2023年6月23日金曜日

6月20日(火) お寺の総代会を開催しました

6月20日午後、お寺に門徒総代3名にお集まりいただいて、「西正寺総代会」を開催しました。主に、2022年度の決算報告。それに加えて、懸案の進捗状況や、課題についても総代方と相談をしました。こちらからの報告について、大きな問題も無く、異論もなく、無事に承認いただきました。

問題・課題がある部分も、隠すことなく、話題に上げて相談できる関係性があるということが、お寺にとって大変ありがたいことだとつくづく感じる総代会でした。

 会議をしながら、ふと頭に浮かんでいたこと。”決算報告だから仕方がないのかもしれないけれども、考え方や方向性が「お金」を中心にして話をしてしまっていたことについて、「本当にこれでいいのだろうか?」と思っていました。

 年間いくらくらいの予算で動けるから、これにこれだけかけましょうとか、ここはもうちょっと減らしましょうとか、利息がどうこうだからとか、そういう「金額」ばかりを話題にしてしまっていたけれど、本当によかったのだろうか?。予算・決算の話だからこれは仕方がないのだろうか?

 「教え」や人とのかかわりについても、もうちょっとこういう場でも考えや方向性の上で何か出しながら話せたのではないか?そんな振り返りも、一人しながらの会議後でした。


2023年6月21日水曜日

総合教育会議(令和5年4月27日)の議事録と備忘 インクルーシブ教育について発言したこと

  4月に開催され、出席した総合教育会議の議事録が公開されています。
 総合教育会議とは、法律で規定され、首長と教育長、教育委員が構成員の会議で、原則公開で行われています。

総合教育会議の公開(尼崎市)
https://www.city.amagasaki.hyogo.jp/shisei/si_kangae/education/1007975.html


総合教育会議議事録(PDF)
https://www.city.amagasaki.hyogo.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/007/975/sogokyoikukaigi.pdf

 

 この時の会議は、主に体罰やいじめに関するアンケート調査や、「子どものための権利擁護委員会」の取り組み、そして市立高校で起こった体罰事案を契機に取り組まれてきたプランの状況報告と検討、というのが主たるものでした。

 予定された議案が報告されたあと、追加で「インクルーシブ教育」に関する報告と意見交換もあり、一部そちらでコメントしたことが議事録に乗っているので、補足・紹介しておきたいと思った次第。


 発言の内容は上のURLの議事録(PDF)からも参照いただけるが、下に転載もしておく。

 実はこの発言はあらかじめ、ペーパーを用意して臨んでいたのだが、時間が限られていた中にすこしながく発言してしまったこともあって、大きく割愛されている。(他の出席者の発言も、議事録掲載のために、要約されています)

 

 発言したことのポイントは3点である。

 

 1)「支援」のみでは、インクルーシブは達成できないということ

 いうまでもなく、「合理的配慮」や支援が必要な児童・生徒、あるいはあらゆる人にそれを行うことは必要なことだと考えている。しかし、議事録の発言にも引用したように、「社会的包摂」(ソーシャルインクルージョン)とは、社会的弱者に変化を求めるものではなく、弱者をそのような状況に追いやっている「構造的課題」に目を向け、社会の側が「ともに生きていけるように」「包摂的なありかた」に変化していくことが求められるものと理解している。

 つまり、社会ーマジョリティ側にも変容が求められるのであるから、インクルーシブを推進する施策を評価する際には、「マジョリティ側」(より多くの生徒、教職員、保護者、さらには市民一般)への働きかけ・アプローチも可視化し、評価していく必要があるのではないだろうか。

 現状の報告では、いわゆる「支援」つまり、ハンディキャップを抱え、支援が必要な児童生徒へのアプローチや、そのための環境整備という面しか見られていないように見え、果たしてそれでいいのか?という問いかけをさせていただいたつもりである。

 2)インクルーシブ教育システムは、本当にインクルーシブな在り方なのか?ということ

 すこし混乱が生じるが、文科省や教育行政では「インクルーシブ教育システム」という名称で、施策が推進されている。しかし、その実態は、従来の特別支援教育の延長にある施策とも評価され、本当に「インクルーシブなのか?」という疑問が呈されている。

