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経済的合理性の説得力にもっとあらがう何かがないといけないのではないか。

ここ数か月くらい、つとにおもうことは、 自分の行動や意思決定に「経済的合理性」というものが、いやというほどにしみこんでいるということ。 そしてそれは社会の中にも。 それがあることが悪いことである、とまではいわないが、 本来それを適用するべきではないところ、 ひいては、行動や意思決定のすべてが、その経済的合理性に毒されてしまっているという部分があるのではないかと思わされることがしばしばある。 さらに、それは個人のレベルだけではなく、集団の意思決定もそうで、その説得力の強力さ、抵抗のしがたさは個人のそれの比ではないものになってしまう。 このようなことをより強く考えたのは、春先に聞いた、ある神父さまの講演で、「精霊の声をきく」「精霊が教会になにをいっているのかもっと聞きたい」という言葉にふれたことが契機になっているとおもう。 それは、裏返しに私たち(私)が、耳を傾けようとしているものが、いかに「お金の話」でしかないかと反省させるものだった。 この行為にどれだけのリターンがあるか。 どれだけの経済的合理性(コスパ)があるか。 そんなことばかりで、日常を過ごしていないだろうか。 むしろ、お金をかけてまでするべきこと。 経済的合理性に反する「損」をしてまで、したいことはなにか、するべきことはなにか。そういうものにもっと目を向けること、そういうものをもっと手に入れることが生きる意味や、生きる上での豊かさを手にするということではないかと考えている。

(1月5日)2026年初法座 「心のよりどころ」ということ

1月5日は、毎年「初法座」としてお勤めをしています。 今年も15名ほどのみなさんがお参りください、初法座をお勤めしました。 この年末年始と初法座で、お話しさせていただいたことの一つは、 「手を合わせる場を持つということ」について、とでもいうようなことでした。  昨年は、いくつかのいわゆる「仏壇じまい」「墓じまい」のお勤めをさせていただくことがありました。これまで「手を合わせ」、「お参り」をされてきた場がしまわれていく、閉じられていく流れがあります。さまざまな状況の中で、それは致し方ないことではあります。しかし、そういう場が閉じられていく、しまわれていく局面に立ち会って、あらためて、お参りをする場が、「心のよりどころ」であったということを感じずにはいられないことがたびたびありました。  思えば、お仏壇やお墓に、どんなときに身を置き、手を合わせられるでしょうか。  もちろん、年中の決まった季節や、日常でお参りを大切にされているということもあるでしょう。しかし、それとともに、改めてそういった仏さまの前、お参りの場に身を置こうと思われるときのなかには、心が動揺しているとき、自分一人では受け止めきれないことが起こったとき、ということもあるように思うのです。  自分一人では受け止めきれないことがおこったとき、身を置く場、こころのよりどころが、お仏壇の前であり、ご本尊・仏さまの前であるとするならば、それらを手放していくようなあり方は、言い方を変えると、「人生で起こる出来事を自分一人の裁量で処理していく、受け止めていく」ような心持ちが求められるというようなことではないかと思うのです。  そして、それは、多くの人にとって(もちろん私にとっても)とても困難なことを求められるようなことでもあります。  しばしば「仏壇じまい」について、子どもやあとの人に「面倒をかけたくない」といわれることがありますが、お仏壇に手を合わせることは、面倒なこと、手間がかかることのように見えるかもしれませんが、実は、お仏壇をお世話している・負担を負っているのとは違う面があるのではないかと思うのです。お仏壇という手を合わせる場をもっている、家庭のなかにあるということは、受け入れがたいことがあったとき、心穏やかで亡くなった時に身を置く場があるということであり、それは、我々の方が「支えられる場」を持っているということ...

