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「アマック25 尼崎ー豊田交流戦」のハナシ。

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アタックではなく「アマック」25。 尼崎市のフルカワさんが主宰して、定期的に開催している主にオンラインのクイズ大会。 毎年年末には、年間チャンピオン決定戦があり、そこをめざして多くのひとがしのぎを削るという、一部で(しかし一度でも触れた人はほとんどが)熱く盛り上がっている企画がある。(私は常連の参加者の一人だと思っている。) そもそもは、コロナによって地域行事がほぼほぼ休止状態になっていた2020年。福岡県久留米市で行われていた「オンライン公民館」なる取り組みを見ならって、尼崎でも「尼崎オンライン公民館」がほぼ月例でおこなわれるようになった。(コロナが落ち着いたことにともなって、現在は行われていない)。 その中で、大人気の企画だったのが、フルカワさんが立ち上げた アマック25。 本家 アタック25さながらのパネルを、Microsoft Excel で作成し、パネルの変化から、出題・音声の出力まで、これ一つでやっている。(毎度感嘆している)。 出題から構成まで、すべてフルカワさん。(すげー) その熱意と行動力たるや、オンラインから飛び出し、尼崎市内でのリアルの企画、尼崎で一番大きな「市民まつり」のコンテンツになり、さらには本家「アタック25」からこのような企画をおこなう公認も得た。 本家アタック25で優勝した(パリ旅行を獲得した人も)尼崎市民も複数人、常連として出場中だ。 なにって、テレビで見てたアレ(パネルの獲得)が、実際に体験できるのだ。 アタックチャンスに至っては、もうこんなにどきどきするものだったのかと、何度やっても興奮が止まらない。笑 もうしわけないことに、フルカワさんから出場のオファーがくるたびに、家族(妻)に頭を下げ、家族の負担・いろいろなものを差し置いて出場してしまっている。(ダメおやじ) そんなこんなで、4月23日(水)は、アマック25だった。 「アマック25 尼崎ー豊田交流戦」と銘打って、先般、フルカワさんが足を運び、リアルでアマック25を体験された愛知県豊田市のみなさんと、尼崎のアマックメンバーとの交流戦。 そもそもが、先の「オンライン公民館」が豊田市でもおこなわれ交流が持たれていたことに端を発したものだろうと思う。  尼崎から4名・豊田から4名が出場。各回2名ずつ出しあって、2戦行われた。  詳細は割愛するが、第一戦の結果。  なんと、尼崎のイ...

GASAKI BASE が往生(閉店)するのでお葬式をしたというハナシ。

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記載が前後するが、これもとどめておきたいと思う出来事。 尼崎は戸ノ内にあったガサキベースが往生(閉店)した。 番頭(店主)の足立さんから、半年以上前だったと思うが、「4月に閉店するから葬式をしてほしい」という話をもらっていた。ほかならぬ足立さんの頼み。この数年間、足立さんからは、たくさんの刺激・インスパイアをもらった。  またそれ以上に大きく、かつ多くの足立さんの手にかかるものが尼崎の地には、生み出され、作り出されて、影響が与えられてきたように思う。地域に多数の足跡・傷あとを刻み込んだ足立さんの節目に立ち会えるというのは、光栄なこと。 ※ 足立さんのインタビューや ガサキベースが紹介されているサイト AMANISMより OC vol.05 まちとつながるDIY 尼崎傾奇者集落とGASAKI BASE https://amanism.jp/ucma/report/entry-169.html まちなかの「村」から発信する「ほんとうのDIY」 https://amanism.jp/people/entry-90.html    ごちゃごちゃ、いうてしまったけれど、きっとみんなここが大好きなんだろうなと思う。そんな場の節目は、請われなくても身を置いておきたいと思うもの。  実際、往生(閉店)のこの日までにもたくさんの人が、ガサキベースを訪れ、別れを惜しみ、足立さんたちと言葉を交わしていたようだ。この日も、たくさんの人が、最後の日に立ち会うべく足を運んでいた。  「葬儀」と「往生」の話で、もらった時間は 30分。オーダーは、ガサキベースの葬式をし、「往生」についての話をしてほしいということ。ばたばたとする中で、準備に十分に時間をさけたとは言い難いが、それなりにイメージをふくらませ、表白(読み上げ文)もしたためた。  葬儀の雰囲気を保ちつつ、お店のアナーキーというか、「集落感」というか、ガサキベースらしさを損なわず…ということはなかなか苦慮する部分ではあったけれども、また「往生」や「死」「別れ」ということを、立ちあってくださった人たちとある種共有することはできていたように思う。  写真は当日のようす。 ※photo by 城周作 氏 ※photo by 城周作 氏 「葬式」の中で読み上げた「表白」 ●足立さんが、ガサキベースの閉店を「往生」と名付けた 足立さんから、閉店を往生...