 議会や市民レベルでも混乱が見られ、本当に進めるべき政策を具体的に議論していく上では、ちゃんと整理し、広く理解されなければいけないと考えている。

 議事録に見られるように、本市の「インクルーシブ教育はどこをめざすべきか?」という投げかけにとどめているが、本意は「インクルーシブとはなにか?」ということを行政レベルで本質に迫る議論をしてほしいと願っている。

 3)政策になったということは、その時点で後手かもしれないという懸念

 議事録で、「制度というのは、先に困難や問題があって、後からできるものだ。基礎自治体や学校現場には、どうしてもその制度に収まらない課題や困難を抱えている人たちがたくさんいる。それも含めてこの場では取り組んでいきたい。」と記録されている部分。

 「行政課題」として、議論の俎上に上がってきたり、予算が付いたり、政策的な課題として設定されることは大変重要なことであると認識している。ただ、そのうえで、感覚として「行政課題」になるまでの時間や、議論を考えると、時間的にそれはすでに「一般的に認知されるまでに至った課題」であるケースが圧倒的に多い。実際はまだ、人知れず困難や問題を抱えていて、手つかずになっていること、あるいは草の根レベルでなんとか取り組まれているようなことが非常に多くあるのだろうと感じている。

 だとするならば、「制度的にこのように設計されている」ということを根拠に課題に取り組むのは、その時点で「後手」である可能性が高いのではないかと感じている。

 教育委員という行政機関の中で、行政職員のみなさんの実情に接して感じていることは、みなさん、精いっぱい職務に対して、まさに「精励されている」ということ、まじめに取り組んでくださっているということに尽きる。その点は非常に敬意を表し、感謝の念を抱いている。 その一方で、私の立場でもあり、「市民の目線」からすると、制度や行政の論理に陥って、市民感覚からずれてしまっていることも、無くは無いように思っている。(結構あるように思う)そういう点については、市民の目線に、本当の意味で近づいてもらえるようになってほしいということも一方で思っている。 
 そのズレが、上のようなギャップが生じているということについて、自覚的になってもらえるかどうかということにもあるような気がしている。

 ※(追伸)つい先日、親しくしている行政職員の方とお話していた時に、まったく同様の指摘を、その方が発言されていたので、行政職員のみなさんにも、その課題感というのはおそらく共有されていることも多くあるのだろうということも補足させていただきたい。


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【議事録より、中平の発言箇所】

インクルーシブ教育について、疑問に思っていることを言いたい。

インクルーシブのあり方とは、その構造自体の変革である。つまり、構成員のここにインクルーシブな場ができているという理解抜きには成り立たない。

東京都立大学の阿部彩先生によると「社会的包摂政策は、社会の何がその人を貧困や孤立に追い込んだのかを考え、その仕組みを変えていこうとするものである。社会的排除政策は変わることを貧困者に求め、社会的包摂政策は社会が変わることを目指している。」

従来型の自己責任論ではなく、子どもの貧困の問題などのように構造的な問題として捉えて、社会の側が変わっていくというアプローチだ。

つまり、インクルーシブ教育とは、当事者の支援だけでなく、通常級の子ども、教員、保護者、地域の人といったマジョリティー側の理解の変革も必要である。そうしないと支援されている「特別な人」という枠は超えていけない。

次に、政策的な話だが、日本の教育行政は「インクルーシブ教育システム」という名のもとに行われているが、これがいわゆる「インクルーシブ教育」と差があり、議会や市民との間ですれ違いが起こっているのではないか。本市としての「インクルーシブ教育」はどういうものか、議論して明確にしていく必要がある。

最後に、会議前の議論で、教育委員会事務局では制度の中で苦労していただいていると伺った。しかし、制度というのは、先に困難や問題があって、後からできるものだ。基礎自治体や学校現場には、どうしてもその制度に収まらない課題や困難を抱えている人たちがたくさんいる。それも含めてこの場では取り組んでいきたい。

2023年6月13日火曜日

毎日文化センター公開講座 「親鸞聖人の教えを読み解く ~他力本願・往生浄土・悪人正機」(3回限定)

毎日文化センターさんにて、以下のような公開講座を企画いただきました。

「親鸞聖人の教えを読み解く ~他力本願・往生浄土・悪人正機」http://www.maibun.co.jp/wp/archives/course/43969

 R大学のO先生がご推薦くださって今回のお話になりました。
3回限定です。ご期待にどこまでお応えできるかというところはありますが、一般の方向けに、興味を持っていただけるように努めたいと思っています。

