投稿

ラベル(出講)が付いた投稿を表示しています

「宗教」・「カルト」を扱う講義をするので

イメージ
今日の龍谷大学文学部で担当している「伝道学特殊講義」(学部3・4回生対象)は、講義で指定しているテキスト 『基礎ゼミ宗教学(第2版)』 。今回は、第9章の「カルト問題」にどう向き合うか?―カルト、偽装勧誘、マインド・コントロール」を扱う予定。  数年前に大阪大学が、大学としてのカルト対策、注意喚起の動画を公開されていて、大学における偽装勧誘をはじめとした勧誘活動に対する理解や注意喚起としては、よいソースではないかと思っている。  またそれを紹介しながら、井上順孝先生が、鼎談形式で「宗教文化教育」や多文化共生について語られている動画も併せて視聴すると、視野が広がるものになっている。  実は、この講義では前回「宗教教育」をテーマにしつつ、外国で行われている公教育での「宗教」の扱いを取り上げた書籍( 藤原聖子『世界の教科書でよむ〈宗教〉 』(ちくまプリマー新書 )を紹介しつつ、「多文化共生」についても宗教教育との関連で考えていたこととも関連して振り替えられるので大変ありがたい内容になっている。  今日は、受講生のみなさんとこれらの動画をみながら、いろいろと考える回にしようかと思っている。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・   ◎ 大阪大学公式youtubeチャンネル (1)学生の皆さんへ:カルト集団などの不審な勧誘に注意 その1:待伏ノ術編 https://youtu.be/gdNnCFlgQGU?si=NInhU-WhcXfOU9wA (2)学生の皆さんへ:カルト集団などの不審な勧誘に注意 その2:追付ノ術編 https://youtu.be/fl_AzglveAg?si=n6aniu4RKzTxWalP (3)学生の皆さんへ:カルト集団などの不審な勧誘に注意 その3:集団包囲の術編 https://youtu.be/YZRzy8GZpYk?si=5rOj3xTORJsRQQPS (4)学生の皆さんへ:カルト集団などの不審な勧誘に注意 その4:サークル偽装ノ術編 https://youtu.be/GSQNfCCMowQ?si=MNT4Hw7mVIfyvpYO ◎ RIRCチャンネル(宗教情報リサーチセンター) 動画や講義でカルト団体の予防啓発に取り組む大阪大学~宗教リテラシーと宗教文化教育~「宗教ニュースを読み解く」No. 18 https...

講義でもらったツボる感想

9月中頃から大学の後期の講義が始まり、お彼岸や法要もあり、種々の予定もあり、あっという間に時間が流れていっている感覚で、日々過ごしています。 一息ついている間に、「もう1週間たっていた」みたいな。 今日は、相愛大学で仏教の講義でした。 仏教の「縁起」について、幾つかの角度から講義・お話をした。 ここでは詳細にいえないけれど、 基本的には、仏教は、「物事には、因(原因)・縁(種々の条件)がある」とすること。あらゆる事象に因・縁を認めるということは、「絶対的な始まり」みたいなものはないということになるし、仏教は世界の”絶対的な始まり”や世界の創造みたいなことはいわないということになる。例えば、ビッグバンから世界がはじまったというのならば、さらに「ビッグバンはなぜおこったのか(ビッグバンという事象(結果)には、因・縁があるはず…」というような、どこまでも遡及しつづけるような視点を提示している。 また、原因と結果というつながりのほかにも、関係性や条件によって種々に見方を変えていくということもある。「私」はひとりではなにものにもなりえず、子どもの前に立つことで「親」となったり、親の前に立つことで「子」になったり、妻の前で「夫」となり、生徒の前では「センセイ」となるが、師の前では「弟子」となるような…。 まあ、そんな、ややこしいことをあれこれとやって、学生さんからリアクションペーパ(感想)を書いて提出してもらったものを、眺めているとみなさんいろいろと考えてくれていたのだろう様子をうかがうことができたのだが、特に今日は個人的にツボる感想があった。 それは、こんな感想。 (前略)前回、仏教(釈迦)の考えはポジティブで良いなとおもったけれど、今回の授業を受けて物事には因と縁があるよね、とか生と死の考え方とか、 めんどくさい人に詰められている感覚になった …(以下略) 仏教は、「Aだ」とか、「Bだ」とかハッキリとこれというものを示すよりも、むしろ「非A、非B」みたいに、「Aでもなく、Bでもない」とか、「 仮に ◎◎と名付けるような」はっきりしない、宙ぶらりんに置かれるような立場を示すんですよねーみたいな話をしていたので、「ややこしいことをいいますけど」みたいなことを何回か口にしていたような気がしている。  そのなかで、上のような感想は、むしろ「しっかりと聞いてくれていた」ということでも...