8月27日(土)3年ぶりに盆踊りが開催されていた

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  8月27日(土)。はれ。  朝、移動中にJR塚口駅前の公園に、やぐらが組まれているのを見かける。青年会のみなさんががんばって、準備をしてくれていた。それを見て、「おお!盆踊りあるのか!」と気が付く。  コロナで3年ぶり。    お昼過ぎまで月参り、法事のお参り。  午後はデスクワーク。  夕刻は、盆踊りに参加。幼子は、はじめての盆踊りで大きな音に驚いていた。

『南部再生』vol.65 

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   『南部再生』vol.65を西正寺に届けてもらった。  届けてくれたのは、これを刊行している南部再生研究室 http://www.amaken.jp/ )の若狭健作さん(お友だち)。  南部再生研究室(ツイッター: https://twitter.com/amaken_amgsk )は、2001年3月に、尼崎公害訴訟の和解金をもとに設立され、この『南部再生』の刊行の他にも、尼崎の運河でクルージングしたり、”幻の郷土野菜尼いも”を復活させるなど、かなりナナメのエッジの効いた尼崎の魅力を創出する活動をし続けてくれている(と私は思っている)。  この『南部再生』では、尼崎の、主に南部地域の魅力を発信し続けていて、いまや尼崎にとどまらず、市外にもファンは多い。また、他市町には、これをモデルにしたフリーマガジンが刊行されるくらい。( https://twitter.com/Ryo_Saeki/status/1265447535193108480 )  なかひらも、数年前から、編集会議に遊びに行かせてもらったり、可能な時には記事を書いたりしてお手伝いさせてもらっている。仕事とか負担というより、ただただ楽しくかかわらせてもらえて、大変楽しい。  ※今号は、「園田にかける橋番付」と、「島人も知らない七不思議」の一部を執筆させてもらった。  今回は、「南部ちゃうやん」という大方のツッコミが予想されがらも、あえての園田(われらが西正寺も所在する地域)の特集。おそらく園田地域の多くの人が、答えられないだろう園田の「謎」も取り上げられている!    〇そもそもどうして「園田」というのか?  〇園田にはなぜ「東園田町」しかないのか?   (「園田」を関する地名は、尼崎には、園田も、西園田も、北園田も、南園田もなく、「東園田町」しか存在しないのだ)  〇なぜ、「島之内」は、尼崎市を中心としながらも、伊丹市・豊中市に越境しているのか?  〇園田村の村章が不明  〇水路沿いにある数え橋はなにか?  〇園田学園は、なぜ「塚口」にあるのか?  〇田能は、「たのう」か「たの」か。  ⇒ このすべてを知っている人などいるのだろうか?  しかし、これらの謎の答えは、『南部再生』にあるのだ。(一部はなお、不明のまま)   今号もディープな尼崎のスポットが紙面のいっぱいにとりあげられている...

8月7日(日) みんなのサマーセミナー 2022 大成功!w

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  閉会後の集合写真  2022年8月6日(土)、7日(日)の両日、市立尼崎高等学校を会場にみんなのサマーセミナーを開催した。  (多分)2017年から実行委員に関わり、今回は副実行委員長というポジション(基本的にフラットなチーム感なので、”役職”というより、ポジション・担当という感覚の方がふさわしいと思っている)でしたが、それらしいことはあんまりせず(というよりできず)当日も、(これは例年通り)開会前の準備はするものの、午前はお参りして、午後から現地に加わるという、行動だけは”役職者/重役出勤”。(ごめんなさい)    それでも、達成感とか、充実感とか、連帯感とか、その他もろもろの肯定的な感情をこのサマセミに持てるということがひとつのサマセミらしさとも思う。これまでサマセミが歩んできた歴史と、ただひたすらに「みんなが(自分が)やりたいからやっている」という前向きなモチベーションが、このサマセミを包んでいるからなんだろうと思う。 (終わって階段の「サマセミ」をみんなではがしているところ)  これだけのことをするからには、それなりに大変でしんどいことも、もちろんある。例えば酷暑の中屋外で作業をしないといけないこともあるし、面倒なトラブルの処理も数件あった。想定外の出来事や、「え!あれどうしてたっけ?」とか「なんで、これがここにあるの?/ないの?」みたいなこともある。けれど、サマセミのいいところは、ちょっと驚く程にそれらを(基本的には)前向きなメンタリティで解決してしまう人たちの集団であるということなんだろう。   それがいつのまにか、関わっている実行委員にひろがり、授業をしてくれるセンセイや、ボランティアのみなさんにも、いい感じで伝わっていった形が、当日の雰囲気やもたらされる「肯定的な感情」につながっているんじゃないかなぁ。  最後の振り返りで出ていた、実行委員や当日かかわってくださったみんなの一言一言が熱くてまたよかった。「来年も」と期待にあふれるものばっかりだった。  帰宅後、SNS(ツイッターやフェイスブック)のタイムラインには、サマセミ関連の写真や、画像があふれていた。  知人や、関わる地域の人はみんなサマセミに行ってたんじゃないかというくらいの質量。  センセイとして授業を実施した、生徒として参加したという経験はもちろん、このコロナで会えなかったたく...

