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アーユスの声明「「イスラエルとハマスの一連の武力衝突に関して」について

 NPO法人 アーユス仏教国際協力ネットワーク  「 イスラエルとハマスの一連の武力衝突に関して 」   https://ngo-ayus.jp/column/middle_east/2023/10/23palestine/?fbclid=IwAR0iAC0PS93zdn-vqv0IrTTMYJvsAp-8VH-9F_r3XhYkdGQBDNQS-fXoqBs  私も理事として名を連ねさせていただいているNPO法人 アーユス仏教国際協力ネットワークが、イスラエルとハマスの武力衝突に関して、声明を出しました。 声明の作成については、事務局と理事の間でもいろいろな議論がありました。また専門委員の先生からも種々訂正や見直しの指摘があったと伺っています。    もしかすると、立場によって見えるものが異なることがあるかもしれません。あるいは、私もアーユスからも見えていない光景があるのかもしれません。    しかしながら、一貫して議論で、見つめられ続けていたことは、国・勢力が争う中で、苦しめられている市民がいるということ、そしてそこへの支援は何があってもとどめられてはならない、苦難を止める努力は続けられなければならないということだったのではなかったかと振り返っています。  恥ずかしながら、この声明に関する議論が立ちあがるまで、パレスチナ問題については、耳にしてはあいまいになり、ちゃんと学ぶこともありませんでした。あらためて、情報にふれ、学び知るべきであったこと、知らなかったことがたくさんあったことに気が付きました。  今回の件で、このことについても、もっとちゃんと目と耳を開いていかなければいけないと思いなおしています。     以下、アーユスの声明を全文転載します。 「イスラエルとハマスの一連の武力衝突に関して」 アーユスは1993年の設立以来、仏教系NGOとして平和が守られ人権が尊重される社会をめざして活動してきました。とりわけパレスチナ問題に対して深い関心を持ち、そこで活動するNGOに協力してきました。故郷から離散を強いられて難民となったり、占領下という不条理な状況におかれたりしても、民族自決を実現しようと立ち上がるパレスチナ人の姿に感銘を受け、また命を重んじる仏教者の団体として、宗教が深く関わっているこの問題を看過できませんでした。これまで、ヨルダン川西岸地区やガザ地区、...

「お寺のために使われる」(カリー寺 オープニングトークから)

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 もう一月以上たってしまったカリー寺。  カリー寺では、本堂でトークやパフォーマンスをプログラムしているのだが、オープニングトークとして、企画・主催の二人でカリー寺について話しをした。  カリー寺が始まった経緯や、地域やお寺に対する思いや考え、あるいはお寺と地域の関係、お寺の可能性について話が及んだ。  そのなか、「お寺の使い方」や「お寺のもつ可能性」について話題にあがったときに、ふっと自分の意見を以下のように述べていた。漠然と考えていたことを、かなり明確にできたような思いがしているので、あらためて記しておきたいと思う。  (そのとき発した言葉とは、異なっていると思うが、内容はおおむね以下のようなことを述べたつもりである) ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・  しばしば、次のようにいわれる。  「お寺の使い方」、「お寺はもっと社会に役立つことができるはずである」「お寺の使い方の可能性はもっとあるはずである」と。たしかに、お寺がもつ社会的責任や、社会的な役割、社会的な意味を考えたときに、寺院はもっといろいろな可能性があり、もっといろいろな使われ方、開かれ方があってよいはずである。  しかし、一方で「お寺を使う」という言葉の中に含まれてしまいがちなニュアンスの中にあるものに、なにか注意すべきものがあるように思うのである。違和感を覚えるのである。(もちろん、その言葉自体がすべて否定されるべきとはおもってはいない。)  もうすこし踏み込んで言えば、(僧侶を含めた、誰か個人の思いや願いを叶えるために)「お寺を使う」ということであれば、(あるいは、そのような意味が含まれていることに)違和感を感じるのである。     お寺はどのように維持され、ここにあるのだろうか。そう考えたときに、お寺を支えてきてくださった檀家さんの思い、あるいはこれまでお寺を支えてきたであろう人たちの思いがあって今のお寺があるのではないだろうか。お寺は、ある面で「お寺のために」という思いで、人が関わり、人が力を合わせて維持され、運営されてきたという一面もあるのではなかろうか。「お寺を使う」のではなく、お寺を支えるために「自分たちの力を使う」人たちの力や思いによって支えられてきたという見方がたちあがってくるようにおもう。  現に、今のお寺も、お寺の行事に...