【登壇情報】宮崎哲弥先生と対談します。

イメージ
非常勤講師としてお世話になっている相愛大学で、以下の講演会があります。 第一回のゲストスピーカーとして、登壇させていただくことになりました。 (添え物なので、ちょろっとです。) ご期待にそえるかどうかわかりませんが、 お寺での活動や、宮崎先生がお話しされたことなどから、対談をさせていただくようなこととうかがっています。 ご期待に沿えるか、役割を果たせるかというドキドキも含めて、ご関心もっていただけましたら、どうぞよろしくおねがいします。 https://www.soai.ac.jp/information/event/2024/03/miyazaki-01.html 2024年度相愛大学人文学部公開授業「仏教文化講読1」 宮崎哲弥客員教授による「あなた」のための仏教思想 講師:宮崎哲弥客員教授+ゲストスピーカー 日時:年間11回 各日14時00分~16時00分(開場受付開始:13時50分) [第1回]4月13日(土) 今、仏教を学ぶ [第2回]5月18日(土) 誤解されている仏教の教え [第3回]6月15日(土) ブッダの教え「縁起」 [第4回]7月13日(土) ブッダの教え「無常」「無我」「苦」 受講料:2,000円/本学ウェブサイトにてお申込後、コンビニ決済にてお支払い 場所:相愛大学本町学舎 (OsakaMetro御堂筋線「本町」駅下車C階段4号出口より徒歩約5分) お問い合わせ先:相愛大学人文学部人文学科合同研究室 TEL:06-6612-6247 (平日9時00分~17時00分対応) E-Mail:jinbungakubu@soai.ac.jp

大阪教区(津村別院)の鼎談の登壇と、もちつきの会議

イメージ
   大阪教区寺族婦人会連盟 60周年のつどい という大変大きな会に出させていただきました。こちらは、数年かかりで企画され、「不安のなかに生きるわたし」というテーマでこの鼎談に向けて継続的に取り組みをしてこられました。  今日は、若松英輔さんの基調講演と、その後、著名な天岸浄圓先生、それに私が加わって鼎談をするというもの。正直、この顔ぶれに、なぜ私と誰もが思われるのではないかと思います。  若松先生には、はじめてお目にかかってご挨拶をさせていただきましたが、控室でも楽しくお話をしてくださり、終始楽しく、なごやかなムードで打ち合わせという名の雑談もさせていただきました。  はじまってみると、あっという間で、登壇者としてお役目を果たせたのかなというくらい、若松先生、天岸先生のお話に聞き入っていました。(タイムキーパー役は一定、果たせていたと思います)  若松先生からは、テーマの「不安」や、さらには「宗教」「宗教者」にまつわる深い問いを投げかけていただきました。  昨今の状況に「宗教」とはなにかを語らない宗教者が、宗教を壊しているのではないか。  「宗教」についてわれわれがもっと語るべきではないのか  不安は決して否定されるものではなく、新しい地平を切り開くものである。  不安を手放さずにいたい 等の印象的な言葉がありました。(※進行しながらだったので、しっかりとしたメモを取っておらず、記憶に頼って書き出しています。表現については、もしかすると差意があるかもしれません)  終わった直後は、あまり感じていなかったのですが、帰りの電車~帰宅するまで、ぼんやりしてしまってあまり記憶がなく、それなりに疲労していたのかもしれません。(それほどなにかしたのかという問いは残りますが… 苦笑)  帰宅後、年末に地域のもちつきを今年はお寺の境内で行うということで、関係者10数名の方と顔合わせと打ち合わせの会合に行きました。  地域の神社の宮司さんと、お店で同席して、お食事を一緒にするという、記念すべき機会でもありました。(盆踊りやお祭りなどで、テントで同席するということはありましたが、お店で席を同じくするというのは貴重な機会でした)  普段来られない方も、「もちつき」をきっかけに初めてお寺にお越しいただけることも多くあるだろうと思います。青年団の方も「お寺いったことないです」という...

大学の講義でATTF2をやったよという件(その3) ATTFで遊んだ意味とは

イメージ
大学の講義でATTF2をやったよという件(その3) ATTFで遊んだ意味とは  大学の講義でATTF2をやったよという件(その2)  ATTFとはなにか、どう遊ぶか からの続き https://ryogo1977.blogspot.com/2023/11/attf2attf.html ・ゲームを終えて  ATTFのおわりに、 ・ベストおせっかいニスト(一番たくさんおせっかいをした人)の表彰  → といっても、紹介と拍手 ・ベストおせっかい(各グループの一番傑作のおせっかい) の決定と共有  をして、今回の感想を話し合った。 ・学生さんの感想  講義おわりに、学生さんに書いてもらった感想を一部抜粋すると、以下の様なものがあった。 ・国語の教職をとっているため、授業でぜひ取り入れたいと考えた。また尼崎だけではなく、さまざまな県や市のもの(カード)を作ればいいのにと感じた。   ・話したことのない人と同じ班だったが、盛り上がって楽しかった。またゲームであったが、悩みの内容は自分の町にも共通しているところがあるのだろうなと思った。/ 母親が民生委員をしていて、独居老人を気にかけているから、身近に感じた。   ・今回のゲームもとてもおもしろかったです。手札が少ないから珍回答がでたり、パワープレイだったりして、見ていて楽しいです。タイ人のお母さんが学級新聞を読めないという課題が現実にもあるんだろうなと思ったら、心がくるしくなりました。こんな課題を解決するようなサポートがあるのかなど、調べてみるのもよいなと思いました。   ・高齢化の問題、若者の地方離れなど、尼崎以外の地域が抱えている問題を再確認しました。   ・高齢者の扱いがなまなましく表れていると思いました。   ・カードの手札の中だけで解決しないといけないところ、現実社会でも当てはまると感じました。お金があれば解決できるだろうが、創意工夫してなんとか解決に向かうところが問題解決のキモだと感じました。   ・ゲームめっちゃたのしかったです!発想力と想像力が豊か似なるなーと思いました。/新鮮で楽しかったです。またやりたいと思いました。   ・グループでやったことのないようなゲームで他の知ったです。現実的に考える人もいれば、大喜利する人もいて、多種多様...