みんなのサマーセミナーの宣伝をしています。

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 2022年8月6日(土)、7日(日)の両日、「尼崎みんなのサマーセミナー」が開催されます。私も、「サマセミ」こと、尼崎みんなのサマーセミナー実行委員をしています。  過去2年は、コロナで実施されませんでしたが、2015年から毎年「誰でもセンセイ、誰でも生徒」を合言葉に、尼崎市で開催されている「学校ごっこ」です。  実行委員は、市民と行政職員が協働して構成し、1年間を通して継続的に開催されている「実行委員会」を重ねて準備してきました。  今年の会場は、尼崎市立尼崎高等学校。市尼です!  詳細は、以下のリンクからご覧くださいませ。 ○ サマセミ2022ホームページ  (リンク) ○ サマセミ2022時間割  (リンク) ○ 過去のサマセミ動画など  (リンク)

43歳になります(Birthday Donationのお願い)

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7月11日は私の誕生日でした(そういえば…と、思い出さないと忘れる)。 43歳になります。 お誕生日のプレゼントとして欲しいものというのも特に思いつかず、 特別にこれが食べたい!という欲求もなく、 おかげさまで、そこそこ満足しながら日常を過ごしています。 ただ、40を過ぎた僧侶として、これからお坊さんはどうあるのかな?とか、 お坊さんは社会の中でどうあるべきなのか?ということを考えるなかで、 寄付にまつわる「お金集め」ということを改めて考える時間が長くなっています。 「お布施(寄付)」で暮らしを支えさせていただいていて、またお寺も「お布施(寄付)」で運営させていただいています。そんな中で、お坊さんが行ってきた「勧進」等の「ファンドレイザー」的な役割の意味とかありかたということを改めて考えています。   先日には、尼崎市杭瀬中市場火災における復興/復旧の募金をお願いし、大変たくさんのご協力をいただきました。  〈先般の募金のお願いについてはこちら↓〉 ( http://ryogo1977.blogspot.com/2020/07/74781700.html )  それから間もないタイミングではありますが、先日募金をお渡しした時感じたことは、まだまだ、復興には時間も、労力も、お金も必要ということ。そして、杭瀬ACをはじめ、明るく地域のことを常に考えて、あたたかいつながりを作ってくださっているみなさんのために、もっと応援をさせてもらいたい、ということでした。  〈杭瀬中市場の火事についての報道〉 ・サンテレビ  https://news.yahoo.co.jp/articles/de2dd2cbea439a44683ae16e9246bcb152619878 ・神戸新聞 https://news.yahoo.co.jp/articles/e68529d51d206a6a9fa319051b8d6384ce4c6fd4 〈杭瀬チャンネル youtube〉※こちらはぜひ見てほしいです。   https://www.youtube.com/channel/UCXXpTlUx4G2bqipWooet_Ow  折しも、同時期に起こった豪雨災害で、日本各地に甚大な被害が出ています。そちらへの救援や支援で奔走されている方、募金などを考えられている方もたくさんいらっしゃるだろうと思います...

