2020年5月12日火曜日

2020年5月12日 八時だヨ!神さま仏さま ゲスト小野木康雄さん

こんばんわ。今日夕刻は、八時だヨ!神さま仏さまの収録でした。

youtube のリンクはこちら
https://youtu.be/rDNAaBX46QY


ゲストは、以前から交流を持たせていただいている、文化時報社の小野木康雄社長です。

宗教系新聞とは?

宗教者を鞭打つ新聞紙面とは?

お聞きいただけたらうれしいです。





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出演:宮司・江田政亮(貴布禰神社)、牧師・福島旭(関西学院中学部宗教主事)、僧侶・中平了悟(西正寺)

ゲスト:小野木康雄さん(文化時報社社長兼主筆)

技術協力:寺子屋・練心庵さん



番組をご視聴くださる方々、リアクションしてくださる方々、拡散してくださる方々、ありがとうございます。

おかげさまで、Facebookのリーチ数やYouTubeのチャンネル数も増えております。

YouTubeにチャンネル登録をしていただくと、いち早く動画アップのお知らせがいくようですので、ぜひ、ご登録ください。

さて、通算第415回の内容ですが、

大阪・枚方出身、関西学院大学卒業後、産経新聞社に入社、労働問題や宗教の取材に取り組んでこられ、昨年12月に文化時報社の社長に就任された小野木さんとのお話です。



相変わらずZOOMは手探りです。

電波状況が悪かったり、生活音が入ることもありますが、あたたかくお見守りください。

2020年5月11日月曜日

#検察庁法改正案に抗議します について思うこと

昨日から #検察庁法改正案に抗議します が話題になっています。

『毎日新聞』(2020年5月10日)「どこまで国民をばかにする」検察官定年延長法案に抗議ツイート250万超
https://mainichi.jp/articles/20200510/k00/00m/040/067000c
私もやりました。まずは、ツイッターで。
(Facebookでは、おそらくこの投稿のシェアに、ハッシュタグがつきます)

今のところ、基本的には、このムーブメントに賛成しています。
でも、もう少し冷静に、話し合ったり言葉にする必要もあるのではないかなと思います。そこで、自分の思いを整理する意味も含めて文字にしてみることにしました。

 当初は、「検事総長人事への反対」という意図とそのアクションという思いもありました。しかし、昨夜からのネットから得られる情報とディスカッションをみていると、よくよく考えると、それは(人事に対する)「直接的に反対、抑止が行える行動」ではなく、「間接的な抑止と反対の行動」であったのだなと認識が改まりました

比較的冷静に情報・分析が記述されていると思ったブログのリンクを貼っておきます。

https://note.com/tonfi/n/n95a2265c6273
(政治や法律・このあたりは素人なので、なにか読み違えや、問題があれば教えてください)

 ポイントは、
 3に挙げられている「誤解」をしていないか、ということだと思います。
以下 さきに挙げたブログの文章を引用します。
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①黒川氏定年延長がこの法律で決まる →  決まりません。
②黒川氏を検事総長にするための法改正である → 誤りです。
③政権への捜査を免れるための人事介入である → 誤り、というか邪推の域を出ません。
④三権分立が脅かされている →
 誤解されがちですが、検察庁は行政府に属するものであり、検察権は行政権の一つです。したがって、検察権と内閣の関係を、三権分立という観点から見る場合、その何が脅かされているのかを正確に理解しなければ、ミスリーディングになってしまいます。
⑤内閣が検察官人事に介入するための措置である 
 → これは正確には「介入と思われるようなこともできなくはない」が正しいでしょう。

⑥この法案を止めれば安心である
 → しかし、そうではありません。この法案に限らず、立法府が成立させた法律を行政府がどのように運用するのかは、国民の不断の意見表明と監視という努力によって最適化されていきます。

 より抜粋・要約して引用。
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 誤解していなかったのか?というと、誤解していたところがありました。 
 少なくとも、正しく理解できていたわけではありませんでした。(今もそうかもしれません)

 しかし、ハッシュタグをつけて投稿したことを振り返ると、やはり今でも、同様に #検察庁法改正案に抗議します というアクションをする、と思ったということです。


 いまハッシュタグをつけて、#検察庁法改正案に抗議します という表明をするのはなぜですか?、冒頭に書いたように、「今のところ、基本的には、このムーブメントに賛成しています」というのはなぜですか? と問われたならば、以下のように言葉にできるかなとおもっています。