 ピッコロシアター開館40周年記念 ピッコロ劇団61回公演「布団と達磨」

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先日、「8時ダヨ!神さま仏さま」に出演させていただいたときに、ゲストでお越しいただいた、岩松了さんが代表のピッコロ劇団。  そのピッコロ劇団の公演を観劇してきました。  ピッコロシアター開館40周年記念、ピッコロ劇団61回公演は、岩松了さん作・演出の「布団と達磨」。  いや、おもしろかったです。  まわりにいた年配の方が、幕が閉まったとたん、「え?終わり? むずかしいわぁ」という声もありましたが、ある意味、確かに理解するには大変むずかしい劇だったのかも知れません。  しかし、繰り広げられているのは、あくまでも日常。  ある家の、ある一日の、夫婦の寝室で、起こった出来事。  そして、間違いなく、面白い話だったのです。  しかし、その面白さを「なぜ僕が面白いと思っているのか」ということについては、今ひとつ説明ができません。 その意味で、難しいといえば、そうだったのです。自分がなにをうけとめていたのか、まだ消化できない、むずかしさであり、面白さなのです。  見ている途中から、もう一回見ないといけないのではないかというような思いがしていました。  一番の衝撃は、何気ない布団にあんなものが仕掛けられていたとは! ということでした。(笑)  朝から動き回って、少し体をつかっていたのですが、退屈することも、飽きることもなく、あっというまに2時間過ぎていたように思います。 いや、見て良かったです。  終演後、ご配慮いただいて、おなじタイミングで来ていたマサミさんと、楽屋にお招き頂きました。岩松さんに御礼をお伝えできたのと、噂で聞いていた方々ともご挨拶する機会があり、大変ありがたいひとときでした。

失敗百物語 第五夜 「これも芸の肥やしになる」

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2018年5月10日(木)  夜19時から西正寺を会場に失敗百物語・第五夜というイベントが開催された。 「失敗百物語 第五夜」   https://www.facebook.com/events/906875656160348/ (図:会場で丸川氏が作成したファシグラ) こちらは、友人の藤本氏、丸川氏が主催して開催している100人の失敗を聞くことを目指すイベントでこれまで4回開催されてきたもの。今回、西正寺を場として開催された。これまでの気づきで、「失敗を語ることが、ケアや癒しにつながる」という気づきがあったそうで、その関連から、お寺での開催を依頼された。これはうれしいことだ。  今回は二人の女性の「失敗」にまつわる話が提供された。  そのお一人、演劇をされている女性の言葉のなかに、失敗を消化していく言葉に「これも芸の肥やしになる」と思って、悲しくはなかった。 というものがあった。 「芸の肥やし」という一言。 とても力強い言葉に聞こえた。人生のあらゆることがらが、「芸の肥やし」になりえる。どのような失敗も、躓きも、あるいは喜怒哀楽の感情とそれに関わる出来事のすべても、「芸のこやし」たりえる。言い換えると、自身の人生におこるすべてのできごとが「芸」によって、意味を与えられるのではないだろうか。 会の後、彼女と話をする中で、「演劇がなくなると生きていけない」と思っているという言葉もあった。演劇に支えられ、演じるということが、もしかすると、彼女の人生を根っこから支えて意味づけているものなのかもしれない。  自分にとって、念仏や仏教もそういう面がある。  大きな悲しみや、苦しみも、自分にとっては、「これも仏教の味わい」、「これも仏教を理解する糧になるはず」、「これも念仏の道」と、仏教にことよせることで、意味づけようとし、立っていられるようなことがあった。  自身の歩むべき「道」、つきつめたいと思う「道」を持つということは、もしかするとそういうことなのかもしれないと思った。人生のできごと、身に起こる感情の全てが、その道のを歩むための糧となり、実をつける肥やしとして、意味づけられ、消化されていく。    これも「芸の肥やし」になる。いい言葉だ。  失敗や悲歎をささえ、消化させるといった、その言葉はぐっと突き刺さるような、自分へ...

