移民が増えることを防ぎ、留学生なども学業継続が難しくなるなどの事態が生じている。欧米諸国では、移民排斥を主張する右翼政党が勢力を伸ばし、政権についたり、有力政党になる傾向がすでにいくつもの国で生じている。日本でも排外的な主張を持つ政党が選挙で大きく得票を伸ばす事態が注目され、地域で移民・難民集団の排除を訴える集団も目立つようになっている。 しかし、分断と排除の動きはもう少し長いタイムスパンで見ていく必要がある。かつては地中海沿岸から中東に至る地域で共存してきたイスラム教徒とユダヤ人が分断されていくのは、イスラエルの建国が大きな要因になっているが、パレスチナの広範な地域からのイスラム教徒とアラブ人の排除は、二十一世紀に入ってますます強まり、二〇二〇年代にはガザにおける民族浄化を疑われるような事態に至っている。バルカン半島で東方キリスト教、西方キリスト教、イスラームの勢力圏の分断が強まったのは、冷戦終結後の一九九〇年代だが...

ベトナムのお寺のテト法要(旧正月)に参加しました【後半】

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 【前半  https://ryogo1977.blogspot.com/2026/02/blog-post_7.html   からの続き】  10時30分ごろから法要がはじまりました。  ご住職と僧侶の入堂の際には、みなさんたちあがってお迎えをして、入堂後は、通られる道がそのまま参拝者の着座スペースになります。逆に言えば、「道を開けなければいけないくらいぎっしりお参りの人で埋め尽くされる」というような状況でした。(すごいなぁ) (お勤めのあとの、法話の時間) 45分か、60分弱のおつとめのあと、ご住職と、僧侶お二方の御法話。 お勤めも、お話もベトナム語でした。 お勤めは、すわって聞かせていただくだけでしたが、法話は、持っていたスマホで、AIに翻訳を指示してみると、全体をつかめる感じでうまくお話を翻訳してくれたので、どんなお話がされていたのかというのは、理解することができたと思います。(AIがどれほど厳密に翻訳してくれたのかを確かめるすべはなかったので、推測にすぎませんが、なかなかの精度であったようにおもいます)  お参りのあと、ご住職が「お年玉」として、お米と塩をみなさんに挙げられていました。  私も息子も、ありがたくいただきました。  お参りの皆さんも、にこにことうれしそうです。日本のお寺のお参りとはまた違った雰囲気がひろがっていました。  若い皆さんがおおかったのですが、お経の一部は、大きな声で暗唱される人がおおかったので、よく知られた、よくお勤めされているお経なのだろうと思いました。 法要のあとは、一階の広間で、順次ふるまいのお食事をいただきました。 食堂の雰囲気と、いただいたお食事は以下の写真の通りです。  席が足りないので、入れ代わり、立ち代わりで、席についてお食事をいただいていました。  軽く100人は超えていたように思います。。。 いただいたお食事はこちら。 香草の効いたあたたかいスープに、ビーフンの麺。お精進なので、肉に模したたべものも本物のお肉ではなく植物性のものだそうです。 緑色のものは、甘さが加わったモチ米で、上にアーモンドが載っていました。あまいお餅みたいな味でした。 右の赤いものは、柑橘系のフルーツ。グレープフルーツみたいな感じでしょうか。 お食事のあと、まだまだたくさんお参りのみなさんがいらっしゃいましたが、ご住職が私たちと時間...