8月23日(火) 「法座を開く」というカリキュラムについて

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2日ほど記録がつけらずにすぎてしまった。(現在8月25日)  8月23日火曜日、晴れ。  午前は月参り、午後は京都へ伝道院(布教使課程)へ出講。夕刻、尼崎戻り、通夜のおつとめというスケジュール。  月参り3件。すこし余裕もあったので、自転車で移動。 バイクや車だと、ただ「移動」で終わってしまうところが、自転車くらいのスピードだと、ゆったり風景を眺めたり、すこし頭のなかで考えを巡らしたりしながら移動できるような気がする。精神的に少し落ち着けることもある。(自転車にのりながら、それができないときももちろんあるが)  午後、車で京都へ移動。伝道院(布教使課程)の講座で、山口の荻先生、北九州の松崎先生と、オープンな法座(夜座と命名)の企画を担当。研修生のみなさんと、広報や、法座の内容などを詰めていく企画会議。  25日木曜日を第一回に予定し、準備をすすめてきていた。この講義中に話をまとめ、広報を始めた矢先に、諸事情から「25日はクローズドで」開催することになってしまった。 非常に残念。   来週以降は、公開できるようにしたいとおもっているので、関心をもってもらえたら足を運んでいただけたらうれしい。 ◎「法座」ってなにか。  おつとめ(読経)をし、ご法話(お説教)をお聴聞する機会を「法座」と呼んでいます。  浄土真宗の場合は、教えにであう機会、教えを聞き、味わう機会を「法座」と呼んでいます。 布教使課程という、布教使を養成する課程で、「法座を開設する」、つまりお説教をする場を自ら開くというカリキュラムが設定されています。  これは、私個人は大変意味深いものだと思っています。これまで、浄土真宗本願寺派の「伝道」といえば、主に「法話・お説教をすること」つまり、「話し、伝えること」を習得することに多くの時間を費やしていました。(このほか、教えや聖典を学ぶことはもちろんですが、それはいずれもインプットに当たります。つまり、アウトプットのほとんどは、「話すこと」に全振りだったといってもよいかと)  実際に布教使となれば、全国の別院やお寺、そして本山で布教する機会を得ていくことになります。しかし、いま起こりつつあることは、既存の法座がどんどんと規模が縮小していること、あるいはそもそも成り立たなくなっていることです。従来型の法座・法要は、寺院のコミュニティの変化、門信徒との関係性のうつろい...

西正寺の永代経法要を中止しないのは(規模縮小でやります)

 コロナウィルスで大変な状況ですが、自坊西正寺の永代経法要(3月25日・26日)は、コロナウィルス対応・対策を取りつつ、規模を縮小しながらお勤めさせていただく予定です。  法要の案内・詳細については、以下のリンクの記事に投稿しておりますので、ご覧ください。    http://saishoji.net/archives/317  この投稿では、なぜ現在において(中止ではなく)上記の対応に至ったのかという思いをすこし書きたいと思いました。 【とるべき対応の候補と選択について】 実際に2月末からの急展開で状況が追い付かなかったところが多々あります。全国の小中学校の休校や、諸行事の自粛の様子が報道を通してうかがわれ、どのように対応すべきか正直迷いが生じていました。また、全国のお寺にとっては、3月にはお彼岸を迎える時期ですが、お彼岸の法要や、永代経といった法要の動向も「中止する」という判断をされたことを多数うかがっていました。この判断は、苦渋の決断・断腸の思いであろうとお察ししますし、感染対策として最善の判断をされたということだと思います。  自坊の状況を考えたとき、お寺にお参りに来られる方は、いわゆる高齢者が大変多くいらっしゃいます。今回の新型コロナウィルス、肺炎の高リスク層です。この状況でなんらかの対応をとらないという選択はまずありえませんでした。  では、どうするか。可能性として考えられる候補をリストアップすると、以下の案があると考えました。(選択しないものも含めてリストアップしています) 1、平常通りに実施する。 2、感染対策(消毒・マスク等)を行いつつ実施する。 3、規模を縮小し、感染対策を行いつつて実施する。 4、参拝者なしで、お勤めのみを実施する。 5、中止する。一切何もしない。 もしかすると、この他にもあるかもしれませんが、 素人判断で、思いついたのはこのレベルでした。 上記のように、現状において1はもう無理だと思われました。学校や3月中の行事が自粛・中止をしているなかで、なにも対応を取らずに実施するというのはあり得ません。2の対応をとったとしても、本堂という空間に数十人の人がいるのは、感染対策として今回の場合は十分な対応ではないと思われました。また「都合をつけてご参拝ください」と呼びかけられるレベルでもありません...

200111_大学生と仏教について学ぶイベントの打合せ

1月10日(土)。 昨年から開催している「よいかなよいかな」の3回目に向けての打合せ。 学生さんが卒論の提出だったため、近くなってから相談しましょうね、ということでこの日でした。  結果からいいますと、次回の「よいかなよいかな」は1月23日(木)の19:00から予定していますので、どうぞよろしくおねがいいたします。 よいかなよいかな(3回目)フェイスブックイベントページ https://www.facebook.com/events/2562339763880487/ どうして「愛」になったかというと、  1回目、2回目と「仏」「経」と、ベーシックな形でやってきたので、すこしフランクに参加者のみなさんと語り合えるテーマがいいですよね、という思いがしてきたこと。  現代的な悩みや感情と、仏教との接点やギャップみたいなことも考えてみたいね、といことで「愛」になりました。  当日はどうなるかまだわかりません。仏教が「愛」ということについて、決してポジティブなものとしてとらえているわけではないこともお話できたらな、とおもっています。  うちあわせにあたって、いいだしっぺでもある大学生のうつみさんに、ブレスト的に「質問・問い」を考えてきてもらいました。その問いに対して、瞬発力だけで、即興的にインスピレーションでレスポンスしてみたものがありまして、それをおまけに下につけてみます。  よく仏教では、「これっていいんですか?」とか、「これはどう考えるんですか?」という問いが向けられるのですが、そういうものに対してほとんどの場合、白黒はっきりとした答え方ができるわけではありません。むしろ、本来的な形はこうだけれども、現実は・・・というように、もともとの形や、教義から変質したり、逸脱したりしている現実という状況もままあるわけです。  それを、どう受け止めるのか。むしろ、白黒はっきりしない、「齟齬」や「矛盾」との向き合いのなかに仏教の本質もあるようにおもわれるのですが、どうでしょうか。    ◎生活シリーズ ‐寝坊することは怠けていると考えられがちですが、仏教ではどう考えるのですか   ・戒律の生活はきっちりと決まっています。   午前中に起きて、托鉢にいって、午前中に食事をすまさないといけません。   午後からの食事は、戒律違反。...