大学の講義でATTF2をやったよという件(その2) ATTFとはなにか、どう遊ぶか

イメージ
大学の講義でATTF2をやったよという件(その2) ATTFとはなにか、どう遊ぶか 大学の講義でATTF2をやったよという件 伝道学特殊講義と今期のこれまで(その1) からの続き https://ryogo1977.blogspot.com/2023/11/attf2.html ・ATTFとはなにか  ということで、今日の講義では、ATTF2(Amagasaki Toi The Future2)というカードゲームをプレイしてもらうことにした。  ATTFとはなにか。 下の画像のようなカードを用いたカードゲームで、尼崎市が市制100周年を記念して、2016年に制作したものである。(尼崎市による紹介は以下のリンクに) ・尼崎市市役所「カードゲーム「アマガサキトゥザフューチャー2」」 https://www.city.amagasaki.hyogo.jp/shisei/si_mirai/kyodo_sikumi/1016069.html ・(尼崎市)AMANISM 「ATTF2」 https://amanism.jp/ucma/report/entry-79.html 行政が、市民と一緒に作成したカードゲームである。私も作成段階でお声がけいただいて市民の一人として作成にかかわった。過去に行われたバージョンアップの際や、現在も行われている小中学校での授業での活用にも、お声がけいただいて関わっていて、思い入れもあるカードゲームだ。  ・ATTFの遊び方  尼崎市が以下の動画で紹介してくれている。  5分とちょっと長めなので、お時間があればご覧ください。  「聞いてカード」と、「おたからカード」の2種類のカードがあり、プレイヤーは、この聞いてカードのお悩みを、尼崎市の「おたから」つまりは、まちのリソースを組み合わせながら、解決する方法を考え、編み出すというゲームである。 ・学生さんにプレイしてもらう ということで、この日の講義は、ATTF2をプレイしてもらうこと。 遊んでもらうなかで、「まちの声(=社会課題や、現実生活での悩みや、グチ)」に触れ、また、「町のリソース(=地域資源とか、人、施設、あるいはなにげなく見過ごしがちなもの)」をとらえる視座を獲得してもらおう、考えてもらおうというわけである。  流れとしては、以下の様な感じ。    ・講義の振り返り、イントロ  ・ATTF...

大学の講義でATTF2をやったよという件(その1) 伝道学特殊講義と今期のこれまで

イメージ
・講義の概要について 今日(すでに昨日、10/31(火))は担当している講義への出講。2つあって、そのうちの一つは、 龍谷大学文学部真宗学科の「伝道学特殊講義」。 真宗学における「伝道学」といえば、多くのアプローチは「宗教者による伝道はいかにあるべきか」というような、伝道の主体の思想や、実践を問題とするものが大半であっただろうと理解している。 この講義では、視点を変えて、伝道の客体・対象である「社会」に目を向けて、社会の中での宗教の位置づけや、相互的な関係、あるいは社会課題そのものをテーマとして扱うことを主軸にしている。その中で、そのような社会の中に生きる主体として、自ずから何か立ち上がってくるものがあるのだろうと考えている。  付言しておくと、主に中央仏教学院で担当していた「社会伝道論」(現代社会における社会課題・問題を扱うという講義)での経験を踏まえて行っているものでもある。  中央仏教学院でも、この講義でも、テキストとして大谷栄一 川又俊則 猪瀬優理編『 基礎ゼミ 宗教学 』(世界思想社、2017年)を使用している。 『基礎ゼミ 宗教学』  https://amzn.to/49i24vi (テキストにしている『基礎ゼミ宗教学』) とはいえ、がっつり準拠しているわけではなく、 対象の学科の特性に応じてアレンジして講義を行っている。 2023年度のシラバスである。   ・これまでやってきたこと  今日(10月31日)は、8回目。ちょうど折り返しくらいに差し掛かった。  これまで、宗教、宗教施設等についての基礎知識や、現代社会と宗教の関係として、「世俗主義/世俗化」などを講義した。それに続いて、ここ2回はちょっと工夫して、お芝居のワークショップを行った。  儀礼について、近しい関係で考え方が違うというシチュエーションを演じてもらったり、宗教ツーリズム的な視点から、経済や地域社会と宗教施設の関係等について、多様な主体(僧侶、地域住民、お店屋さん、旅人)が、それぞれの本音を持ちつつ、お寺の在り方に語るなどというものだ。  これも、中央仏教学院の講義で、僧侶である学生さんたちに行ってもらっていたものを移植したものだ。あちらは、中学・高校のような固定のクラスという関係性で行っているもので、大学のこの講義のみの関係性で顔を合わせる学生さんたちではどうなることかと...