 新聞紙面か、広告も出ているようで、お寺の御門徒さんからも、「毎日さんで…」というお声がけもいただいてしまいました。

 すでに反響/申し込みをいただいているようで、高い期待に大変恐縮しています。
 がんばって準備します。ハイ。




(案内文を転載します)・・・・・・・・・・・・・

2023年は浄土真宗の宗祖親鸞聖人が生まれて850年の節目の年にあたります。その宗祖親鸞聖人の教えはどのようなものだったのでしょうか。親鸞聖人の教え、思想を「他力本願」「往生浄土」「悪人正機」などをキーワードに読み解いていきます。


7/10(月) 他力本願

親鸞聖人の教えの中核にあるといえる「他力」の思想。それは、「他人任せ」とはまったく違う、画期的な念仏の教え、仏の救いを言い表した言葉でありました。


8/7(月) 往生浄土

 人は死んだらおわり? 死んだ後の世界はあるの? そんな問いも改めて考えさせられる「往生浄土」の教えを考えます。


9/11(月) 悪人正機

私たちのいう「善悪」とはなにか? 「悪人こそ救いの目あてである」という仏の救いと向き合うことは、私たちが当たり前のように言う「善/悪」について深く考えるきっかけともなります。

 


■中平了悟 プロフィール

・龍谷大学/相愛大学/園田学園女子大学 非常勤講師
・浄土真宗本願寺派布教使課程専任講師
・浄土真宗本願寺派西正寺住職
( 専門は真宗学/中国浄土教思想 )

6月13日(火)おまいりや、見積もりや

 6月13日(火)

 午前中はお参り。平常の月参りでご門徒のおうちをお参りさせていただく。

 午後、お願いしていた業者さんが工事の見積もりに来寺。
 数年前の地震で痛んで、そのままになってしまっていた本堂の壁の修復や、そのほかについて相談。

 話していると、直すべきところがたくさんあって、きりがないが、一つずつ、一つずつ、丁寧に修理を積み重ねていくのが大事なのだろう。

 一気にはできないので、毎年毎年、予算の中から、丁寧にこういう保守の仕事をしていくことも、寺を預かる住職の大切な仕事。


写真:こんなところを直していこうと思っています。
   写真は、いずれも、西正寺の本堂内部です。





14:50追記
そういうわけで、過日公開したネットで呼びかけたご寄付のお願いは、このような修理にも使わせていただいたりします。

https://congrant.com/project/saishoji/6778


6月12日(月)伝道院での講義、先生との夕食

思い立ったようにまたブログ(記録を書く)

6月12日(月)
朝から伝道院で布教使課程の講義のため、京都へ。
「往生浄土」という、浄土真宗の教義の柱ともいうべきテーマを扱わせてもらう。

用語の確認や、仏教(宗派)における「経典」の位置づけ、等も受講生のみなさんになげかけながらお話していると、時間はあっという間に過ぎる。

最後は、時間が足りずに駆け足で、じっくり話してみたかったテーマは紹介のみで終わってしまうという、ある種予想された結果。(去年もこんなだったように記憶している)

午後からは、主任の先生が担当される講義を控室で聞かせていただきつつ、諸作業。

夕刻、声明をご教授いただいているO先生と夕食。
先生のお寺の本堂で、ご本尊にお参りさせていただいたときに、特有のピンとしたとでもいうような、その空間の空気に身を置くことで感じたものは大切にしたいと思った。

お店に移動し、あれこれお話していると、開店から閉店まで4時間くらいがたっていた。あっという間。

今日思ったこと。 

 ・もっとちゃんと勉強をしよう。

 ・本堂、お内陣という”儀礼の空間”を大切にお預かりしよう。

 



「宗教的な救い」とはなにか?

・先週は宮崎先生と対談でした  先週の土曜日 4月13日の午後は、相愛大学の企画で、宮崎哲弥先生の講義にゲストスピーカー・対談相手として、登壇させていただく機会を得ました。  以前このブログでもご案内していたこちらです。  【登壇情報】宮崎哲弥先生と対談します。 https://...