190520_西正寺 親鸞聖人降誕会法要

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2019年5月20日(月) 自坊西正寺で、宗祖・親鸞聖人の降誕会法要をお勤めしました。 親鸞聖人は、承安3年(1173年)5月21日(旧暦 4月1日)に誕生されたとされ、浄土真宗本願寺派では、5月21日を親鸞聖人降誕会としてお祝いの行事を開催しています。  西正寺では、今年は5月20日に、門信徒のみなさんとお経と法話を中心としたお祝いの法要をお勤めしました。    勤行は正信念仏偈、御法話は、京都市から大塚茜先生にお越しいただき「苦しみが和らぐとき」というお題でお話をいただきました。  大塚先生が取り組まれている東日本大震災の被災地(被災者)支援の取り組みから、被災された人の悲歎、苦しみの現場、そして支援している支援者側が抱える苦しみやつらさをご紹介いただきながらのお話を頂きました。  印象的であったのは、現実的な状況が変わることよりも、家族や、周りの人がその人の抱えている思い、あるいは人知れずがんばっていることを、受け止め、受けいれ、理解することで、苦しみが和らぎ、心が救われ、行動や関係が変わっていくことがある、ということをご紹介いただいたことでした。  親鸞聖人の生涯を大学等で講義するのですが、親鸞聖人という方も決して「思い通り」の人生を歩んだ方ではないのだなぁと思っていて、そのような側面を紹介しています。  9歳から20年間修行に明け暮れた日々は、達成されて悟りにいたったのではなく、むしろ逆に、挫折の経験として比叡山を下りることになります。この人こそと慕った師匠の法然上人とは、国からの弾圧によって還俗・流罪されることによって別離を余儀なくされます。42歳から関東で伝えた教えをつたえたけれども、誤った理解や風説によって混乱が生じ、更に門弟を混乱させる結果を招いた息子・善鸞さんとは晩年に親子の縁を切るというできごともあります。  90歳という長寿を得たということはうらやましく思われることかもしれませんが、平穏や、幸せということがらはあまり語られない、波瀾万丈な生涯ということのほうがふさわしい人かも知れません。  そういう意味では、親鸞聖人は人生を念仏によって、仏教によって「思い通りに」「平穏に」生きたのではなく、むしろ、思い通りに生きられない、苦しみや悲歎の多い人生を、つねにざわつく心を抱えた自分自身のあり方を引き受けながら、念仏とと...

『茉莉花』113号、2018秋号(法話・わろてら)

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『茉莉花』113号、2018秋号 に「法話」ということで、原稿を書かせて頂きました。 NHK文化センターの受講生の方に聞かせていただいたお話から、 私としては大変感銘をうけたことを取り上げさせて頂きました。 あと、まったくの奇遇なのですが、 同号には「わろてら」さんの記事も特集されていました。 こちらも、「テラハ。」でのつながりをきっかけにはじまったということで、 大変うれしくおもっています。