阪神東組・連研にて「幸せ」をテーマに考える

 2018年4月21日(土)午後は、阪神東組(地域の浄土真宗寺院のグループ)で開催されている連続研修会(連研)の講師を担当した。  あらかじめ決められたテーマがある研修会。今回は、「自分だけで幸せでいいのでしょうか?」という問いが設定されていた。けれど、講師に応じた変更は認られるということであったので、そもそも的な点を問い直したいと思い、「そもそも幸せとはなんだろうか」というようなことを問い、参加者のみなさんの話し合いを見守った。 (講師が10分問題提起をした後、60分参加者による話し合い、その後講師によるまとめという構成)  話し合いの冒頭、5分程時間をとり、ブレスト感覚で、「幸せ」を感じる時を書いてもらった。出てきた幸せの一部(かつ若干一般化して)を挙げると。  ・友人と会うこと。孫や親族と会うこと。  ・おいしいものを食べること  ・趣味の時間  ・新しいことを知ったとき、何かを達成したとき、  いろいろな「幸せ」が出てきた。多くの人に共感されるものもあれば、そんなところに幸せを感じるのかと意外だったものもあったりもする。  先日、この講座の内容をいきつけのカフェでしていた。そのマスターに「○○さんの幸せって何ですか?」って聞いたら、「猫と戯れるときっすね」という返事。その後、いくつか幸せと願望を聞かせてもらった。それをきいていながら、人それぞれの幸せがあっていいのだなぁと思った。  もしかすると、人それぞれの幸せがあって、一般化するのではなく「多様な幸せのかたち」に触れることでなにか気づきがあるのではないかと思った。実際に、話し合いの場における「幸せ」についての語りは、興味深かかった。  それから場は、幸せと不幸せの境目、またそれがそれぞれ何によってもたらされているのかという話になった。参加者による議論は、「自分のこころもち」「自分がどのように振る舞うのか」という人間の営みや理性によってそれを求めようというような議論になっていった。    しかし、流れを聞きながら、自分にとっては、そこでこそ仏教的な視点が投影される部分ではないかと思われた。  幸せはなにによってもたらされるのか、不幸せはなにによってもたらされるのか。そのような根っこになるのが、僕にとっては宗教的な部分ではないかと思われた。  想像を絶するような災...

内田樹「言葉の生成について」を読んで、

ふとしたことから拝見したブログ。 内田先生の言葉には、 いつも考えさせられる言葉、そうそうと漠然とした思いを言語化してもらえているような感覚になるものがたくさんある。 該当のブログ。 内田樹氏「言葉の生成について」 http://blog.tatsuru.com/2018/03/ まず一つ目。 読解力というのは目の前にある文章に一意的な解釈を下すことを自制する、解釈を手控えて、一時的に「宙吊りにできる」能力のことではないかと僕には思えるからです。 難解な文章を前にしている時、それが「難解である」と感じるのは、要するに、それがこちらの知的スケールを越えているからです。それなら、それを理解するためには自分を閉じ込めている知的な枠組みを壊さないといけない。これまでの枠組みをいったん捨てて、もっと汎用性の高い、包容力のある枠組みを採用しなければならない。 (中略)以前、ある精神科医の先生から「治療家として一番必要なことは、軽々しく診断を下さないことだ」という話を伺ったことがあります。それを、その先生は「中腰を保つ」と表現していました。この「中腰」です。立たず、座らず、「中腰」のままでいる。急いでシンプルな解を求めない。これはもちろんきついです。でも、それにある程度の時間耐えないと、適切な診断は下せない。適切な診断力を持った医療人になれない。 内田先生だったか、鷲田清一先生だったかが、答えのでない問題に向き合い続けることを、宙ぶらりんになりつづける体力、息を止めて潜水し続けるような感覚だといようなことを語られていたように思う。  すぐに答えを求めるのではなく、考え続けなければわからないこと、ずっと心に留めて保留し続けることで、あるときに「ふっ」とわかるようになったり、ちょっとずつ味わいがわかるようになってきたりする言葉や理解があるのだろう。 その意味で、次の文章も趣き深い。 そしてある日、久しぶりに出版社の担当編集者から連絡があって、翻訳はどうなったと聞いてきました。そこでしかたなく押し入れから原稿を取り出して読ん でみた。そしたら、ちょっと分かるんですよ。驚きました。別にその年月の間に僕の哲学史的知識が増えたわけではない。でも、少しばかり人生の辛酸を経験した。愛したり、愛されたり、憎んだり、憎まれたり、恨んだり、恨まれたり、裏切った...