190613_コミュニティナースから展開する可能性を考える その3

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https://www.facebook.com/events/2298200847088138/ コミュニティナースから展開する可能性を考える その3 2019年6月13日(木)19:00~21:00に、上記の会が開催されました。 主催は、地域の保健師でもあるTさんを中心にしたメンバ-。 参加者は主催を含めて17名 その内1/3ほどの方が看護師さん、保健師さん、医療関係や、その近接の分野を目指されている方でした。 Tさんが進行役となり、会が進められました。 自己紹介をしたあと、用意していた動画を鑑賞し、 3グループほどに別れて、コミュニティナースの活動について感じていること、考えていること、そして展開していく可能性を話し合いました。 話し合う中で、それぞれが感じている課題や、展開していきたいと思っていた活動を共有していくような時間になっていたように思います。 これで、講演会も含めると、コミュニティナース関連のイベントとして4回、西正寺で開催されたことになります。お寺を場として、「コミュニティナース」の活動やそれに関心をもつ方達のつながりを醸成し、新しい展開が拡がっていけばいいなぁと思っています。

190210_カリー寺 カレーパン部活動

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■カレーパン部の活動がはじまっていました。 2016年から毎年7月に開催されている、ご存じカリー寺。 昨年の7月の開催が終わってから、毎月ミーティングをするなど、メンバーの関係や関わりがどんどんと強くなっていっています。  メンバー発案の企画や、活動も活性化しています。   2月10日の日曜日、そんなメンバー発案の取り組み「カレーパン部」の活動が展開されました。カリー寺イベントに関連して、カレーパンを誘致できないか、カレーパンでなんかできないか?。  そんなアイデアを形にするため、メンバーが連絡を取り合って、「神戸」「大阪」「尼崎」のパン屋さんのカレーパンを買い集めて、地域の拠点(シェアハウス・上坂部ハウス)で試食をしようという活動がおこなわれました。  カリー寺住職は、お寺のお参りのお仕事があったため、午後の試食から参加でした。メンバーのみなさんは、逢い引き的な感じで神戸をうろうろしたり、大阪でカレーパンを買いに行く道すがら、ビールやまちあるきも楽しみながらの行程だったようです。 ■カレーパンの試食は楽しい   カレーパンの試食。お店ごとに切り分けて、順番にみんなで試食してみました。食べ比べるというのはとても楽しい作業。 「これは辛さがつよいね」とか「甘さがあるね」とか、「具が大きいね」とか。生地についても「揚げてないね」とか、「おまんじゅうみたいなもっちり生地だね」とか。  食べ比べると、おなじ「カレーパン」でもこんなにもいろいろあるんだなぁということがよく分かって楽しい。  食べながら、お店のカードとパンの写真をとって、コメントを書き取っていきました。 ■イベントが自分のものになっていく  カレーパンを誘致できないかなとか、「じゃあ、カレーパンを食べ比べてみよう」とか、これはなんかの指示とかが働いたり、だれかから言われたわけではなくて、ミーティングやネット上のやりとりでどんどんとアイデアが膨らんで、どんどんと調整や実施が進んで行く感じの中で動いていっていた。そこでは、西正寺でおこった「カリー寺」というイベントが、メンバー自身のものになって、そこで企画を産み出したり、作り上げたりすることが「自分事」として引き受けられて進んでいっていること、イベントとメンバーのつながりがそういう場になっていることについて、とてもうれしい気...

190206_普通を語ろう パート3

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2019年2月6日(水) 「普通を語ろう」(仮)の三回目を開催。 これまでの開催については、以下を参照ください。 「普通を語ろう (仮)2回目」 https://ryogo1977.blogspot.com/2018/09/180912.html 「普通を語ろう」初回 https://ryogo1977.blogspot.com/2018/04/blog-post_81.html 今回は、当日までに「参加する」とリアクションしてくださった方が、主催者2名を含めて5名と少人数になりそうな雰囲気だったので、いつもの本堂ではなく本堂脇の座敷を会場に準備をしていました。 ところが、蓋を開けてみると、総勢10名の参加者に。 これまでとあまりかわらない規模の参加者数になりました。しかしながら、会場は八畳の座敷。ちょっと手狭な感じのある中での開催となりました。 今回のお話の内容は、上の写真のファシグラのような感じです。 (作者は、いつもとおり、共同主催のまるちゃん。今回もお疲れさま、ありがとうございました。)  冒頭、自己紹介で、この会にどうしてきたのかをみなさんに話してもらい、一通り一周。1名の常連さん(過去2回とも参加)の他は、初めてお越しの方7名という構成。 今回は「発達障害」の当事者の立場からの発言があり、その感じていらっしゃる「普通」を聞かせていただくことからハナシが始まるような形になりました。それに対して「同じように思う」と発言されたことがあったが、確認してみると、共感された側は「同じようだ」とは思っていなかったりということもあり、その「差異」も大変興味深く思いました。 (それは、「共感できていなかった」ということではないと思う。「同じように思う」と思われたことはその通りなのだろう。ただ、突き詰めて見たときに、「伝わり切れなさが」が残るということも往々にあることだし、また完全に一致するということもまた珍しいといってよいことなのではないかと思う。トークの場では、「共感」よりも、ある種の当事者性を前提に語られた感覚が、どのように違っているのかで、より具体的に「理解」したいとおもって、差異を浮き彫りにしていくような問いを投げ掛けていた。) 今回の話は、「普通」について、自分と異なる「普通」を抱える人(相手)と...