毎日文化センター公開講座 「親鸞聖人の教えを読み解く ~他力本願・往生浄土・悪人正機」(3回限定)

イメージ
毎日文化センターさんにて、以下のような公開講座を企画いただきました。 「親鸞聖人の教えを読み解く ~他力本願・往生浄土・悪人正機」 http://www.maibun.co.jp/wp/archives/course/43969  R大学のO先生がご推薦くださって今回のお話になりました。 3回限定です。ご期待にどこまでお応えできるかというところはありますが、一般の方向けに、興味を持っていただけるように努めたいと思っています。  新聞紙面か、広告も出ているようで、お寺の御門徒さんからも、「毎日さんで…」というお声がけもいただいてしまいました。  すでに反響/申し込みをいただいているようで、高い期待に大変恐縮しています。  がんばって準備します。ハイ。 (案内文を転載します)・・・・・・・・・・・・・ 2023年は浄土真宗の宗祖親鸞聖人が生まれて850年の節目の年にあたります。その宗祖親鸞聖人の教えはどのようなものだったのでしょうか。親鸞聖人の教え、思想を「他力本願」「往生浄土」「悪人正機」などをキーワードに読み解いていきます。 7/10(月) 他力本願 親鸞聖人の教えの中核にあるといえる「他力」の思想。それは、「他人任せ」とはまったく違う、画期的な念仏の教え、仏の救いを言い表した言葉でありました。 8/7(月) 往生浄土  人は死んだらおわり? 死んだ後の世界はあるの? そんな問いも改めて考えさせられる「往生浄土」の教えを考えます。 9/11(月) 悪人正機 私たちのいう「善悪」とはなにか? 「悪人こそ救いの目あてである」という仏の救いと向き合うことは、私たちが当たり前のように言う「善/悪」について深く考えるきっかけともなります。   ■中平了悟 プロフィール ・龍谷大学/相愛大学/園田学園女子大学 非常勤講師 ・浄土真宗本願寺派布教使課程専任講師 ・浄土真宗本願寺派西正寺住職 ( 専門は真宗学/中国浄土教思想 )

6月12日(月)伝道院での講義、先生との夕食

思い立ったようにまたブログ(記録を書く) 6月12日(月) 朝から伝道院で布教使課程の講義のため、京都へ。 「往生浄土」という、浄土真宗の教義の柱ともいうべきテーマを扱わせてもらう。 用語の確認や、仏教(宗派)における「経典」の位置づけ、等も受講生のみなさんになげかけながらお話していると、時間はあっという間に過ぎる。 最後は、時間が足りずに駆け足で、じっくり話してみたかったテーマは紹介のみで終わってしまうという、ある種予想された結果。(去年もこんなだったように記憶している) 午後からは、主任の先生が担当される講義を控室で聞かせていただきつつ、諸作業。 夕刻、声明をご教授いただいているO先生と夕食。 先生のお寺の本堂で、ご本尊にお参りさせていただいたときに、特有のピンとしたとでもいうような、その空間の空気に身を置くことで感じたものは大切にしたいと思った。 お店に移動し、あれこれお話していると、開店から閉店まで4時間くらいがたっていた。あっという間。 今日思ったこと。   ・もっとちゃんと勉強をしよう。  ・本堂、お内陣という”儀礼の空間”を大切にお預かりしよう。  

四月から新しい講座の企画がはじまります(NHK文化センター梅田教室)

イメージ
親鸞聖人生誕850年/浄土真宗立教開宗800年記念企画   「親鸞聖人と本願寺~その歴史と思想」   ↑ なんという豪華のところにおいていただいたのだろうという驚きのポジションをもらったチラシ。  2009年の4月から、NHK文化センターで講座を担当させていただいています。  前任の豊島学由先生から引き継がせていただいて、歎異抄を中心に、浄土真宗の講座を続けてきました。ちょうどこの3月で『歎異抄』の講読が最後まで進みまして、一区切りになりました。  今年は、親鸞聖人ご誕生850年、浄土真宗の立教開宗800年の法要が勤める記念の年でもあります。ということで、記念の企画として、1年間の予定で親鸞聖人の生涯と思想、主に本願寺の歴史と思想史のようなところをお話していけたらと計画しました。 有料の講座で恐縮ですが、こちらで少々宣伝しておきます。  お申込み、詳細はこちら NHK文化センター梅田教室 https://www.nhk-cul.co.jp/programs/program_435881.html