阪神東組・連研にて「幸せ」をテーマに考える

 2018年4月21日(土)午後は、阪神東組(地域の浄土真宗寺院のグループ)で開催されている連続研修会(連研)の講師を担当した。  あらかじめ決められたテーマがある研修会。今回は、「自分だけで幸せでいいのでしょうか?」という問いが設定されていた。けれど、講師に応じた変更は認られるということであったので、そもそも的な点を問い直したいと思い、「そもそも幸せとはなんだろうか」というようなことを問い、参加者のみなさんの話し合いを見守った。 (講師が10分問題提起をした後、60分参加者による話し合い、その後講師によるまとめという構成)  話し合いの冒頭、5分程時間をとり、ブレスト感覚で、「幸せ」を感じる時を書いてもらった。出てきた幸せの一部(かつ若干一般化して)を挙げると。  ・友人と会うこと。孫や親族と会うこと。  ・おいしいものを食べること  ・趣味の時間  ・新しいことを知ったとき、何かを達成したとき、  いろいろな「幸せ」が出てきた。多くの人に共感されるものもあれば、そんなところに幸せを感じるのかと意外だったものもあったりもする。  先日、この講座の内容をいきつけのカフェでしていた。そのマスターに「○○さんの幸せって何ですか?」って聞いたら、「猫と戯れるときっすね」という返事。その後、いくつか幸せと願望を聞かせてもらった。それをきいていながら、人それぞれの幸せがあっていいのだなぁと思った。  もしかすると、人それぞれの幸せがあって、一般化するのではなく「多様な幸せのかたち」に触れることでなにか気づきがあるのではないかと思った。実際に、話し合いの場における「幸せ」についての語りは、興味深かかった。  それから場は、幸せと不幸せの境目、またそれがそれぞれ何によってもたらされているのかという話になった。参加者による議論は、「自分のこころもち」「自分がどのように振る舞うのか」という人間の営みや理性によってそれを求めようというような議論になっていった。    しかし、流れを聞きながら、自分にとっては、そこでこそ仏教的な視点が投影される部分ではないかと思われた。  幸せはなにによってもたらされるのか、不幸せはなにによってもたらされるのか。そのような根っこになるのが、僕にとっては宗教的な部分ではないかと思われた。  想像を絶するような災...

サマセミの授業を通して 念珠と手を合わせること

 今日のサマセミでは、「うでわ念珠を作ろう」という授業をさせていただきました。ゴムヒモでプラスチックの玉を通して、ブレスレットのような「念珠」(数珠)を作る授業をしました。赤ちゃん~小学校の子どもさん、そして大人の人も、20名ほどの人が参加して下さいました。    授業の中では(去年もそうだったのですが)「うでわ念珠」を作るだけで精一杯でした。受講してくださった方たちとも約束したので、こちらですこしお話を補足したいと思います。(大人向けの内容になりましたが)  「お念珠」ってなんですか?といわれたら、それは「手を合わせるための道具(仏具)」です、ということに尽きるのではないかと思います。  世間では、念珠(数珠)の石に、幸せや願いが叶うことを喧伝したり、特別な力があるということを宣伝されているのを見ます。しかし、そういうセールスは、お商売的な印象があって、まっとうな僧侶がそういうことをハナシの中心にすることはむしろ少ないのではないかと思います。(少なくとも、私は一度もそんな話はしたこともありませんし、否定的に考えています)  人生は「幸せ」ばかりではなく、さまざまなことが起こります。仏教は、つらいこと、受け入れがたいことが起こりうる人生ですよ、ということを説きます。  つらい、受け入れがたい中では、人を恨んだり、否定的な思いをもつこともあるのではないかと思います。そうそう「手を合わせること」など、できない、したくない思いを抱えることもあるかもしれません。  ただ単に両方の手の平・「掌」を合わせること。それは、とても簡単なことのようで、とても難しいことでもあるのではないかと思います。行為としては簡単かもしれませんが、「手を合わせる」心をもつこと、それを忘れないことはとても難しいことのように思います。  家族や身近な人に対して、憎まれ口を叩いたり、  人の親切がついつい「余計なこと」「お節介なこと」と思ってしまうこともある自分(私自身)だからこそ、それは「むずかしいことだなぁ」と感じています。  そんな中で、「手を合わせる道具(仏具)」である「念珠」は、「私が手を合わせるときに使うもの」であると同時に、「手を合わせない私に、手を合わさせるもの」でもあります。  「念珠があるから手を合わせる」ということもありえるのだと思います。  ...