また変わった話がやってきた~終わりについて考えを及ぼす。

日記のように振り返る。 昨日(2018年12月21日(水))午後に、ジャーマン・スープレックス・エアライン( http://germansuplexairline.com/ )のMさんから連絡。電話に気がつかずに折り返しに連絡すると、Mさんの知人が相談したいことがあるから、今からお寺に行ってよいか?と。  ちょうど、のんびりと過ごしていた時間帯。  ほどなく、Mさんとその知人Kさんのお二人がいらっしゃる。  まあ、Mさんがもってくるということで、普通の相談ではないなと思ってはいた。( 笑)。それで、Kさんの相談の内容は以下のようなことだった。  ・Kさんは、北海道の曹洞宗の僧侶であり、現代アートのアーチスト。  ・来年1月に開催される「岡本太郎 現代芸術賞」TARO賞に入選して、それに出展する。( http://www.taro-okamoto.or.jp/info/taroaward.html )  ・出展するのは、「平成の葬儀」。「平成」のお葬式をするそうだ。   終わりを迎える「平成」の終わりを、「葬儀」という形で表現するという。     その展示でながす動画を撮りたい。  ついては、西正寺で「平成の葬儀をしないか?」というご相談。  聞いた第一印象は、僕には、「平成」の終わりにお葬式をする、ということがいまひとつ正直しっくりこない。平成がおわるから「葬儀」で、果たしていいのだろうか?  たしかに人の人生の終わり、そして終わった命と向き合いを、われわれは葬儀という儀式で行ってきた。でも、時間や、体制、さまざまな終わりもいろいろな「儀式」的な関わりや締めくくりをしてきている。  たとえば、一年の終わりに「除夜の鐘」をつくこと。  あるいは、政治の体制の終わりに「壁をこわす」「権力者の像を引き倒し壊す」ことも。  「お風呂に入る」ことや、「台所のシンクを徹底的に磨く」ことで、一日の終わりとする人もいるかもしれない。あるいは、寝所で本を読んでサイドスタンドの電気をパチンとけす、ということ、あるいは寝る前の一杯のウイスキーということもあるかもしれない。  それなりに、「時」についての区切りをいろんな形でしているという中で、果たして時代や時間の区切りを「葬儀」という形で行うことが適当だろうか?  もしかすると、ある一...

いい会議だった。(ミーツ・ザ・福祉 

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2018年11月10日土曜日、尼崎で開催される「ミーツ・ザ・福祉」というイベント。 もともとは、「市民福祉のつどい」という名前で開催されていたイベント。昨年から実行委員会として関わり、運営に関わらせてもらっている。 週末の開催を控え、ずっとつづけてきた準備も大詰め。昨夜(11/5)も中心的なメンバーが集まっての会議があった。準備物の確認や、準備の行動の確認等あれこれ相談をおこなった。いつも真剣に、しかし楽しい会議になるのだが、昨夜のそれはまたきわだって面白い時間がすごせたように思う。  それは会議の最後の議題、「アンケート」について。予定の時間がきてしまったので、一端クローズして、可能なメンバーだけ残って、延長戦的にそれについて話し合いをした。結局、アンケートの質問項目を考えるというだけで、1時間以上話し合いに費やした。しかし、後に残った感覚は「疲弊」より、楽しさと気づきを得られた充実感だった。  準備してきたこのイベントが参加者になにをもたらしたのか。僕たちがしたことはなんだったのか、アンケートの項目を考えながら、イベントや運営の姿勢があらためて問われる様な時間だった。同時に、その場にいるメンバーの価値観や、イベント、メンバー、参加者に向き合う姿勢も表現され、共有されていっていった時間だったようにも思う。  会議といえば、準備して疲弊して、というような「労働」とか「負担」という内容のものを多く経験してきたが、思えば最近はそうではない会議を経験することが多くできるようになってきた。  綱引きや駆け引きではなく、協働と共感。政治的ではなく、対話を重ねていくような。終わった後は疲労感ではなく、学びや気づき、あるいはその場を経験することで何かを確かに得られたような。payではなくgainのような時間。    会議を構成する要因はいろいろあるけれど、このイベントの会議に関しては、なによりその場のあり方と、そこ時間をともに過ごすメンバーによるものが大きいのだろうとおもっていて、そういう関係性のなかで実行委員会ができていることに恵まれてるなぁと感じた夜でもあった。 繰り返しになりますが、ミーツ・ザ・福祉は11/10です。 みなさんのお越しをお待ちしています!!