9月20日(火)「宗教実践特殊研究」(龍谷大学 実践真宗学研究科)と衣の相談。

イメージ
9月20日火曜日。 ◎台風14号のこと 台風14号は、夜のうちに通過。朝のニュースではすでに、宮城県沖に抜けていた。 19日には、時速20キロ~30キロ程度のゆったりとした移動だったものが、時速75キロとかなり速度もあがっていた。暴風域もなくなり、この後の災害の危険度も下がった模様。ひとまず、安心。 用意していた資材・物品も役に立つことはなかったが、それはそれでよかったと思うべきなのだろう。 ◎龍大の講義のこと 午前中、事務作業を少々。12時に移動。京都へ。 13:30~ 講義「宗教実践特殊研究」(龍谷大学 実践真宗学研究科)  昨年同様、以下の二つの書籍をテキストに、受講生のみなさんとディスカッションをする形式の予定。  ・ 『現代日本の宗教事情〈国内編I〉』 (いま宗教に向きあう 第1巻)    ・ 『隠される宗教,顕れる宗教 〈国内編II〉』 (いま宗教に向きあう 第2巻)        この講義の受講生は3名。それに加えて昨年から引き続いて参加したいという大学院生が1名。合計4名のみなさんと講義を行っていくことになる見込み。  第一回は、オリエンテーションと自己紹介と少しのレクチャー。  この書籍を読んでいくにあたって基本的な概念になる「世俗主義」について、説明をする。 ◎法衣店での相談のこと  講義後、当日のアポになったが電話で担当の方が在店されていることを確認して法衣店さんへ。 継職奉告法要で、御門徒皆さんからのお祝いの記念品として「色衣(しきえ)」を誂えさせていただくことになったので、その相談に。  カタログと、実際の織物を拝見しながら、あーでもない、こーでもないと相談しているとあっというまに90分。  カタログと実際の現物の色合いがちがっていることもあり、また自分がつけさせていただいているお袈裟(主に五条袈裟)との色合いも考えながら、「これだとこうなりますよね。これと、これは合いませんよね」等と。     使い勝手の良さとか、もろもろの諸条件を勘案しつつ、候補を絞って退店。最終決定と注文は後日。ただ、かなり候補が絞られてよかった。    電車にて帰宅。一日でできることは限られている。大事に大事に。  

9月14日(水) 大阪教区婦人会連盟(浄土真宗本願寺派)の研修会に出講

イメージ
 9月14日水曜日、はれ。  午前9:00~12:00前、いつものように月参り。  午後からは、津村別院で開催の「大阪教区婦人会連盟研修会 全体研修会」に出講。   これまでに、数回打ち合わせを重ねて、主催・企画側の意図として「不安」をテーマに開催したいという意向を受けての講演。    不安にどのように処したらよいのか、というようなことをお題として頂戴したのだが、これがなかなか難しい。  不安を超克していくのが浄土真宗ではないですよ。不安を抱え、煩悩を抱え、自分の心を整えるどころか、ずっとその心に振り回されながら、思い通りになることができずに生きていく私を引き受けてくださるのが念仏であり、阿弥陀如来なのですよというようなことを柱にして、研修会のお話とさせてもらった。  ちょっと硬めに書くと下のような感じ。(補足:研修会では例話も入れたりして、もうちょっと柔らかく、まろやかな感じでお話しましたよ) ◎不安は消えない。  浄土真宗の念仏とは、「不安」を消すもの、「不安」を解消するものではないのだろうとおもっている。そして、どうしようもない「不安」を抱える我々は、思い通りにならない心を抱えている存在であるということは、臨終の瞬間まで変わることはないのだろう。  「不安を消そう」「不安を消す手段を手に入れよう」と親鸞聖人や浄土真宗の教えに対して問いを立てることは、その問い自体が間違っている可能性を考えなければいけないと思っている。  例えば「臨終まで、思い通りにならない心を抱えているのだ」といわれているのに、問いが間違っていると「そうか、そう受け止めたら、心が穏やかになるのですね」と、聖教(仏教の書物)が言わんとしていることと、全くずれた受け止めをしてしまうケースが発生する。「穏やかになれない」といわれているのに、「穏やかになれないと受け止めたら、心が穏やかになるのですね」と訳の分からないバイアスをかけてきいてしまっているということがないだろうか? ◎法然上人と明遍僧都の問答  法然上人のことばを伝える『和語灯録』という書物に、法然上人と、門弟で高野聖でもあった明遍僧都との面白いやりとりがあったので、今回の資料に掲載して紹介した。  もう、これがすべてではないかと思う。  誤訳してしまっているところもあるかもしれないが、個人的には以下のように訳を試みてみた。(もしお気づきの...