New踊り念仏探究会(参加振り返り)

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昨日・10/15(日)の午後は、「New踊り念仏探究会」( https://www.facebook.com/events/1951988201682493/ )なるイベントに参加してきた。  午前中はお寺の法務、その後すこし書き物をした後、新今宮の上記の探究会の会場に移動し、参加した。  参加の動機は、 ・主催者の秋田さんが知り合いであり、ご所属の応典院で展開されている諸行事が大変興味深いことをされており、またお会いしたいという思いがあったこと。 ・「踊り念仏」という念仏と、念仏信仰、浄土信仰の身体性ここにあり、というようなアクティビティに関心がむくむくと湧いたこと。 ・スケジュール的に参加可能だったこと。 といったところだろうか。  15:00に数分遅刻して、会場のカフェ EARTHに到着。  ちょうど自己紹介を回しているところから参加。  参加者は7名ほどか。遅れて2名ほどいらっしゃり最終的には9名。  メンバ-、浄土宗僧侶、浄土真宗僧侶、時宗僧侶が1名ずつ、他さまざまなモチベーションで参加されてていたが、こういう会に参加しようというだけあり、それぞれ個性的なモチベーションをお持ちのようだった。  自己紹介の後は、  ・浄土宗の念仏(5分程)  ・浄土真宗の念仏について(私から)  ・時宗の念仏について  とそれぞれの念仏について、実践、説明があったあと、  ・主催者の一人、ダンサーのsさんから、体と声を使ったワーク。  (個人的には、「ホ」と声をだすワークの同調性がとても印象的だった 備忘)  ・再び、「浄土宗の念仏」(5分)  ・その後また、Sさんにバトンがわたり、「自由な場所、自由な態勢、とにかく自由に念仏をしてみる」  ・終了:感想・ふり返り  というプログラムだった。  個人的な感想としては、とても刺激的な「実験室」という印象だった。  身体的なワークをすることで、「念仏を称える」という行為と、身体的な準備との関わり、感覚的なものへの影響を明らかに感じることができた。  単純にいうと、身体的な準備をして、声を意識して称えることで、「気持ちよく」感じ、念仏に対して集中しているというか、溶け込んでいくような感覚をハッキリと感じることができた。(これはある意味当たり前のことかもしれないが)...

シンポジウム『儀礼空間の必要性とはたらき』

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一日の仕事を終えて、これを聞きに大阪・本町の北御堂に行きました。 北御堂 公開シンポジウム 「儀礼空間の必要性とはたらき」 プログラムは、 ・内田樹先生「武道の道場空間とその指南力」 ・中沢新一先生「葬送儀礼の黄金比率」 ・釈徹宗先生「儀礼にゆさぶられる」 の講演があったあと、 寺本知正先生の進行で、パネルディスカッション。 18:00~21:00の3時間という長丁場だったけれど、とても興味深いお話がたくさんありよかった。 全体を通して感じたことは、 その「場」や「人」に蓄積されたものをいかに感じ、うけとめていくかということか。 思念・願い・死者を感じたり、それに向き合っていく能力についての示唆。 それは、「場」によって養われると共に、我々自身もいかにそのような 「清らか」で「意志」とか「思念」とか「願い」とか「敬意」が蓄積された場を編んでいくか、築いていくかということにかかっているのだろう。 それは内面的なものでもあるだろうし、 あるいは「儀礼」や「行為」はたまた、生存や生活に関わる「営み」が真摯に積み重ねられた場でも養われる可能性があるように感じた。 他人(他者ではなく)によって、「無機質に造られた場」には立ちあらわれえない、 人が時間を掛けて、「思い」とか「営み」を積み重ねた場所の意味。 そしてそのような場所を感じる能力(それは、今日的には喪失させられてきているという危機感も)をいかに養っていくかがテーマだったか。 以下メモ (ざっと個人的な要約なので、シンポジウムでの言葉と異なるところがあります) ・「場」(道場)に対する感覚と、場(道場)によって養われる感覚。  →その場が蓄積してきた空気や、その場に関わってきた人の想いの蓄積が「場」の空気や、価値をつくる。  →その場に対する敬意や、「清らかさ(清めようという意志)」が場を造る。  →穢れ(汚れ)た場は、自己を守ろうとしてしまう。体を硬くし、小さくする。 ・「空間とやりとりする能力」を養成するには、実際に「そういう場」に触れないといけない。 ・儀礼とは「繰り返し」の行為。 同じ動作を繰り返し行うことが、儀礼の本質的なことがらの一つ。 ・人は、「他者の不在」を、なんらかの象徴を用い、それを記号にすることによって、「儀礼」行為を行っ...