18/10/06 尼ぱ。

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 10月6日 その2  レインボーフェスタに立ち寄ったあと、尼崎で行われている「尼ぱ」関連のイベントがあるポイントを数カ所めぐる。  ホームセンターで塗料を入れる缶(3リットル)を調達し、まずは、武庫之荘のハワイアンカフェ・パイナワーフへ。 「尼ぱ」メンバーで調合した青色、「尼ぱブルー」を入手。  パイナワーフでは、ある芸術家の作品の展示とレゲエの演奏が行われていた。  パイナワーフを後にして、次は「尼崎傾奇者集落」へ。  集落の人たちとゆるりとおしゃべりをして過ごす。  この「尼ぱ」は、半年ほど前から、なかなか個性的なメンバーが、たくらみをすすめて準備をしてきたイベント。  しかし、なかなか「説明」することも、ましてや「理解」してもらうことも難しい枠組みと、仕掛けで今回は実施されている。  どこかで、なにかが起こるのではなく、  尼崎のあちこちで、「文化」や「合い言葉」をつくることを目的としているような感じで取り組みがすすんでいるともいえるだろうか。  その一つが、この「尼ぱブルー」。  尼崎の誕生日(市制記念日)を市民として勝手に祝おう、その象徴として、自分たちの「色」を作ろう。そんな気概が込められた「青」。  知っている人しか知らないし、知らない人には、もしかすると理解や、共感すら得られないのかもしれない。しかし、その「理解しがたいこと」「共感しがたいこと」を十分に理解した上で、あえてそのハードルを越えていくことを目標としているような気概がこのたくらみにはあるような気もしている。  とりあえず、いまこの段階(10/7の夜)で、 6日・7日と両日各所で行われた「尼ぱ」は、一段落したのだろうけれど、なかなかおもしろい企みの一歩目が行われたのではないかと思っている。  もちろんいろいろと課題やあれこれはあるけれど。

 ピッコロシアター開館40周年記念 ピッコロ劇団61回公演「布団と達磨」

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先日、「8時ダヨ!神さま仏さま」に出演させていただいたときに、ゲストでお越しいただいた、岩松了さんが代表のピッコロ劇団。  そのピッコロ劇団の公演を観劇してきました。  ピッコロシアター開館40周年記念、ピッコロ劇団61回公演は、岩松了さん作・演出の「布団と達磨」。  いや、おもしろかったです。  まわりにいた年配の方が、幕が閉まったとたん、「え?終わり? むずかしいわぁ」という声もありましたが、ある意味、確かに理解するには大変むずかしい劇だったのかも知れません。  しかし、繰り広げられているのは、あくまでも日常。  ある家の、ある一日の、夫婦の寝室で、起こった出来事。  そして、間違いなく、面白い話だったのです。  しかし、その面白さを「なぜ僕が面白いと思っているのか」ということについては、今ひとつ説明ができません。 その意味で、難しいといえば、そうだったのです。自分がなにをうけとめていたのか、まだ消化できない、むずかしさであり、面白さなのです。  見ている途中から、もう一回見ないといけないのではないかというような思いがしていました。  一番の衝撃は、何気ない布団にあんなものが仕掛けられていたとは! ということでした。(笑)  朝から動き回って、少し体をつかっていたのですが、退屈することも、飽きることもなく、あっというまに2時間過ぎていたように思います。 いや、見て良かったです。  終演後、ご配慮いただいて、おなじタイミングで来ていたマサミさんと、楽屋にお招き頂きました。岩松さんに御礼をお伝えできたのと、噂で聞いていた方々ともご挨拶する機会があり、大変ありがたいひとときでした。