9月12日(月)島下組(しましもそ)仏教婦人会連盟研修会に。

イメージ
 9月12日月曜日。快晴。  午後から、大阪教区島下組仏教婦人会連盟研修会に出講させていただく。  この研修会は、津村別院経由でいただいたお話で、もともとは2月に予定されていたものが、コロナの都合で延期になり、本日の開催。コロナの影響で、午前・午後の二部制になり、参加人数も調整されての開催。  午前は、デスクワークと内容の確認等。  12時過ぎ、荷物を車に積んで移動。(プロジェクターとスクリーンも持参するケース)  会場は、吹田市の西福寺さま。中央仏教学院のK先生がご住職をお務めのご寺院。  13時前。会場着。プロジェクターなどの設営を行い、待機。その間に、喚鐘を拝見。    江戸期(延享年間)の喚鐘で、尼僧の供養のために、何人かの方たちによって寄進されたもののよう。銘文(陰刻)で独特のものがあり、拝見して楽しい。堪能した。  (滋賀県の梵音具調査に携わったことがあり、喚鐘・梵鐘の類を拝見するのを趣味にしてる)  14時開始。15時30分までの研修。SDGsがテーマ。  とはいえ、1時間で、SDGsについて、網羅的に話すことは難しいので、概略をお話したあと、皆さんで考えたり、想像してもらう時間(ワーク)も取りながら過ごさせてもらった。  身近に実践できるようなことを考えたいという要望もあったので、一杯のお茶碗のごはん から、普段考えていることはどのようなことか、環境も含めて考えてみるとどうなるか?というような問いかけをさせてもらうような時間をもって過ごしてみた。    やはり、普段お米を買うときは(私もそうなのだが)「いくらかな?」「おいしいかな?」「銘柄はなにがいいかな?」というようなことばかりを考えてしまう。 ところが「環境に配慮するには?」と考えてみると、炊き方、研ぎ方、お米の作られ方、運ばれ方…様々なところで、環境や他者と結びついているものが見えてくるようになる。  そのほか、トウモロコシやバナナ、手のなかにあるスマホも、それを通して世界の状況や、さまざまな課題と結びついているというようなことを一緒に考えさせてもらうような時間を持った。  「考えさせられる時間でした」というフィードバックをいただけて、一定お役目を果たせたのではないかと思う。 あとは、ちょっと調子にのって、いただいた時間一杯一杯を使ってしまった。(この辺りはごめんなさい)  夕刻にお寺に戻り、...

9月1日(木)伝道院の夜座を開催する イベントから「営み」へ というテーマ

 この記事は、こちら投稿の続きです。  ( https://ryogo1977.blogspot.com/2022/09/91.html )   上に書いた講義を終えた後は、伝道院のお夕事(ゆうがたのおつとめ)に参加し、オンラインでの打ち合わせを1本。そのあと19時から、先週に引き続いて、伝道院の「夜座」(よるざ)が開催された。  夜座については、これまで以下の投稿で触れてきた通り。  ・ 8月23日(火)「法座を開く」というカリキュラムについて  ・ 8月25日(木)布教使はお聴聞の方に育てられている…のだと思っている  前回(8/25)は、プレオープン的な形になってしまい、正式には今夜(9/1)が一回目。  伝道院の正面玄関を開け、外部からお越しいただける方をお出迎え。伝道院内に入ることができるというだけでも、実は貴重な機会でもある。    この日は、14名ほど(目算)の方がお越しいただけた。前回から引き続きお越しくださった方、情報を見て足を運んでくださった方、龍谷大学の学生さんらしき方、布教使関係の方もいらっしゃった。個人的にお久しぶりの方にもお会いできたといううれしいこともあった。  先週同様、受講生の法話は、やはり緊張を感じながらだけれども、伝わる言葉で丁寧にお話されていたという印象。回数が浅い回だけあって、新奇性や物珍しさが参加者の中にも感じられる。    終わった後、受講生のみなさんと共有させてもらった課題感は、これをイベント事からどのように「営み」へと進めていくかということを考えているという視点。  基本的に「個人的所感」ではあるけれども、やはり新奇性やものめずらしさで、最初のうちは足を運んでもらいやすいのだろうとおもう。しかし、何があるかということがわかると、主催者側は(こうやっておけばいいのだという)「安心」が積みあがってくるがそれは、参加者側からすると(なにがおこるかだいたいわかっているからという)足離れにつながってくるのかもしれない。  定期的な法座にお参りをする、仏さまにお参りをするというのは、イベントというより「営み(いとなみ)」といった方がいいのではないかと思っている。同じことが同じように行われる法座に足を運ぶ営みの場へと進んで行くという選択肢もあるようにおもう。個人的にはそちらのほうが、この場としては望ましいように思っている。...

9月1日(木)伝道院で陸奥賢(むつ・さとし)さんの講義を開催する

イメージ
 9月1日(木)。晴れのち にわか雨 のち豪雨に出くわす日。  人間ドックの翌日。朝起きた直後から、受診後に口頭で受けた結果が頭のなかに意識されている。「身や内臓についた脂肪を減らせるように生活しよう」とか「来年はいい結果を出そう」とか思ってしまっている。レコーディングダイエット等が効果的なように、健康診断が健康に対する意識を向上させている。(後日、当日はまだ結果が出ていなかった受診結果も含めた詳細な報告書が送られてくる予定)  とりあえず、背筋を伸ばして、姿勢よくすることを心掛けるところからはじめよう。  さて、9月1日。上のように思ったのは、8月が終わり、9月という新しい1か月が始まったということに由来するかもしれない。  午前中は、月参り。午後~夜まで伝道院に出講というスケジュール。 ◎陸奥賢(むつ・さとし)さんという人  この日の伝道院の午後の講座は、「鬼才」と評せられもする 陸奥賢(むつ・さとし) さん ( http://mutsu-satoshi.com/profile/ ) をお迎えしてお話を伺う日。中平は聞き手・コーディネート的に参加。  陸奥さんは、大阪・浄土宗の応典院 ( https://www.outenin.com/ ) さんとの関係が深く、私も応典院に足を運ばせていただく中で面識・知遇を得た。陸奥さんが応典院ではじめて実施され、もっとも有名になっているコンテンツが「まわしよみ新聞 ( http://www.mawashiyomishinbun.info/ ) 」 だろう。全国の各地の自治体・学校、さまざまなイベントで実施されている。(読売教育賞 NIE部門最優秀賞受賞。三省堂高校国語教科書『明解国語総合』(平成29年度版)採択。という成果も得られている)。  詳細は上記の陸奥さんのホームページなどで見てほしい。このほか、「 直観讀みブックマーカー 」や 「 当事者研究スゴロク 」、 「 歌垣風呂 」「 大阪七墓巡り復活プロジェクト 」 などさまざまな興味深い取り組みを主宰されている。  肩書は、「 観光家/コモンズ・デザイナー/社会実験者」…。正直、何一つとして、明確にわかるものがない…何者!?(笑)  しかし、今回本願寺派が陸奥さんをお招きするということで、感嘆の声が他派さんの僧侶方一部から上がったという声を聞いた。(笑) ◎伝道院での講...

