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(掲載)浄土宗総合研究所編『それぞれのかがやき:LGBTを知る―極楽の蓮と六色の虹』(総研叢書第10集)

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 先日刊行された、浄土宗総合研究所編『それぞれのかがやき:LGBTを知る―極楽の蓮と六色の虹』(総研叢書第10集)に、大正大学の林田康順先生、浄土宗総合研究所の工藤量導先生と、私・中平が対談させていただいた「仏教・浄土教とLGBT」が掲載されています。  この企画は、浄土宗総合研究所さまが、隔年で刊行されている『総研叢書』の企画として、LGBTをテーマにし、仏教徒としての(あるいは僧侶・仏教徒にも当事者がいるはずとの立場にたって)のLGBTの向き合いやアプローチ、仏教、寺院が抱えている課題に取り組まれたものです。企画段階でお声を書けていただき、2016年6月に開催した「テラからはじまるこれからのハナシ。」の取り組み、それから龍谷大学行われている大学としての取り組み、LGBTに関連する諸課題について、至らないながらもお話をさせていただきました。  テラハ。に参加くださった方の中から、妹尾陽さん、虹色ダイバーシティの橋本竜二さんにもコラムを寄稿いただきました。改めて、テラハでの出来事を思い出すようなこともでありました。ありがとうございました。  折しも、国会議員による「LGBTには生産性がない」「支援が過剰」云々という発言があり、LGBTに限らず、人の価値や、存在の意味自体に向けられた問いが喚起されているような状況でもあります。ちょうどそのような時期の刊行になったこと、仏教者からのしかも、伝統教団の公式な機関からの発信・メッセージとして大変意味深いものだと感じています。    本誌の中では、LGBTの当事者や抱えている困難、それを踏まえて、葬送・仏事の場面、寺院でどのような対応がなされるべきか、LGBT当事者の僧侶がどのようにすればその修行生活をおくることができるのか、それらについて現実的な課題や、可能性を模索されています。率直にいえば、現実的には「これから対応すべき形、できる形」を模索されているのであって、「すでにこう対応されている」という事象は多くはないように感じています。しかし、それでも僧侶が経験した当事者との邂逅や、課題の共有から、今後あるべき姿を模索しようとする姿勢や、(伝統という看板で変革が容易でない態勢や価値観を)変革を求めようとする姿勢、気概は感じていただけるのではないかと思います。  ぜひ、関心のある方(特に僧侶の...

12/9(土)「ファシリテーターのあり方に宗教はどう影響しているか?」(感想・その2)

昨日は、週末にあったワークショップについて、流れと備忘録のようなものを書いた。 https://ryogo1977.blogspot.jp/2017/12/171209.html  昨日の投稿は、参加者もあることだし、有料の会の内容について、どう書いたものかとか、そうでなくてもいろいろと焦点を当てたいことがあって、メモ程度の書き連ねになってしまっていた。  さらに一日経って、また当日起こったことが少しずつ消化できたり、まとまりになってきた印象もあるので、忘れないうちに続編も書いておこう。 ■参加者について  講師・運営・参加者、その場にいた人は合計で13名。  それぞれ、ファシリテーションやそれに類する経験があったり、信仰の有無、また仏教、キリスト教、山伏修行など、それなりの多様性がもたらされる場だった。 (「それなり」というのは国籍とか、イスラム教徒の方とか、寄り幅広い多様性があってもよかったなぁという声があったことによります)  仏教では、キリスト教では、山伏ではとか、キリスト教のなかでも○○は、仏教なかでも浄土真宗はとか、なかなか触れることのない知識の提示や、刺激の中からそれぞれのスタンスや共通点が出されていたのは、宗教間対話としての内容もあったように思う。  それぞれ、社会に対して活動するフィールドを持っているからこその場、であったのだろうなぁ。 ■場のしつらえ、場のありかたについて  会の中で、川中さんのお話に「ファシリテーター(ファシリテーション)」のあり方に、 表層的から深層というような三角形のようなイメージで      △    「テクニック」    「スキル」  「プラン・仕掛け・準備」 「ファシリテーターのあり方、根底」 というようなあり方ではないか、という提示があった。 プラン・仕掛けという意味では、 会場を提供したということで、ありがたいことに主催者お二人の当日の準備や打ち合わせからご一緒させていただいて、その一端を見せていただいたような思いもする。  例えば、受付の設置場所、お菓子・湯茶の置き方、参加者の座るシチュエーションや、全体のバランスをみた道具・備品の選択、「場」をどうコーディネートして行くのかといことの配慮から、すでにその日の場の作り方は関わっている。その様子を見ることで、準備の段...