東京ぐるっと

割といいペースで更新していたのに、5月中旬で止まってしまった。 あれこれとしている内に、ルーティンから外れてしまった。 なんとかまた、定期的に更新していきたい。 昨夜(6/10)から東京にいた。 主目的は、今日(6/11)開催される、NPO法人アーユス仏教国際協力ネットワークの総会に参加すること。それにあわせて、連絡をとって、お会いしたいところ、それから朝にふっと思いついたところを訪問させていただいた。 ■訪問その1 駒込の勝林寺さま 午前中にお伺いしたのが、 臨済宗の勝林寺さま( https://www.mannen-syourinji.com/ ) 豊島区・駒込の地域の活動や、グリーフケアの活動大変活発に、積極的にされているとうかがっていた。東京と尼崎、地域は離れているけれど、ふとしたことで、ご縁ができて、一度お伺いしたいとおもっていたところ、今回は念願かなって、訪問させていただくことができた。 お互いのお寺の活動等、いろいろと楽しくお話しさせていただく時間だった。 また、ホームページを見ていただけたら伝わるかとおもうけれど、大変素敵なお寺で、本堂・建物のあちこちも拝見させていただき、いろいろと勉強になった。 なにより、大変あたたかいお持てなしをいただきました。 ありがとうございました。 ■訪問その2 両国喫茶ランドリー 勝林寺さまをあとにして、たちよったのが、喫茶ランドリー。 先日、友人に勧められて読んだ『マイパブリックとグランドレベル』の著者 田中元子さんが、運営されているという カフェ×コインランドリー のお店。  コインランドリーという、家では洗えないようなものが洗える洗濯機、  あるいはミシンや、アイロンという、最近の個人が必ずしも常備していないものを共有して使う場、そしてそこから始まるコミュニケーションや交流もデザインされている。実際にその場にいって、その空気にふれることで気づくこと、感じることというのはあるものだ。 ■訪問その3 目的地:アーユス総会 長専院    最後に訪れたのが、清澄白河からほど近い、長専院というお寺。  ここで、関わっているアーユス仏教国際協力ネットワークという団体の総会に参加。   いろいろあって、力不足・分不相応ながら、今回の総会で理事というお役をい...

「おてらかいぎ Temple meeting」やりました

 昨日(2018年5月15日)「おてらかいぎ」と名づけた会を行いました。  継続的に、学びの場、遊びの場、つながりの場として、お寺で会をしたいとこんな会を開きました。そもそもは、「失語症」や、「障害」あるいは「ガンの経験」を語らう場とがお寺でできないか?という相談を頂いていたことも一つのきっかけでもありました。  当日は、主催も含めて7名の人が集まりました。  参加者による自己紹介とそれにあわせて、関心や抱えている課題を出し合い、話し合いました。  失語症の支援、高齢者施設の課題、中高生・若者支援の活動、地域包括ケアの実情と課題、ガンの経験とそこから生み出される価値やグッズ、といったことが語り合われました。  自分たちの業界ではあたりまえのことが、すこし離れるとまった知られていない新しい知識や情報として共有される場であったように思います。    つながりや、気づきを共有すること、それだけで変わっていくこともあると思います。    今後は、これを形にしていきたいとおもっています。

松本創『軌道― 福知山線脱線事故 JR西日本を変えた闘い』

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  松本創『軌道― 福知山線脱線事故 JR西日本を変えた闘い』。  この本を手にした理由は二つ。一つは、人のつながり。この本の主役・浅野弥三一氏が、尼崎のまちづくり関係の事務所の創設者であり、かつその事務所と今現在、地域の関わりで大変親しくしていただいていること。かつ、その事務所の社長でもある若狭氏から紹介、おすすめをいただいたということ。  そして、もう一つはこの本自体のテーマ。尼崎のJR福知山線脱線事故を扱っているといこと。脱線事故については、昨年にそれをテーマに「テラハ。」を実施して以来、頭の中にありつづけている。地域に住む者として、また地域の寺院の僧侶として、どのように向き合い、関わっていくのかということが、一つの課題・テーマとなっている。    本書は、浅野弥三一氏という一人の人物を通して、事故とその後のJR西日本との対峙・対話の経緯を主として綴られている。合わせて、JR西日本の関係者のインタビューから事故とその後の対応についてせまるものだ。350ページを超える分量があるが、飽きや苦労を覚えずに、一気に2日で読み切ることができた。それは、単に読みやすいということだけではなく、本書の登場人物と文章の持つ熱量、本書にこめられている「願い」のようなものが、そうさせてくれたのではないかとも思う。  まず、感じずにいられなかったことは、事故のもたらした影響の大きさ、「負傷者」「遺族」の抱えた傷や、人生にもたらしたものの大きさ。その不条理。地域に住む者として、その立場から言葉を紡ぐ場をもちたいと 「テラハ。」 で企画した。しかし、地域に住む者と事故によって大きく人生を変えられた方たちとはその影響が比べものにならない。異なりすぎているとあらためて感じざるをえない。果たして、われわれが、事故について考え、言葉を発することなど、許されるのだろうか、果たして「地域に住む者」として、あの場を開き、語ったことは軽々なことではなかったのだろうかと思いを巡らさざるを得なかった。  本書は、事故後、遺族である浅野氏が4・25ネットワークの活動を通じて、JR西日本に対して、事故の本当の原因究明や、今後の対策、組織の変革をもとめつづけて、それを方向付けた経緯が軸になっている。浅野氏のことばでいえば、「事故を社会化する」闘いの内実がドキュメントされたもの。 ...