ベトナムのお寺のテト法要(旧正月)に参加しました【前半】

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2月17日、宗教学者のM先生にお声がけをいただいて、神戸の下町にあるベトナム寺院のテト法要(旧正月の行事)にお参りさせていただいてきました。  こちらの写真は、法要のあと、帰りがけにご住職と一緒にとらせていただいた写真。  左から、s大学の学生さん、西正寺スタッフのあまさきさん、ご住職、M先生、うちの息子(4歳)と私。(私以外はモザイクをかけています)    当日の動きはというと・・・  前日息子に行く?と聞いてみると「行く!」という。貴重な機会でもあるし、子どもにも国際交流や、異文化体験をしてもらおうと、保育園はお休みして、朝から電車で神戸に向かいました。    (ラッシュをひと段落した時間帯だからか、神戸までの電車はとても空いていました)  息子は、「さいしょれっしゃ」(先頭車両)の特等席が、最初に乗った電車も、乗り換えた電車も確保できてご満足。  三宮で、M先生、ほかのみなさんと合流。地下鉄に乗り換えて目的地へ。  地下鉄の駅から、徒歩数分。住宅と住宅の間を通りながら、進むと、目的のベトナム寺院につきました。   到着後、M先生の案内に導かれるまま、ご住職と2名の僧侶の方とテーブルをはさんでお話をさせていただき、法要の時間まで過ごしました。 お寺はすでに大混雑。移動にも人と人をかき分けて進む感じ。    法要の時間が近づくと、二階の本堂へ。    ご本尊の光背は、電気でピカピカ光り輝いていました。  (勤行のお経のリズムと同じようなリズムでピカピカとしていたような気がしたので、それも趣きをかんじました)  真ん中のご本尊が、釈迦牟尼佛、前の緑色のお衣の7体は薬師如来が7体安置されているそうです。  向かって右には観音菩薩、向かって左には地蔵菩薩がご安置されていました。    開始前から、大勢の若い人たちが左右に分かれて座られていて、次から次へとお参りの人が入ってこられるので、そのたびに「詰めて詰めて」というあんばい。  10時30分ごろから法要がはじまりました。 (続きは後半へ) ベトナムのお寺のテト法要(旧正月)に参加しました【後半】 https://ryogo1977.blogspot.com/2026/02/blog-post_13.html

テト法要の時の息子 4歳の様子

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   住職の息子として、ちゃんとしているからか、おまいりのときにはちゃんと手を合わせてお参りしてくれました。 香草もいやがらずに、麺をすすり  いただいたお菓子を開いてたべながら、大人たちの話を聞いていました。

「弟子って、いてるんですか?」

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 「弟子って、いてるんですか?」  先日の葬儀のお勤めを終えた後(還骨・初七日まで終わった後)、本堂で、お参りのご親族、おそらく20代前半の若い男性からかけられた言葉だ。  「弟子はいてないですね。子どもはいるけど。どうして?」 と聞き返すと、 「いや、すごいお仕事だなって。尊敬します」って思ってもみない言葉を返してもらった。  その言葉を聞いて、グッと感情がこみあげてくるとともに、安心感もこみあげてきた。  このことは、覚えておこう。多分忘れられないな、と思った。その彼には、そういってもらえるとうれしい。ありがとうと、感謝の言葉を返した。  最初にお参りをした枕経から3日間。そのご家族とご一緒にお送りのお勤め・ご葬儀をお勤めした。亡くなられたのは、10代の女性。ご家族の悲しみの様子は、簡単に言葉にすることはできなかった。  冒頭の言葉をかけてくれた彼は、ご葬儀で声を上げて号泣していた。一番悲しみを表に出していた彼から、思いもかけない言葉がかけられた。もらった言葉のおかげで、僧侶としてお葬式をする意味を教えてもらえたような気がする。  自分といえば、枕経の時は、しぼりだすようにお話をし、ご家族から語られることばになんとかかんとか、応答するのがやっとだった。お通夜やご葬儀のお勤めは、基本的にはいつもと同じように、でも、できるかぎりその場に立ち込めているお参りのみなさんの感情に添えるように、その場や避けたくなるものから逃げないように、向き合うようには努めていたつもりだ。   僧侶にできることは、ただお勤めをすること、お話(法話)をすること、(もちろん、それらを行うときの所作や姿勢も大事だと心がけている)また、その合間合間に、言葉を交わしたりといったご家族とのコミュニケーションに努めたということもあるかもしれない。  でも、もっと根本的なところは、(僧侶である)私が「それらをした/なにかをした」というより、そういう「僧侶としての務め」を果たすことで、意味や感情が動かれるものがあったのではないかと思う。それは、私が新しく「特別な何かをした」というよりも、すでに、社会や遺族の側に共有されていた、僧侶として葬儀で果たすべき「期待された務めを果たせた」ということにすぎないのではないかとも思う。  彼は「弟子っていてるんですか?」と聞いてくれたけれども、そのすごさは、自分個...