テラハとその後、自分にとってのあの場所との「これから」

【テラハとその後。事故と事故現場との向き合い】  昨日、テラからはじまるこれからのハナシ。の4回目を開催しました。  テーマはすでに紹介していたように、JR福知山線の脱線事故。詳細はまたお話ししたいと思いますが、この企画によって、自分自身が地域にあるあの事故の現場とちゃんと向き合う気持ちをもてたように思います。  私は、事故現場にある追悼の場所・献花場に足を運ぶことはできていませんでした。軽々に足を踏み入れては行けない場所であるような思いと、はたして自分はそこにいくことができるような資格があるのかという思い、どれもそうであるようで、どれもぴったり完全に一致するのではないような、なんともいえないような思いをもっていました。ただ、はっきりといえるのは、結果として足を運ぶことができなかったということ。  ただ、このテラハを企画したことで、事故について触れ、語るには、この企画を言い出した責任の一つとして、あの場に立たねばならない、あそこに行かないといけない、そんな思いがおこっていました。そのようなこともあり、(のびのびになっていたのですが)開催当日(3/4土)、献花場に手を合わせる時間を持ちました。持つことができました。  そこに足を運んでいくときも、緊張感か、なんともいえない思いを感じていました。それは、その場所の空気だったように思います。そこだけ、地域の日常から切り離されたような空気感がありました。  24時間警備員の人がいて、JRの職員さんもいて、おそらく遺族の方にもそうされているのであろう、深々としたお辞儀をされました。  なんともいえない思いをもって、献花台の前に立ち、手を合わせました。  たくさんのお花、そして立てられたお線香と、炭の入った香炉。ずっとお線香は絶やされることなく焚かれ、またお焼香の炭は常に火を保っていたのだろうと容易に想像ができました。  あれから12年近く。この追悼の場所ができてから、ずっとこのお線香と炭火は絶やされずに燃え続けていたのだろうか、とその時間の長さに思いが向きました。  その場にいたJRの職員さんにすこしお尋ねをしました。  追悼の場のお花やお線香について。おそらく遺族の方であろう可能性を思われていたのであろう、丁寧な態度で言葉を選ばれるようにお話くださいました。  そして、その後、再度手を合わせて、その場を去...

「手に入らない中で生きる」スキル

この「山中伸弥教授と羽生善治棋士との対談」を読んでふとおもったこと。 http://gendai.ismedia.jp/articles/-/50589 AIや、IPS細胞。 第一人者でさえ驚くほどのスピードで、技術が進んでいる。 不可能がどんどん可能になる。治らなかった病気が治るようになる。 万能に近づき、望ものがどんどんと人間の手の中に入ってくるようになるのだろう。 人類がそっちへむかって、どんどんとスピードをあげて進んでいるように錯覚さえ覚える。 しかしその分、不可能なことの、叶えられないことの、そしてそちら側にいることの苦悩が大きくなるのではないか。 「いかにそれを手に入れるのか」、「いかにそれを達成するのか」というスキルに関心がないわけではない。 しかし、それと同等以上に、 「いかに”手に入らないものがある”という中で生きていくか」、「いかに”受け入れがたい状態である”中で生きていくか」というスキルアップも必要ではないかと思う。 そして、それは、他者から押し付けられるものではなく、自己自身が問い、作業するなかでしかえられないのかもしれない。それが「行」としての営みなのかもしれない。

映画『聖の青春』

『聖の青春』 http://satoshi-movie.jp/ 2017年元旦、塚口さんさん劇場で、見たかったこの映画を見てきました。 29才、進行性膀胱がんのために夭逝した、村山聖棋士を描いた作品。 映画では、彼が24才で7段に昇段してから、29才で亡くなるまでが描かれている。 5才でネフローゼという難病を発症しつつも、トップ棋士となり、「天才」と評された棋士。 27才で進行性の膀胱がんが見つかるも、棋士として生きったその生涯。 劇中の時間の経過がわかりづらいところもあったが、考えさせられ、感情も揺さぶられる映画だった。 うまい言葉が見つからないが、どうだった?と聞かれたら、こう言いたい。 「生きるということは何か、ということを考えるならば見たい映画の一つと。」 将棋好きなら、なおのこと、おすすめしたい。 死を意識せざるをえず、 人生において、「普通にあるもの」を諦めざるを得ないことから生じる悲歎。 まわりとの乖離、軋轢。 スピリチュアルケア、グリーフケアを考える教材としてもいいのではないかと思う。 DVDが出たら買いたいと思う。

