2012年10月25日木曜日

【告知】相愛寄席(2012/11/22木)


相愛大学人文学部では、「落語文化へのいざない」(https://www.soai.ac.jp/news/news_2012_rakugo_kougi.html)という講義が一般公開で、開講されています。社会人も受講できる形式です。(受講申し込みはもう締め切られています。)

 この講義の特別編のようなかたちで、500名規模の寄席が開催されます。
 詳細は以下の通り。興味ご関心、お時間のあるかたは是非ともご応募ください。


■相愛寄席
日時:11月22日(木)18:30~
場所:相愛大学本町学舎 講堂

出演:
・桂小梅
・桂梅團治
・桂春の輔
・内海英華
・桂春團治

申し込み先
ネット:http://www.soai.ac.jp/news/news_20121122_yose.html
FAX:リンク先・添付データをご参照ください。
http://www.soai.ac.jp/news/news_20121122_yose.html




2012年10月10日水曜日

飯田線のバラード(3)

先日日曜日の帰宅ルート
「長野」~(篠ノ井線)~「岡谷」(飯田線)~「豊橋」~(新幹線)~「新大阪」~(東海道線)~「尼崎」。


長野から普通に帰ると、
長野から特急「しなの」で名古屋にでて、新幹線で大阪へというのが一般的なルートかと思います。

出発前に、帰りになにか観光などするところはないかと調べていたら、
ネットで調べ見ると、「飯田線」に乗って帰るルートを発見。

究極超人あ~るの、「飯田線のバラード」というエピソードはあまりにも有名。
これは乗って帰らない手はない!と思いつつも、スケジュール的にも結構ハード。
実際に帰るその日まで、本当にいけるのかどうか疑問をいただいていたものの、結局乗ってしまった次第。


飯田線については、以下のサイトなどに説明があります。

ウィキペディア「飯田線」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A3%AF%E7%94%B0%E7%B7%9A

「魅力発見 飯田線」
http://www.green.dti.ne.jp/iida/

「究極のスロートラベル」
http://iidasen.ii-s.org/


10:00
長野から、特急「しなの」で塩尻へ、そこから普通にのって飯田線の始発がでる「岡谷駅」到着。
次の飯田線の電車が出るまで、1時間20分余り。いったん途中下車で、駅からでて岡谷駅まわりを歩いてみる。駅前のビルにいくつか商店があるものの、さほど賑わいもなく。コンビニに寄った後は、駅の待合室でのんびりと待機。

12:27 飯田線の電車出発。
車両は2両。期待していたほど寂れた電車ではなく、むしろ新しくて残念。
電化されていて、窓も密閉タイプ。開けて外の空気を堪能できないことにも、出発前からちょっと落胆。駅の待合室から、「同じ目的」とおぼしき何組かも見受けられて、同様に乗車。
ガラガラでもなく、混んでいるのでもなく、ほどよい乗車率か。

「飯田」までは、田舎と、ちょっとした町が交互に見えるようなのどかな状態。
「天竜峡」を過ぎたあたりから一気に「秘境」に突入するような路線だった。
天竜川に沿って電車が走り、車窓の風景は、見応え十分。

各駅の停車時間が、1~2分程度しかなかったことは、残念。
ホームに下りて、ゆっくり写真を撮ったりする余裕などなく、文字通り乗っていることが中心になった。



2012年10月7日日曜日

飯田線のバラード(2)

18:24。無事に豊橋につきました。

12:27に岡谷駅を出発した電車は、飯田線を走りきりました。

居眠りの時間と、秘境駅や天竜川の渓流をみながらの旅は、とっぷり日が暮れて、
最後のほうは闇に包まれてしまいました。

いま、豊橋から、新幹線こだまに乗車。
名古屋に出て、のぞみにのって帰ります。長い帰り道も終わりに向かいつつあります。


飯田線のバラード(1)

昨日、友人の結婚披露宴にご招待いただき、長野にやってきました。
今朝、善光寺にお参り(見学)して、10時発の電車で帰途に。
まっすぐ・・・ではなく、ちょっと遠回りしてかえります。