社会保障の議論の前提(おぼえがき)

某氏の主張や考えについては、常々違和感があり、また、関与することも避けたいと思っていた。けれど、通勤中にふと目にしたこの記事は、そこを問題提起としつつ、考えさせられるべき点が多かった。 ・社会問題について議論する前提とは何か、ということについて提示されているということ。 ・僕らのような宗教者や、思想に関わるものが、「職」として、社会にどのようにコミットすべきかということについて、示唆されているように感じられる。 著者さんについては、どんな方がしらないけれど(薬剤師さんらしい) 以下、ブログから抜粋、それでも少々長いけれど、転載。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 年金、医療や介護、子育て支援、失業者の救済といった「社会保障」について語る際、その理念を前提とせず、議論することはできません。 社会保障の理念の中で、代表的なものは『社会による包摂』、つまり 『貧困や失業、健康不安により社会から結果的に排除される人々を、再び社会の関係性に引き入れよう。どのような立場や状況にあろうとも居場所と役割があり、互いの存在意義を認め、尊重しよう』 とする概念です。そして実際に、この理念に力を与えているのが、社会に共有される「人権意識」や「倫理観」であるといえます。 (中略) 個人的な印象としては、日本が戦後、経済大国の仲間入りをする過程で、核家族の増加や長時間労働に伴う世代間の交流の減少があり、また経済的な成功こそが人間としての成熟だとする誤った理解が広がる中で、日本の高所得者層・リーダー層を中心に「新自由主義的な思想」(自由放任・規制緩和・自己責任・小さな政府を志向)が浸透しすぎたのではないか、歯止めとなるべき社会規範が弱かったのではないかと考えています。 収入や社会的地位が高いほど、こうした思想に染まりやすいとされますが、日本のリーダー層や制度設計担当者、マスメディアに広がるのは非常に危険です。 日本では政府系の会議に企業経営者が「有識者」として招聘されがちでもあり、こういった思想に対し、その都度、強い口調で拒否の意向を示すことが必要なのかもしれません。 http://www.huffingtonpost.jp/hidekazu-takahashi/dialysis-patient-yutaka-hasegawa_b_121891...

ハワイにおけるchaplaincy

【ハワイにおけるchaplaincy】    先日来、大学のハワイ研修に同行しています。  いくつものまなびがありますが、日本で耳にしていたことも、現地の実際にそれに従事している方からうかがうと、やはり全く違う印象や、実感をもつ、ということもあります。  ある意味、ハワイでの「僧侶」の活動は、(一般的に)日本よりずっと社会的で、期待や責任が大きいと思われる面があります。それが、日常的に、僧侶(を含めた宗教者)が、日常的に、病院や高齢者施設などの社会施設を訪れる、ということです。  今回、講義をして下さった開教使(浄土真宗では、ハワイで伝道活動をする僧侶を「開教使」と名称しています。)の先生によれば、  ・病院は、週に1回  ・高齢者施設等は、月に1回  程度で、訪問されているとのことでした。  例えば、病院であれば、宗教者が病院を訪問すると、入院患者のリストを見せてもらいます。  そこには、患者さんたちの「信仰」に関する記載があり、そのリストをもとに、信仰を同じくする入院患者さんのところ(僧侶であれば、仏教徒の患者さん)のところに訪問し、お話をうかがったり、求められれば、仏教についての教えの語りや、儀礼などを行う事があります。  訪れる患者さんは、その僧侶が日常から関係のあった「信者」(メンバー)であるとはかぎりません。病院訪問によって「はじめまして」と、初対面から関係を構築するような方にも、挨拶に訪れ、お話を伺うこともするそうです。  そこでは、宗教的な問いや、その方の スピリチュアルな求めに応じたケア (← リンク参照・メディア特に芸能関係で一時話題になった、「スピリチュアル」とは違います)などが提供されます。     この分野については、日本でも、臨床宗教師や、臨床仏教師等といった研修が実施され、実際に病院等の医療施設、高齢者施設等の社会福祉施設で活躍する宗教者もいるけれども、まだまだ一般の認知は低いところでもあります。  このハワイでのように、「宗教者がすべきこと」として、社会に対する義務として認知されること、あるいは、患者リストを閲覧して関与するような社会的システムになっているというのは、宗教者として考えるべきところが多くあるように思います。  日本では、そのようになる道筋すらも見えていないようにおもうけれど、...