つねに外側にあるものを考える

フェイスブックで紹介されて拝見した、 池口龍法さんの『南部再生』の文章。 http://www.amaken.jp/nambu/49/14.htm 尼崎で育った自分についてもじっくりと振り返えさせられる文章だった。 インスパイアされて、思ったことを少し書きます。 小学校は、僕が2年生の時に創立5周年を迎える新しい学校だった。 校舎もきれい。 暴力や問題は、(もしかしたらあったのかもしれないが、子どもの僕にはほとんど) 目にすることもなく、安定した、穏やかな小学校時代だったと思う。  自分の性格にその小学校の6年間は大きく寄与しているように思う。 ところが、進学した中学校は、当時は市内で1・2を争う問題のあった学校で、 「荒れた」と表現されるイメージは一通り、そろっていた。 男子トイレには、鏡はなく(すぐに壊されるからと聞いていた)、 個室の扉は破壊されていた。 タバコの吸い殻は廊下やトイレの至る所にあった。 授業のボイコットする生徒もあたりまえにいたし、 3年間のうちに、 先生が怒って授業を辞めて、泣いて出て行ったことも、 同級生が、国語の時間に先生ととっくみあいのケンカを始めたこともあった。 いまとなっては、いい思い出。 授業中に、学校のまわりの道路を、 同級生がバイクにのって、走り回っていたこともった。 誤解のないように書いておくと、僕は、 半年ほど、病気を理由にほぼ自主的に学校へ行かなかった以外は、 いたってまじめな中学生だったと思う。 一方で、バスケ部だったおかげで、荒れた友人もでき、 トラブルや因縁に巻き込まれることも少なかったし、 それになり、のびのびとやっていたように思う。 そういう中学校時代を思い返すと、 教壇や、人前にたって話すときに、そういう場所で育った経験というのが、 自分のなかに影響を与えているのではないかと気がついた。 そういう荒れた友人たちは、当たり前のようにある「前提」を一通り拒否していたし、 その論理は、同年代の僕たちにも共有されていた。 そもそも 「なぜ授業をまじめにうけなければいけないのか」 「学校にいかなければいけないのか」 「先生のいうことを聞かないといけないのか」 稚拙な反発なようだけれど、 知らない間に設定さ...

長崎空港にて

現在地:長崎空港。 17:50の大阪行きに搭乗予定。待機中。 大学院の先輩の結婚披露宴で、昨日から、こちらに。 披露宴開式直前。例の地震の知らせをうける。 夕刻、テレビを見て、これほどまでにひどい状況になっているとは思わず、驚く。 形容する言葉が見当たらない。 津波にさらわれて、一度に大勢の人が亡くなった。 東北に続いて、長野・新潟、茨城・福島でも大規模な地震が発生。 テレビはずっと非常事態の体制で報道し続けている。 見ていると、日本はどうなってしまうんだろうと、不安になる。 なにができるんだろう。 なにをすべきなんだろう。 どう振る舞うべきなんだろう。 なにもわからないような気持ちになる。

旧友と

ここ数日懐かしい人たちと連絡を取っています。 12月の始めに、再会の会を開催することになりそう。 11月の末にも、高校時代の友達と久しぶりに会う約束が。 そういう約束が勢いづいてきたのも、ここ最近はいろんな人と会うことが多くて、 それが結構、精神的にイイ影響を与えてくれているように思えるから。 最近特に、人と会うと元気が出るなぁと思います。 いろんな人にあって、いろんな話をして、結構そういうことがやる気の元なのかも知れない。 ここ数年忘れかけてた感覚が戻ってきたような感じ。

「性犯罪被害」の実際

昨日の朝のスーパーモーニング。 小林美佳さんという方の活動を紹介。 苦しみを抱えて生きていくのはつらいこと。 自らも苦しみを抱えているのに、同じ苦しみを抱えている人のことを思い、される活動は尊い。 あってはならないことだけれど、 現実として、その苦しみを抱えている人たちがいる。 とりあえず、リンクを張ることで、その活動を讃え、心ばかりの応援。 ◇みかつき http://www.apple-eye.com/micatsuki/index.html ◇大藪順子 http://nobukoonline.com/jp/stand/index.html ◇性暴力をなくそうネットワーク http://www.nakusou.net/

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