1) 国民一般の声が可視化されて、大きな力になる実感があるということ。(効果的なところ)
2) 一連の検察人事に対する違和感と、内閣の対応に対する不信感への表明として。(内閣と検察の関係に対する不信)
3) 法案に対しては、このタイミング、ここまでの文脈でこの法律を出すのはおかしいのではないかと思っているということ。(タイミングと文脈の問題)

 「検察官の定年を65歳に引き上げる」ということそれ自体には問題がないのかもしれません。しかし、このタイミング、この文脈で行われると、どうしても

・某検事の定年を閣議決定で延長したこと。
・そのあとの一連の国会審議で見られたような、過去の法令解釈を恣意的に曲解して(あるいは単純に誤って)運用しようとしたのではないか、という疑惑を、事後的につじつま合わせされてしまうような印象を抱かざるをえない。
と思っています。

 で、いまここまで言語化して、あらためて考えたいこと、大事だなとおもうことは、 引用先のブログでは次のように書かれていることではないかと思っています。

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⑥この法案を止めれば安心である
 今回の一件で多くの方が知るに至ったと思いますが、法律はたくさんのことを政省令や内閣府令に委任する形などで、政府に細かな判断基準や要素などの委任を行うことがあります。これは複雑高度化する社会の中で、すべてを立法府に委ねるのではなく、余白を作りながら、現場で最も専門的に事象を扱う行政官に細かなオペレーションのマニュアルを委ねるという思想です。これ自体は非常に合理的です。当然ながら、これらの委任を受けた政省令等が法律を超えることをしてはいけません。
 多くの方のTweetで、この法案を止めれば安心という雰囲気を感じざるを得ませんでした。しかし、そうではありません。この法案に限らず、立法府が成立させた法律を行政府がどのように運用するのかは、国民の不断の意見表明と監視という努力によって最適化されていきます。違法な行為が行われた際に、法の番人である裁判所が判断するというのは事後的な対応にすぎません。より重要なのは、「私たちはあなた達の運用を見ていますよ」というメッセージを発し続けることで、行政府が間違った方向に行かないように予防することです。

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 要は、もっとリテラシーを高めければいけないな、と思っています。
 こういうセンシティブな話かもしれませんが、出ている情報やアクションを丁寧に読み解いたり、オープンに語り合ったりするには、どうしたらいいのかなぁと思っています。

 そういうことをおもって、ひとまず、文字にしてみようとおもいました。

 (再度書きますが 素人ですので、法律やその他のことに 読み違いや誤解があるやもしれません。その場合は、やさしく指摘・教えていただけると大変ありがたく思います)


2020年5月10日日曜日

インターネットラジオ よいかなよいかな はじめてみました。

 インターネットラジオ よいかな よいかな はじめました。

 西正寺で不定期にこれまで3回、オンラインで1回開催したイベント「よいかな よいかな」。そもそもが、大学4年生だった”あーりー”が、仏教を教えてほしいと相談してきてくれたことから始まったイベント「よいかなよいかな」。このコロナウィルスの影響もあって、どうしようか、こうしようかという相談から、ネットラジオへ展開しました。

 とりあえず、やってみようかと収録した第一回がこちら。
 あれこれと企画を考えている中で、ふとしたことで舞い込んだ素敵なエンディングテーマにその気にさせられ、やりはじめてしまいました。

 やってみると、もうちょっと練ったほうがよかったなぁとか、なんでこんな風に言うてしまったんだろうという反省もありつつ、結構面白かったというのが大きかった感じでした。

 次回以降は、お坊さんをはじめとしたゲストをお招きして、いろんな角度から仏教を考えていけたらとおもっています。聞いていただけたらうれしいです。

 どうぞよろしくお願いします。






「宗教」・「カルト」を扱う講義をするので

今日の龍谷大学文学部で担当している「伝道学特殊講義」(学部3・4回生対象)は、講義で指定しているテキスト 『基礎ゼミ宗教学(第2版)』 。今回は、第9章の「カルト問題」にどう向き合うか?―カルト、偽装勧誘、マインド・コントロール」を扱う予定。  数年前に大阪大学が、大学としてのカ...