ハワイ研修_本願寺ヒロ別院

【ハワイ開教・ヒロ別院】  ハワイに行くというと、いいなぁとうらやましがられた、というのと同じくらいあったことが、 なぜ行くのかと言うと、「ハワイにお寺があるの!」 と驚かれるというあるある。  ハワイにも浄土真宗関係のお寺があります。  主に、日系人の方たちが中心になってお寺を建立したり、お坊さんの派遣を依頼したりというのがその由来になります。現状では主に日系人のコミュニティのある場所に、多く浄土真宗寺院もまたあるということになります。  今日では、地元の日系人以外の方にも、ご縁やつながりができて、あたらしいメンバーになるかたもいらっしゃるそうです。  いろいろと課題などもありますが、それは別の機会に。  28日に到着し、昨日29日から実質的な研修がスタートしました。  29日は終日、ハワイ島の本願寺ヒロ別院( http://www.hilobetsuin.org/ )で、ハワイでの浄土真宗の開教や、寺院、開教使(僧侶)の活動についてのレクチャーを受けたり、見学をしたり、(交流のバーベキューもしたり)というスケジュールでありました。    

矢野久美子『ハンナ・アーレント 「戦争の世紀」を生きた政治哲学者』(中公新書、2014年)

矢野久美子『ハンナ・アーレント 「戦争の世紀」を生きた政治哲学者』(中公新書、2014年) 目次 まえがき 第1章 哲学と詩への目覚め 一九〇六-三三年  Ⅰ 子ども時代  Ⅱ マールブルクとハイデルベルクでの学生生活  Ⅲ ナチ前夜 第2章 亡命の時代 一九三三-四一年  Ⅰ パリ  Ⅱ 収容所体験とベンヤミンとの別れ 第3章 ニューヨークのユダヤ人難民 一九四一-五一年  Ⅰ 難民として  Ⅱ 人類たいする犯罪  Ⅲ 『全体主義の起源』 第4章一九五〇年代の日々  Ⅰ ヨーロッパ再訪  Ⅱ アメリカでの友人たち  Ⅲ 『人間の条件』 第5章 世界への義務  Ⅰ アメリカ社会  Ⅱ レッシングをとおして  Ⅲ アイヒマン論争 第6章 思考と政治  Ⅰ「論争」以後  Ⅱ 暗い時代  Ⅲ「はじまり」を残して あとがき  本書は、ハンナ・アーレントについて、その誕生から逝去までの生涯と、思想について取り上げている。  ドイツでユダヤ人の両親のもとで生まれたアーレントは、幼くして父を亡くすも、母を初めとしたユダヤ人親族のもとで育てられる。大学では、ハイデッガーとヤスパースに師事。その才能を伸ばし、多くの友人たちとの交流を持つ。やがて、ナチスによるユダヤ人の虐待・弾圧が始まると彼女自身も収容所に入れられるという経験をしつつ、アメリカへ亡命。終戦・ナチスの敗北後もアメリカを拠点としつつ、欧州との間を行き来しつつ、『全体主義の起源』『人間の条件』、「アイヒマン論争」を引き起こす『イェルサレムのアイヒマン』等の執筆、発言をしつづけた。  アーレントの視点は興味深い。彼女の思索、視点はその生涯、ユダヤ人というアイデンティティ、そして彼女とユダヤ人がおかれていた政治状況とまったく無関係には成立していない。しかし、その言及は単なる「ユダヤ人」の権利や、地位向上を訴えるものにとどまらない。「ユダヤ人」という立場を前提にしつつも、普遍的な人間としての価値や、正義にコミットとしていくような深み、奥行きがつねに内包されているように思われる。  たとえば『全体主義の起源』については、単に全体主義の歴史的事実、あるいはナチスドイツの全体主義批判をするのではなく、それを生み出した歴史、要素を分析、記述しようと努めているとい...