8月30日(火)カードゲームをする予定の講義だったのに、カードゲームを忘れて講義に行くという失態。

イメージ
 8月30日火曜日、晴れ。  午前中は月参り。いつもどおり、父の前住職と分担しておつとめ。  午後から伝道院(布教使課程)に出講。この日は「法座をひらこう」(実例に学ぶ)という枠。先日の教義的なものではなく、実践的な内容。  13:30~16:30の3時間。休憩をはさみながら3コマのイメージで、  1:現代社会と宗教の関係(理論的・概念的側面として、世俗主義について講義する)  2:現代の諸課題や解決の手がかり、それからお寺の活動のヒント・手がかりを学ぶワークショップとして、ATTF2というカードゲームをする  3:中平がやってきた実例として、西正寺の活動を紹介する という3本組のイメージ。 ◎ATTF2  2コマ目のカードゲーム、ATTF2とは、Amagasaki to the FutureⅡ(アマガサキ・トゥ・ザ・フューチャー2)のこと。尼崎市が、市制百周年の記念の一つとして制作した、まちをしり、まちの課題を考えるカードゲームで、行政だけでなく多くの市民と一緒に制作したもの。私もお声がけしてもらい、制作のワークショップなどに参加して、関わらせてもらった。  詳しくは紹介記事などを見てもらおう。  → みんなの尼崎大学 ATTF  https://www.amanokuni.jp/ucma/attf/  →(ATTF1) https://www.amanokuni.jp/ucma/attf/entry-461.html  → 尼崎市公式ホームぺージ  https://www.city.amagasaki.hyogo.jp/shisei/si_mirai/kyodo_sikumi/1016069.html このATTF、いろいろなところでプレイしてもらっているが、とても汎用性が高くて、尼崎を知るだけではなく、お寺のとりくみや、地域一般・社会課題とどう向き合っていくのかとう手がかりを得ることもできるゲームだと思っている。  実際に、担当している中央仏教学院(社会伝道論)や、園田学園女子大学の講義(つながりプロジェクト)でも活用し、学生さんたちにプレイしてもらっているが、いつも好感触。 ◎ATTFを忘れてくる  さて、そんなATTFをするぞと、思いながら、調子よく伝道院まで移動し、荷下ろしをしているところで気が付いた。ATTFのカードゲーム(4セット)を車に積んでいない...

8月26日(金)NHK文化センターの講義で 梅田にでる。

イメージ
 (遡っています。)  8月26日(金) 午後からNHK文化センター(梅田教室)の講座へと出講。  電車で大阪へ出る。久しぶりに電車に乗っている人、都会を行きかう大勢の人を見る。  あらためて、人を”見る”だけで刺激があるものだと感じる。  これだけの人にそれぞれの生活があり、いろいろなものがあるのだという想像が、リアルな人をみることによって、おのずと立ち上がってくるのだろう。うまく言語化できない「刺激」がたしかにあった。  講座は、『歎異抄』の第十三条。先月に引き続いての箇所。  「さるべき業縁のもよおさば、いかなるふるまいもすべし」。縁次第でどのようなことをするかわからないのが、われわれ人間というものである。むしろ、縁によって、自らのありようやふるまいがきまっていってしまう、それしかないというところに、凡夫の凡夫たる根拠があるようにも考えている。真実なるもの、たしかに握りしめられるものがあれば、「縁」によって左右されることはない。それを握りしめ、うしなわなければいいのだ。しかし、そういったものが、わずかばかりもないのだと、看破するところに、浄土教思想がつないできた人間観がある。  講座は、ついつい難しい方へ流れてしまいがちになるが、ずっと受講してくださっている受講生のみなさんには感謝である。  