ハワイにおけるchaplaincy

【ハワイにおけるchaplaincy】    先日来、大学のハワイ研修に同行しています。  いくつものまなびがありますが、日本で耳にしていたことも、現地の実際にそれに従事している方からうかがうと、やはり全く違う印象や、実感をもつ、ということもあります。  ある意味、ハワイでの「僧侶」の活動は、(一般的に)日本よりずっと社会的で、期待や責任が大きいと思われる面があります。それが、日常的に、僧侶(を含めた宗教者)が、日常的に、病院や高齢者施設などの社会施設を訪れる、ということです。  今回、講義をして下さった開教使(浄土真宗では、ハワイで伝道活動をする僧侶を「開教使」と名称しています。)の先生によれば、  ・病院は、週に1回  ・高齢者施設等は、月に1回  程度で、訪問されているとのことでした。  例えば、病院であれば、宗教者が病院を訪問すると、入院患者のリストを見せてもらいます。  そこには、患者さんたちの「信仰」に関する記載があり、そのリストをもとに、信仰を同じくする入院患者さんのところ(僧侶であれば、仏教徒の患者さん)のところに訪問し、お話をうかがったり、求められれば、仏教についての教えの語りや、儀礼などを行う事があります。  訪れる患者さんは、その僧侶が日常から関係のあった「信者」(メンバー)であるとはかぎりません。病院訪問によって「はじめまして」と、初対面から関係を構築するような方にも、挨拶に訪れ、お話を伺うこともするそうです。  そこでは、宗教的な問いや、その方の スピリチュアルな求めに応じたケア (← リンク参照・メディア特に芸能関係で一時話題になった、「スピリチュアル」とは違います)などが提供されます。     この分野については、日本でも、臨床宗教師や、臨床仏教師等といった研修が実施され、実際に病院等の医療施設、高齢者施設等の社会福祉施設で活躍する宗教者もいるけれども、まだまだ一般の認知は低いところでもあります。  このハワイでのように、「宗教者がすべきこと」として、社会に対する義務として認知されること、あるいは、患者リストを閲覧して関与するような社会的システムになっているというのは、宗教者として考えるべきところが多くあるように思います。  日本では、そのようになる道筋すらも見えていないようにおもうけれど、...

ぼろ家ではなくて、トトロの家になるという…

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■娘とトトロを見ています 最近、娘とDVDで「となりのトトロ」を見ています。 2歳8ヶ月を過ぎた娘は、「トトロを見たい」と、要望をしっかりと出してくるようになって、成長にも目を細めたり。 映画を見ながら、あるいは見終わったあと、 「トトロこうしてたねぇ」とか、「こうだったねぇ」と、映画のなかのワンシーンをまねしたり、感想をしゃべったり。幼児ながらにすっかりと、映画の世界を楽しんでいるご様子。 ■トトロを見て思ったこと そんなこんなで、ふと思ったこと。 映画の中で、主人公のさつきちゃんと、めいちゃんは、田舎のぼろーいお家に引っ越してくるわけです。本人たちいわく、 「おばけ屋敷みたーい」。 「わー!ボロ!」 「腐ってる!」 さんざんなわけです。 ところが、本人たちは、そんなボロさをとっても楽しんで、否定的にではなく、むしろ肯定的に賛美している風すらある。 そして、 どうも引っ越しするまでは、「まっくろくろすけ」が住み着いていて、家を片付けていると、それを目撃できたり、 お隣さんには、「トトロ」がいて、遭遇することさえできてしまう。 見ているものには、「ボロ家」がとても素敵な、「行ってみたい」、「経験してみたい」という場所になってしまう。 これを見たものには、一つの世界が与えられる。 ぼろいおうちは、トトロの家。 五右衛門風呂や、カマドのある古い台所は、「時代遅れ」ではなく、 「さつきちゃん、メイちゃんの家と一緒」。 うっそうと茂った森は、「不気味なもの」ではなく、「トトロの住む森」。 何気ないもの、あるいは否定的にとらえうるものを、 肯定的な物語を介在させることで、それらも肯定的に「物語れ」るようになる。 もっといえば、否定的に見ることさえも、 それを「否定的にとらえた物語」の中に生きているといえるかもしれない。 「物語」がないと、それは、ただの「それ」で、 見ることも、語ることもないのかもしれない。 あこがれの世界や物語をもつということは、 現実に目の前にある「ものがら」に意味や価値を与えるものであると、 そんな風なことを思ったり、実感できるのだなぁと考えたり。 【追記】トトロのレビュ...

あるべきものがない、ということ

ある物(人)が、ある(いる)、ない(いない)。 という二つのパターンで思考しがちだけれど、 そんなに単純ではないのかも知れない。 「失うこと」「なくなること」で、感じる感情は、 それが「ない」というよりも、 「あるべきもの(いるべき人)」、「あったもの(いた人)」がない(いない) ということの方が近い。 「ない」「なくなる」と、「あるべきものがない」「あったものがなくなる」 このちがいが、とても大きな事のように感じた先日。 「ある」「ない」の二分法で考えるのではなく、 もうちょっと微妙な表現と、その間にあるものにも思いを巡らせないと行けないのではないか、などとも思う。