商店街にご挨拶まわり

4月26日(木)  午前は、夕刻にある会議の資料づくりや、会計の計算。外部との連絡。  午後からは、尼崎市市役所の職員さんTさんと、カリー寺スタッフの看護師Sさんとの3人で、上坂部商店街および上坂部内の各所をめぐりっていました。  僕のほうは、カリー寺の地域連携を、Tさんは、尼崎市の取り組み「みんなの尼崎大学」と「みんなのサマーセミナー」の説明と協力要請を、それぞれがつながっている商店や街の人を紹介しながら、お話をしてまわる、ということをしました。  まわったところは、  ・地域の顔でもあるお菓子屋さん  ・お花屋さん  ・不動産屋さん  ・豆腐屋さん  ・神社の宮司さん  ・上坂部集会所(見学・視察を兼ねて)  ・コープさん  ・たこ焼きやさん   → おなじ建物の飲食店さんも紹介してもらいました。  ・お茶屋さん  ・和菓子屋さん  ・バー 挙げてみると、いろんな人に挨拶してまわっていました。 挨拶にいって、初めて取り組みについて知って下さったところ、 関心を示して下さるところ、 意図を汲んでくれて、積極的に協力のかたちを提案してくださるところ どこも、お話を否定せずに聞いて下さって、大変ありがたくおもいました。 地域をめぐることで、いろんな可能性があることを改めて感じました。 声を掛けてお話をしてみると、 ただお見かけしているだけではまったく知ることのなかった お店や人の魅力が立ちあがってきて、 これからのお付き合いが始まるような予感がたくさんありました。 昨日は木曜日でもあり、閉店しているお店がたくさんあったので、 今日も午後からすこし継続して、まわる予定です。

第十三回西正寺寄席 開催のご報告と御礼と。

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2018年4月15日(日)14:30~16:30 第13回西正寺寄席を開催しました。 出演・演目は以下の通り。 ・露の棗 大安売り ・露の団姫 天狗裁き     中入り ・桂米平 たけのこ      胴切り ・出演者3人によるトークコーナー (三味線 はやしや 美紀) おかげさまで、7年目・13回目を迎えました。 今回の入場者は83名(内・一名お子さま、スタッフを入れると、約90名) のみなさんと落語を楽しませて頂きました。 企画・開催にあたっては、会場での募金箱で寄付を募っていまして、 そちらには、10315円のご協力を頂きました。 来場およびご協力に御礼申しあげます。ありがとうございました。 西正寺寄席は、西正寺実行委員会の主催、 西正寺と露の団姫事務所の共催という形で実施しています。 開催にあたっては、西正寺の門徒さん数名に、会場の設営、受付の担当をいただき、本当に助けて頂いています。もう手慣れたもので、高座の設置や、受付の準備物など、てきぱきと進めていただき、とても支えていただいて実施できているような状況です。 準備が整っていなかった僕が、あわあわとアレがまだ、コレが出てないと慌てていました。  近隣の商店や関係のみなさまには、チラシ広報にもご協力いただきながら実施しています。今回も無事に開催することができたことについて、関係のみなさまには、大変感謝しております。ありがとうございました。 西正寺寄席について、当初は、お寺に気軽に足を運んで頂くきっかけとして、 また私自身が落語に興味を持っていたことから企画しました。 実施し、回数を重ねるなかで、いろいろな気づきや、支えをいただいてきました。また、当初は見えていなかった気づきもありました。 西正寺寄席を通じて、地域とのつながりや、さまざまな企画とつながることができたようなこともありました。動いてみると、見えてくる風景、つながっていける人やことがあるのだなぁと思いました。僕にとっては、はなまつりや、寄席を実施したことが、今の西正寺や地域へのつながりの1歩目、2歩目だったように思います。  また、寄席を企画・実施するようになってから、思い至ったこともあります。  この尼崎の地で、落...

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