飯田線とは、いいだせん~


「飯田線のバラード」you tube

「飯田線のバラード」歌詞
http://lyric.kget.jp/lyric/ug/op/


2012年10月4日木曜日

google chrome が重かったので対処方法を

Google Chrome を基本のブラウザに使っています。
軽快に動いていたものが、ここ数日どうも重く感じるようになっていました。

特にwebを閲覧している際の、画面スクロールがぎこちなくなるのが気になる状態でした。
そこで、ネットで検索して、クロームが重くなった際の対処方法を検索。

もっとも挙げられていた「キャッシュの整理(削除)」を実行すると、あっさりと軽くなりました。
「設定」→「詳細設定」→「閲覧履歴データの消去」
で管理できます。

やはり、同様の経験をした人は多いようです。


NAVERまとめ
http://matome.naver.jp/odai/2131296417846775801

Yahoo!知恵袋
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1347140538

Chromeも重くなる
http://actyway.com/3971

2012年10月1日月曜日

龍樹のショック・・・

月曜日は午前・午後と出講で、ほぼ一日が終わるスケジュール。
講義後に、龍大瀬田学舎の図書館にって、少々原稿を書くための作業をば。


午前は、「仏教の思想」
 今日は親鸞聖人の「誕生」と「出家」
 学生さんへの投げかけは「史実」と「伝承」のうち、「史実ではない伝承」の意味をどのように考えるべきなのかという私見を提示した。


午後は、真宗関連の講義。 七祖の第一「龍樹菩薩」について。

おきまりの、龍樹の出家前、「若気の至り」のエピソード(※)を紹介して、話しながらふとおもった。

 一緒に「やんちゃ」をやっていた友人が目の前で死んでしまったとき、龍樹の心境はいかばかりだったか。 若い、欲望にまかせて、それが最高の快楽だと思ったことをやっていたときに、突如訪れた友人の死。

 このショックは、もしかすると「透明人間になった」とか「後宮でやんちゃした」という特異なシチュエーションでオブラートに包まれているけれど、「人生」において突如として訪れる衝撃という意味では、一般化できる課題だったのではなかっただろうか。

 「なぜ生きているのか」、「なぜ彼は死んだのか?」
 仏教でしか答えを見いだせない問いが、友人の死によって立ち上がってきたのかもしれない。

 龍樹のエピソードが、今昔物語や、芥川龍之介がそれぞれまた取り上げている意味というのも、あらためて考えてみたい・・・と思った次第。


(※) 龍樹菩薩のエピソードとは、
 若い頃、龍樹菩薩という人物は、透明人間になる方法を得て、友人二人と一緒に、後宮の女性たちにいたずらをして過ごしていました。女性たちが妊娠し、異変に気づいた城の王族や兵隊は、粉を地面に巻いて、見えない何者かが来ても、居場所がわかるように策を練りました。
 その策を知らずにやってきた龍樹と友人たち。足跡から居場所がしられ、兵隊に攻撃されます。
友人二人は命を落とし、龍樹はなんとか逃げ延びることができました。
この出来事によって、龍樹は発心(改心?回心?)して、仏教の学問・修行をはじめ、後世に大きな影響を与える天才仏教者となりました。

鳩摩羅什『龍樹菩薩伝』に見られ、
日本では『今昔物語』に収録され、さらには芥川龍之介が『青年と死』というタイトルで小説にしています。


■龍樹について
 ウィキペディア:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%BE%8D%E6%A8%B9

■芥川龍之介『青年と死』(青空文庫)
 http://www.aozora.gr.jp/cards/000879/files/142_15207.html

 

 

「宗教的な救い」とはなにか?

・先週は宮崎先生と対談でした  先週の土曜日 4月13日の午後は、相愛大学の企画で、宮崎哲弥先生の講義にゲストスピーカー・対談相手として、登壇させていただく機会を得ました。  以前このブログでもご案内していたこちらです。  【登壇情報】宮崎哲弥先生と対談します。 https://...