美味しいものを、美味しいと感じていいのかどうか。

 昨日、講義でDVDを見てもらいました。15年程前にNHKが制作した、タイの仏教を取り上げた番組。  タイでは、夏の安居の期間、毎年10万人の人が出家します。成人男性の多くが一時的に出家し、その経験によって社会的な評価も格段に高まるというような社会です。  出家生活では、さまざまな修行、瞑想を重ねることで、あらゆる執着から離れていくことを求めます。食事は托鉢に出て、一般の人からの布施をされることで生活をします。  DVDでは、一般の企業に勤めている男性が、休暇を取って出家し、修行生活に入った姿にスポットが当てられていました。その男性が出家修行生活の中で、日記を綴っていました。  托鉢に出て、いただいた料理の中に、「何と美味しいことか」と思うほどのものがあったと。非常に美味しいと感じたが、徐々に、その「美味しい」と感じることも「執着」ではないかと考え始めたというのです。「美味しい」「美味しくない」と感じるのではなく、どれも同じように、味わいなど問題にせず、淡々と食すべきではないのか。そんな風に考えるようになっているというのです。  受講している学生の感想レポートなどでも、例年疑問が呈される部分でもありました。美味しいものを「美味しい」と感じてはいけないように思うことは疑問だとか、自分には理解できない、と。  (講義で流していたので)もう何回か見ているのですが、今回あらためてそんな疑問を念頭に置いてその箇所を見ていました。  改めてみていると、その態度は、【「当然」と思っていた感情や、考えに対して、問いを投げかけ、考え直している姿】ではないかと思いました。  普段日常生活では、美味しいものを食べたならば、「美味しい」と感じて、そこに疑問や罪の意識など生じることはまずありません。  しかし、仏教生活を突き詰めることで、その感情に対して、「果たして本当に正しい心持ちであるのか」という、チェックが入り、問いが投げかけられるのです。  「正しい」「間違いない」と結論づけてしまうということは、非常に強く揺るぎなく思える反面、そこで思考が止まってしまうという面があるように思います。  「正しい」ことに「本当に正しいのか」「間違いはないのか」、そう問うことの意味は、決して軽くないと思います。   われわれは、日常生活でさまざまな行いをし、考えや感情を...

何を求めるか。

ここ数日、法話をしながら、ふと思ったこと。 「思い通りになるようにするにはどうしたらいいのか?」と考えているうちは、しんどい。叶うことのない望みだから。 いろんな人に会ったけれど、「人生がまったく思い通りになった」という人は知らない。 むしろ「思い通りにならない人生をどのように生きるのか?」という問いは、 むしろ仏教的であるといえるんではないかと。なぜならば、避けることのできない苦しみがある、というのが仏教的な問いの出発点(の一つである)といえるだろうから。

報恩講2012 第二日目 「恩」について2

報恩講二日目。 本日の御講師も、先輩であり、上司でもある武田先生。 冒頭に「報恩講」の「報恩」について、自分がお念仏する生き方をいただいていくことが、阿弥陀如来からいただいたご恩、親鸞聖人のご恩に報いていくことになると、昨日の西先生のお話と異口同音のお示し。 二日間、違った先生から同じことを、お教えいただくと、なにかぐっとくるものがありました。 今日は、「お念仏」と「他力」についてのお話。 お聴聞して思ったことなど。 ちょうど、うちの娘さんは1歳半を迎えました。 いろんな言葉を覚え始める時期のようで、 なんとなく「ケータイ」とか、「クツシタ」とか、それらしい言葉が、口をついて出てくるようになりました。 今日は、家族のものが「たいへんだ」といったら「タイヘン、タイヘン」と言いました。 けれどもまだ肝心の言葉がでてきません。「おとうさん」「おかあさん」とはいえないのです。 妻も僕も、「おとうさん、おかあさんは?」と、早く言って欲しいなぁと、娘に呼びかけています。 おそらく、そのうちに「おとうさん」「おかあさん」らしきものを言ってくれるのではないかと期待しています。 ところで、娘が「おとうさん」「おかあさん」と言った姿について考えて見ると、 確かに、「娘が親を呼んだ姿」ではありますが、それは同時に、「親の呼んで欲しいという願いが届いた姿」でもあるわけです。 「パパ」「ママ」ではなく、「おとうさん」「おかあさん」と呼んで欲しいと、そのように呼びかけていますから、おそらくは、「おとうさん」「おかあさん」と呼んでくれるのではないかと思っています。それに反して、「パパ」「ママ」と呼ばれたら、ちょっとがっかりするかも知れません。 ただ呼んでくれ、というのではなく、「このように、私たちを呼んで欲しい」という願いが届いた姿が、娘の私たちに対する呼びかけになるのでしょう。 私たちが口にする、親鸞聖人の教えの要である「南無阿弥陀仏」の念仏も、 「私たちが阿弥陀仏という仏を呼ぶ声」であると同時に、 「南無阿弥陀仏と呼んで欲しいと願われた、仏の願いの届いた姿」、「お念仏の教えを受け止めて欲しいと、教えてくださった親鸞聖人の願いが届いた姿」であるのです。 念仏するはずのない自分が、念仏する身になっている。 自分にはあるは...