自由と束縛/ブレイクスルーが起こるには

 もし、あなたが科学的創造性を最大化させたいならば、図抜けた頭脳を探し出し、その頭のなかにあるアイデアを追求するのに必要な資源を与え、それからしばらく放っておく、というのが常識の命ずるところだ。大方、たぶん、なにも成果があがらないだろう。だが、一つか二つ、なにかまったく予想されなかった発見があがるということもある。もし、あなたが予期せざるブレイクスルーの可能性をほとんど壊滅させたい[最小化させたい]と望むなら、このおなじ人間たちに、次のようにいえばよい。たがいに競争しながら、きみたちが達成するであろう発見あることを、わたしに説得したまえ。そのための時間をおしむな、さもなくば資金の獲得は望めまい、と。およそこれがいまのシステムである。 デヴィット・グレーバー著、酒井隆史訳『官僚制のユートピア―テクノロジー、構造的愚かさ、リベラリズムの鉄則』、以文社、二〇一七年。一九四頁。 (※福井一喜『無理しない観光』、ミネルヴァ書房、二〇二二年、二一八頁より孫引き)

ばたばたとしはじめた1月

 年初は順調にブログを更新していたが、やはり日常が回り始めるとなか手が回らなくなる。 10日以降の主なスケジュールを振り返っておくと 11日(日)毎年ご縁をいただいている寝屋川のお寺の法要に出講。午前、午後の2座勤まる。      夕刻には、義父母・義兄が徳島から来られていて、妻子と一緒に夕食へ。 12日(月)お参りのあと、さきに出かけていた義父母・義兄・妻子と神戸で合流。みなとやま水族館や、ハーバーランドで遊んで、夜に長距離バスに乗られたのを見送る。子供の楽しかったみたい。 13日(火)大学の講義 14日(水)お参りのあと整体に。 15日(木)大学の講義。修士論文の提出期日。全員提出。K先生と院生2~3年生とひとまず提出の振り返りと懇親会。 16日(金)夜にサマセミの実行委員会。熱い会議だった。 17日(土)西正寺の「はすの会」で報恩講法要。御講師は、友人でもある塚本一真氏。 http://saishoji.net/archives/2379 18日(日)は、お参り、法事でそれなりに忙しく。 19日(月)こどもと二人で和歌山へ行く。恩師のお寺にお参り等。たのしかったので、また振り返りたい。 20日(火)お参りのあと、大学で修論の査読やレポートの採点などを進める。夜は「真宗学運営協議会」の反省会。終わった後も、修士論文の査読等。 21日(水)本願寺派の「布教使課程合同法話会」。伝道院、中央仏教学院、龍大の実践真宗学研究科の「布教使課程」を受講している人や伝道院OB・OGが一堂に会しての合同の法話会という研鑽と交流の場。 22日(木)京都に仏壇じまいの依頼(成年後見をされている弁護士さんを通じたご相談)のため、京都へ。伝道院へたちより、Wさんの講義を少し聞き、大学の研究室へ。修士論文の査読と、レポートの採点等。 23日(金)お参りと事務作業の日。歯医者へいった。 25日(日)おまいりのあと、お寺でのんびりすごす日 26日(月)昼過ぎから大学へ。事務手続きや、成績評価の作業をすすめる。 27日(火)西正寺で阪神東組の仏教講演会。 28日(水)お参りのあと、午後はずっと伝道院での講義(13:30~16:30)  →これが今日。 こんな毎日でも、そこそこ6:30から公園でラジオ体操と散歩、お習字の稽古は、ほぼほぼ継続できている。

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