【講演/出講のお知らせ】龍谷大学福祉フォーラム対話共創型プロジェクト「お寺で出会い、地域にご縁~つながり・居場所をどう作るか~」

イメージ
 このたび、以下のようなフォーラムにお声がけをいただき、登壇させていただくこととなりました。詳細・参加申し込みについては、以下のリンクおよび、チラシの画像データからご覧ください。 https://www.ryukoku.ac.jp/nc/event/entry-8651.html  「コロナ禍での活動を考える」とありますのは、私からの提案ではなく企画ベースですでに設定されていたお題でもあります。実際、私が西正寺において「コロナ」において新しい活動や対応をした、ということはあまりありません。ですので、実践事例というより、問いや課題を一緒に考えていただくことになるのではないかなぁと思っております。  基本的には、コロナ以前にお寺で感じていた課題や、自坊や地域での取り組みのお話と、プラスαを提言できればと思っています。  有料の講座ですが、テーマ・内容に関心をもっていただけましたらご参加いただけましたら幸いです。

講義_「宗教実践特殊研究」5回目の講義の発表とディスカッション

 龍谷大学大学院実践真宗学研究科で担当している講義「宗教実践特殊研究」。 (なかなか、いかつい名前である)  昨年企画・実施した研究科主催のシンポジウムを受ける形で、「ソーシャルインクルージョンと宗教」と題して、宗教者による社会課題に対する実践をテーマにしている。  自身が宗教者(僧侶)でもある若い大学院生のみなさんが、それぞれ関心をもった「社会課題」について調べて発表してもらい、その発表とその後のディスカッションを通して、宗教、あるいは宗教者が関われる可能性―そのフィールドの設定や、具体的な方法―について、考えを及ぼしていくことができたらと、目論んでいる。  これまでは、それぞれの自己紹介を通して、身の回りにある課題や、関心を掘り下げる作業、それから、現在の社会の動きとして(講義のテーマでもある)「ソーシャル・インクルージョン」という考え方、宗教と社会の関係性―「世俗主義」とその捉え直しという―変遷について、レクチャーを行った。 それを踏まえて、今回から、大学院生による発表という回。  一番目の院生さんが選択してきたテーマが、自身がある業界でアルバイトしていることもあって、「悪質クレーマー問題」。  問題の詳細については、ググったり、以下のリンクをみていただけたらと思う。   ■労働組合UAゼンセンによる悪質クレームの定義と対策の文書■    正直、宗教者のフィールドに結びつくのだろうかと、不安がなかった訳ではない。  しかし、受講している院生の積極的な発言や、視点の提示によって、予想以上の視野の広がりと、興味深いディスカッションの展開になった。  悪質クレームという問題を、社会的な病理という面からアプローチする視点、  社会心理や、文化的な背景もあるのではないかという、外国での状況と比較した意見。  また、宗教者のフィールドとしては、「企業チャプレン」というアプローチについても言及があった。  (そして、企業チャプレンの話題については、本日、以下の記事があることが、臨床宗教師会のMLでも配信されて、なんとタイムリーなことかと驚く。  ※「クリスチャントゥディ」 「米国で雇用広がる企業チャプレン 充実しない日本の「心のケア」 http://www.christiantoday.co.jp/articles/1358...

4年ぶりに大学での講義

4月17日(火) 火曜日は、龍谷大学への出講日。 今年度大学で担当する講義は、3科目。 ・火曜2限:「教理史特殊講義」(大宮・真宗学科) ・火曜3限:「宗教実践特殊研究」(大宮・実践真宗学研究科) ・水曜5限:「真宗学概論」(深草・法・経営・経済・国際・短大等他学部開講)  助手の3年間は、講義担当ができない立場だったため、大学での講義担当は4年ぶりのこと。最初の講義に向かう時には、少々緊張していた。先週は、尼崎での所用のため、休講にしていたので、今回が最初の講義になる。  2限目・3限目とも、受講者の自己紹介、講義についてのオリエンテーションに時間を費やす。自分が重ねた年齢や経験が、4年前とは講義にのぞむ気持ちや、受講者との関わり方に余裕や変化をもたらしているような気がした。  2限目の講義には、10名の学生の出席があったが、それぞれの自己紹介をゆっくりとしてもらった。聞いたことは、それぞれがどんなことをしているのか、どうしてこの講義を受講しようと思ったのか。同年代の学生同士であっても、それぞれが関心を向けていることが異なっていること、受講動機もそれぞれあることが知られた。  それだけのことだけれど、そういう語りを聞いているなかに、全体として講義に対する安心感や、周りに対する信頼のようなものが醸成されたような気がした。(気のせいかも知れない)。  それぞれが、ちゃんと講義という「場」に対する想いや期待を率直に、(ただの時間の調整の受講とか、単位が欲しいからきたとかということも含めて)真摯に語った中に、なんらかの思いの共有があったのかもしれない。あるいは、別のなにかの作用があったのだろうか。 少なくとも、場や講義に対して、良い感情が蓄積される時間を過ごせたような気がした。(気のせいかも知れない)    あと、受講者のなかに1名年配の男性の方がいらっしゃった。仕事をリタイアして、「終活」をするなかで仏教を学ばれ、いろいろな考えにふれるなかで、自分自身でその答えを手にしたいというような思いで、大学での学びをつづけていらっしゃるというようなことを語って下さった。  他の若い学生と一緒にそのお話を聞くなかで、自分自身が大学院のときに周りにいらっしゃった「年配の後輩」の方を何名か思い出した。その方達は、あきらかに若い学生とは異なる、強く熱い...

広告A