報恩講2012 第一日目 「恩」について

自坊の報恩講法要。 先輩であり、職場の上司でもあり、いろいろとご縁の深い西先生にお取り次ぎ(ご法話)いただいた。「報恩」ということと、親鸞聖人晩年の息子・善鸞さんとの義絶(親子の縁を切った出来事)について、お話をいただいた。  お聴聞しながら、思いだしたこと、思っていたこと、考えていたこと。  恩ということについて。  ある人が、「恩とは返すものではない。想うもの、嚙みしめるものだ」といわれていたのを思い出した。「返したからチャラ」という程度のものは、本当に「恩」というべきほどのものだろうか。返しても返しきれないほどのものを恩としてうけているのではないだろうか。  そもそも、僕たちは、どれほどの「恩」を受けて今ここにあるのかということを、すべて数え上げ、知り尽くすことができるのだろうか。(もちろんできないという意味だ)  恩とは、見えないものだ。ふとしたときに、自分にどれほどの思いが向けられていたのかを知る。どれほどの配慮の中で、ふるまいをつづけていたのかを知る。その瞬間、瞬間に知ることができず、あとから恩恵を受けていた、受け続けていたのだと知る。ということは、いまもなお、見えない、知っていない恩恵を受けている可能性があるのではないか、いや、確信的に、「受けているに違いない」といってもいいだろう。    仏教を、特に真宗を考えていくと言うことは、「見えないものを見る眼を得ていくこと」ともいえるのではないかとも思う。「見えないもの」とは、オカルト的なものではなく、目に見えない、「恩」とか「願い」をどれだけ自分が受けているかということに気づかされていくことではないかと思う。    もうすこし言葉を重ねれば、知り尽くすことのできないなにかに、わずかばかり気づき、気づいたものよりも圧倒的に多くの気づき得ないものの存在を知らされていく、そんなことではないかと思う。

龍樹のショック・・・

月曜日は午前・午後と出講で、ほぼ一日が終わるスケジュール。 講義後に、龍大瀬田学舎の図書館にって、少々原稿を書くための作業をば。 午前は、「仏教の思想」  今日は親鸞聖人の「誕生」と「出家」  学生さんへの投げかけは「史実」と「伝承」のうち、「史実ではない伝承」の意味をどのように考えるべきなのかという私見を提示した。 午後は、真宗関連の講義。 七祖の第一「龍樹菩薩」について。 おきまりの、龍樹の出家前、「若気の至り」のエピソード(※)を紹介して、話しながらふとおもった。  一緒に「やんちゃ」をやっていた友人が目の前で死んでしまったとき、龍樹の心境はいかばかりだったか。 若い、欲望にまかせて、それが最高の快楽だと思ったことをやっていたときに、突如訪れた友人の死。  このショックは、もしかすると「透明人間になった」とか「後宮でやんちゃした」という特異なシチュエーションでオブラートに包まれているけれど、「人生」において突如として訪れる衝撃という意味では、一般化できる課題だったのではなかっただろうか。  「なぜ生きているのか」、「なぜ彼は死んだのか?」  仏教でしか答えを見いだせない問いが、友人の死によって立ち上がってきたのかもしれない。  龍樹のエピソードが、今昔物語や、芥川龍之介がそれぞれまた取り上げている意味というのも、あらためて考えてみたい・・・と思った次第。 (※) 龍樹菩薩のエピソードとは、  若い頃、龍樹菩薩という人物は、透明人間になる方法を得て、友人二人と一緒に、後宮の女性たちにいたずらをして過ごしていました。女性たちが妊娠し、異変に気づいた城の王族や兵隊は、粉を地面に巻いて、見えない何者かが来ても、居場所がわかるように策を練りました。  その策を知らずにやってきた龍樹と友人たち。足跡から居場所がしられ、兵隊に攻撃されます。 友人二人は命を落とし、龍樹はなんとか逃げ延びることができました。 この出来事によって、龍樹は発心(改心?回心?)して、仏教の学問・修行をはじめ、後世に大きな影響を与える天才仏教者となりました。 鳩摩羅什『龍樹菩薩伝』に見られ、 日本では『今昔物語』に収録され、さらには芥川龍之介が『青年と死』というタイトルで小説にしています。 ■龍樹について  ウィキペディア: http...