先日、あるフィールドワークに同行して、稲荷大社へいった。 大学時代にランニングコースでもあった稲荷山を昼から夕方にかけて、ぐるっと一周、登り下り。 フィールドワークは楽しい。 理論ではなく、信仰の現実、混沌の実際を目にする。 「こんなものあるのだ」という、驚きもある。 その中での会話。 日本人のいう「神」と、一神教の「神」って、はやり違いますよね。 日本の「神」を、Godと翻訳するのは、適当ではないんではないか?ということ。 そんなことを思い出して、ネットで検索してみると 日本の神様をgodと翻訳することへの抵抗や問題を記したページもあって・・ http://www.izumo-murasakino.jp/yomimono-024.html http://park10.wakwak.com/~ebible/bsrch/engbib/god.html 実際のフィールドをうろうろしていると、 そういうことも実感をもって把握したり、考えたりすることもできる。

十字架のある教室(8/8-8/9 みんなのサマーセミナー)

みんなのサマーセミナーの会場は、 尼崎市が誇るカトリックの女子校・百合学院( http://yuri-gakuin.ac.jp/ ) サマーセミナーのウリの一つは、「女子校に入れること」。 スタッフさんたちの「女子校には入れますよ!」推しと、そこにかなりの熱があったことも感じました。笑 会場の様子は、サマーセミナーのフェイスブックでも確認できるのですが、そこでふと目についたのが、教室や至る所に「十字架」(十)があること! 講座のなかには、  神社の宮司さんや、お寺の住職がする講義もあるのですが、その人たちも十字架の下で、その教えについて語るという、レアな姿が!  ・十字架の下で仏教を語る僧侶!   https://www.facebook.com/amasemi/photos/pcb.747817985340839/747817778674193/?type=1&theater  とか ・十字架の下で神道を語る宮司! https://www.facebook.com/amasemi/photos/pcb.747382335384404/747382282051076/?type=1&theater とか。 教室だけでなく、体育館にも! https://www.facebook.com/amasemi/photos/a.668641296591842.1073741830.658223770966928/747287885393849/?type=1&theater この十字架があることについて、人それぞれ意見は違うだろうけれど、 個人的には「いいなぁ」と思ってしまったわけです。  宗教的なシンボリックなものを前にして、学校生活を送る。  他の学校と変わらない授業をしていても、その象徴するものがあるだけで、それらの営みを全部宗教的な情操が包んでいる空間が出来ているように思えるのです。    もちろん、僕の母校である平安高校や、龍谷大学、あるいはその他の仏教系の大学にも礼拝施設があって、宗教的な空間が設置されてはいるのだけれど、これほどまでに至る所に、宗教的な象徴が配置されているところがどれだけあるだろうか。  この全体的にどこにいっても「十字架がある」という、宗教的象徴が満...

お弁当と豚肉

先日の夜、 コンビニにいると、店員さんに 豚肉が使われているかどうかを確認しながら お弁当を手にとって眺める外国人の二人組が。 おそらくムスリムの方なんだろうと思った。 イスラム教の人にかぎらず、 食べ物にタブーがあるという立場の人には、 日本は暮らしにくい。 そういう現場に立ち会って、 彼らが立ち去った後、陳列されているお弁当を眺めながら、 あれこれと考えた夜でした。

あるべきものがない、ということ

ある物(人)が、ある(いる)、ない(いない)。 という二つのパターンで思考しがちだけれど、 そんなに単純ではないのかも知れない。 「失うこと」「なくなること」で、感じる感情は、 それが「ない」というよりも、 「あるべきもの(いるべき人)」、「あったもの(いた人)」がない(いない) ということの方が近い。 「ない」「なくなる」と、「あるべきものがない」「あったものがなくなる」 このちがいが、とても大きな事のように感じた先日。 「ある」「ない」の二分法で考えるのではなく、 もうちょっと微妙な表現と、その間にあるものにも思いを巡らせないと行けないのではないか、などとも思う。

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