日食と降誕会

5月21日は、浄土真宗の宗祖・親鸞聖人のお誕生日。降誕会。  今年はそれ以上に、金環日食が話題。  家人は、かなり前から日食の観測用のグラスを準備し、非常に楽しみにしていた模様。前の月食も、見上げては、「すごい、すごい」とのたまわっていたので、どうやら意外と天体ショー的なものは、お好みのご様子。といいつつ、僕もグラスを拝借して観測。とりあえず、これで、一通り「日食は見た」といえる。  午前中は、平常の法務(月参り)をして、  午後からは自坊にて、降誕会法要。  降誕会に際して、親鸞聖人について少し。  最近、親鸞聖人のことについて話すときに、「親鸞聖人は成功者ではなかった」といえるのではないかということを考える。  29才の時には、20年間の重ねてきた修行に挫折し山を下りる。この人は!と思えた法然上人のもとでの勉強は、弾圧による流罪という思っても見ない形で幕を閉じ、師匠との別れが訪れる。晩年は穏やかかというと、そうではなく、自分の息子の背信によって泣く泣く親子の縁を切らねばらならないという経験もする。  親鸞聖人の人生を語っていくとき、それは「苦難を経験し、苦悩のなかで生き続けた人生」といえるんじゃなかろうか。そして、それは「浄土真宗」という仏教を考えるときに、非常に示唆深い投げかけをしてくれるのではなかろうか。  仏教を聞いていくということは「成功する」ということではないということ。浄土真宗がもっとも手本にすべき仏教者である、宗祖の親鸞聖人は「成功」していなかったのだから。 人生において、「成功」をもとめるならば、違う方法を探し、違う教えを聞かないといけない。  しかし、僕たちの人生は、ほとんどの場合「成功」ではなくて、「苦難」だ。求めるものは手に入らないし、自分の体でさえも思い通りにならない。愛する人との別れを経験し、苦しい憎しみを捨てることのできないことだってある。  だからこそ、親鸞聖人の人生は、僕らの問いをたずねるにふさわしいのではなかろうか。  いかに成功するのか?ではなく、いかにこの苦しみを抱えて、生きていくことができるのか。われわれと同じように「苦難」を抱えて生きられた親鸞聖人だからこそ、問えるものがそこにはあるのではないかと思う。    今日(もう昨日)は降誕会。親鸞聖人という、一人の仏教者の誕生日(とされる日)...

受講生のみなさまのお声

例の如く、というのは情けない事ながら、久しぶりの更新。 今日(すでに昨日)30日金曜日は、NHK文化センターに出講。 大阪での受講生の方が、ブログについてコメントして下さって、「更新していませんね」とのこと。 見ていただいているのに、更新されていないというのは申し訳ないこと。 そういう「見ているよ」というレスポンスが、こういう更新の何よりのモチベーションになるのです、 ということで、いまさらながらの更新。 今日は『歎異抄』は17条。辺地往生をするものはついには地獄に行くのだ、という義についての一条。  親鸞聖人にとって、「疑心を抱えながらも辺地に往生する」ということは、「懲罰的な、救いからもれた往生」という意味ではなく、「救いからもれようとしているものをも救う」という意味―すなわち慈悲の顕現としての意味があったのではないかというようなことを考えつつ読む。  とはいえ、仏教の枠内での議論に終始してしまうことが多く、身近なところに引きつけてまで考える余裕が少なく、受講者の人には、聞いていてちょっと負担の大きな内容になってしまったのではないかと反省。  今回で36回目。ちょうど丸3年になったところ。  次回18条やって、後序。  いよいよ最終局面である。

仏教についての雑想(その1) ※続くかどうかはわかりませんが

仏教について、ふと、なんとなく思ったこと。 仏教は、「ハッピー」になることを追求したり、「楽に楽しくいきよう」という思想ではないと思うのです。 むしろ、人生には「避けがたい苦しみ」があることを正面から受け止めることを要求していると思うのです。 だからといって、すべての苦しみを甘受しようというのでもなく、すべての楽しみを放棄せよというのでもないとは思います。しかし、「苦しみ」を消し去ってしまうのではなく、苦がありながらその苦しみを超えていこうという思想なわけで、だとすると、その態度というのは、 「まわりを自分の都合に合わせて改変していこう」という態度より 「まわりの状況を受け入れていこう」(まわりの状況を受け入れられるように自己を変えていこう)という傾向があるのではないかな、などと思いました。 こういう態度は、むしろ「革新」よりも「保守」的な傾向を有するのではないかと思ったり。 右とか左とかいわなくても、とりあえず、変化を好まず、現状で満足して受け入れいていく態度っていうことができるのではないかと思うのです。 しかし、一方で単に現状を甘受するだけではなく、斬新さや、革新的なものが仏教をベースにうまれてきたりもします。これは上に言ったこととは正反対で、「まわりの状況を変えていくエネルギー」のようなものも仏教のなかにはあるということではないかとも思います。 なにがそうさせるのかな、と考えたときに「執着」を否定するということから、「現状にとらわれない」→「斬新な新しい発想」を生み出すという連想をしましたが、さて、どうでしょうか。 ともかく、現状を変えず受け入れていく素地も、逆に変革し、新しいものも生み出していく素地も仏教の中にはあるのではないかな?と思って、それはどこからくるのかなぁと考えたりしたわけです。 だらだら書きました。ごめんなさい。

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