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就任2日目 「就任時研修」を受講しました。

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 4月2日。就任2日目は、このたび採用された教職員のみなさんと一緒に就任時研修を受講しました。(@深草キャンパス)  朝9時から、15:30まできっちりのスケジュール。午前は、教員・職員共通で、大学の歴史・建学の精神、人権やハラスメントへの対応、学生支援や障害福祉等の取り組み、社会保険等の福利厚生について。  午後は、教員対象の内容で、大学での教育活動について、研究活動について、それから学生に対する学修・就学支援の施策や対応、教員活動の自己点検と、社会連携・社会貢献と多岐にわたりました。    実は10年前の 助手就任時に受講しなければならなかったため、10年ぶり2度目の受講なのですが、さすがに10年の月日でアップデートされたものも多く、初めて聞くようなお話がたくさんありました。  (校門を入った直後の大学の広場 スタバもあります)  印象的だったことが、外部から来られて龍大の役職についていらっしゃる先生=研修を講師をしてくださった先生の何人かが、  ・「龍大は自由の雰囲気にあふれている(管理されない)」  ・「とても民主的な仕組みで運営されている」  (トップダウンや、権力構造ではなく、ボトムアップの意見が汲み取られる風土がある」  ・「人権や権利に対する取り組みが進んでいる」(最先端ではないにしろ、比較的早い段階から取り組む風土がある。もちろん完全ではないが)  といった言葉が異口同音に聞かれたことでした。  もちろん、問題や課題がないわけではなく、昨今の新聞報道でも龍大の課題が取り上げられたこともあります。ただ、このように感じられること、このようなことを大事にしている学風の中で過ごしたこと、あらためて母校が大事にしていたこと、「当たり前のように行っていたこと」を振り返えるような気がしました。  (東門前の掲示版。宗教部のポスターが掲示されています)  受講後は、シェアサイクルで大宮キャンパスに移動。  研究室を少し掃除し、同じ研究科の先生たちと、夕食兼打ち合わせ会を終えて帰途についています。

【ご報告】龍谷大学の教授になりました

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・辞令をいただきました 本日 2025年4月1日付で、龍谷大学文学部教授(特任)という立場に就かせていただくことになりました。文学部所属ではありますが、実質的には、7年前まで「実習助手」として勤めていた「大学院実践真宗学研究科」( https://www.let.ryukoku.ac.jp/practical_shin/ )を中心に大学院生の研究指導や、講義を行うことになります。(学部対象の講義も少し担当します) 特任教員という立場で、主として、教育活動(研究指導、演習や講義)と研究活動(自分の研究)を中心にさせていただくような立場と理解しています。現状の西正寺の住職としての立場、務めを守りながら、兼ねて大学に出させていただくような形になります。 ・研究室もあります  深草キャンパスでの辞令交付式のあと、主な勤務地になる大宮キャンパスに移動し、研究室のカギを受け取りました。  研究室は、大宮キャンパスの清風館の3階、303号室になりました。  写真のとおり、まだすっからかんのがらんどうです。  ・2024年度で退かせていただいた立場。  ご縁をいただいて再び母校に教員として、しかも昨年まで予想もしていなかった立場で復帰することになりました。学問研究ならびに諸活動でお世話になり、お育ていただいただいたみなさんのおかげと、関係のみなさまに感謝申し上げるばかりです。  主たる仕事は、西正寺の住職ということになりますが、並行してこの龍谷大学での教員生活をさせていただくということになりそうです。  それにあたって、昨年度3月までつかせていただいたお仕事もいくつか身を引かせていただくことになりました。   ・尼崎市教育委員(2021年度~2024年度)  ちょうど任期満了となり3月で退任させていただく運びとなりました。      ・相愛大学非常勤講師(2012年~2014年度、2019年度~2024年度)   ・園田学園女子大学非常勤講師(2019年度~2024年度)   ・NHK文化センター梅田教室 講師(2009年度~2024年度)   ・浄土真宗本願寺派布教使課程専任講師(2020年度~2024年度)  以上の講師のお仕事もこの3月で退任させていただきました。 いずれも貴重な経験をさせていただく環境ばかりでした。(本願寺派布教使課程については、担当していた講義のい...

教育委員を終えるにあたって 

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2025年3月までの任期をもって教育委員を退くことになりました。 思えばこの4年間は、教育行政の中に入って仕事をさせていただき、教育行政や市の制度を単に市民生活をしているだけでは見ることのできない角度から見聞きさせていただいた、得難い経験や学びをさせていただく4年間でした。 4年間、種々の課題や困難があった中に、教育委員ならびに事務局を導いてくださった教育長、またともに仕事をしてくださった3名の教育委員のみなさまには、それぞれの立場から意見を交わし、審議を重ねる時間を持たせていただきました。また、市教委事務局の職員のみなさん、学校現場の先生・教職員の方々、社会教育施設の職員の方々にも大変お世話になりました。教職員のみなさんが、日々、尼崎の教育・教育行政のためにご精励くださっていたことを直接的に、あるいは(報告や連絡などを通して)間接的に触れる日々でした。関わってくださったみなさんにお礼・感謝申し上げます。 法律・制度の建付けがそのようになっているのですが、「素人の市民」(レイマン)が教育委員としてお仕事をさせていただいたわけです。わからないことが多く、自分なりに努力や勉強しながらのお仕事でした。大きな責任・立場を与えていただいていましたが、実際は事務局のみなさんに前面に出ていただき、それによってお仕事がさせていただけていたというところが実際で、 (会議で審議・承認をするというのが仕事でもあるので、そのような形にならざるを得ない部分もあるのですが) 現実的には会議の場面で、口だけ・いうだけのような関与になってしまうことでもあり、種々ご迷惑をおかけしたこともあったかと思います。 その中でも、自分なりに与えられた責任や仕事の果たし方を自問しながら、誠実に努めるように心がけていました。ああすればよかった、こうした方がよかったのではないか等の「反省」はありますが、大きな「後悔」のようなものは持たずに、最後の委員会の場に立てているような思いでした。 4年間でわかってきたこと、理解できたことも増え、また感じている課題、積み残しているものを感じている中で身を引くことになったことは、残念な思いはありますが、私自身が考えていたこと、思いや課題感、意見は絶えず委員会で発言する機会をいただき、そちらでコメントしていましたし、また事務局のみなさんと意見交換をすることもできていました。それらを...

最後の教育委員会定例会でした(3月31日付で退任します)

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3月24日(月)教育委員会定例会があり、出席しました。 定例会は月に一度の定例の会議。年度末の3月は、人事や体制・制度の変更等決定事項が多々あり、毎週のように会議が開催されていました。(臨時会が、3月は、10日、17日、21日に臨時会、24日に定例会というスケジュールでした) この日も、来年度の人事の体制や新設の施設ができることに関して、体制について書かれた規則や予算執行についての制度の変更について提案・審議・承認が行われました。 (そして、無事すべて承認されました) この日の、会議はすこし感慨深いものがありました。 2021年4月から一期4年の任期の最後の会議でした。 会の最後には、同じく退任される白畑教育長、異動になる次長方とともに、一言挨拶をさせていただく時間をいただきました。 ※当日あいさつしたことに、追記・補足して以下の記事に挙げています。 (原稿をつくっていたわけではありませんので、記憶をもとに書き出し、補足しています)  「教育委員を終えるにあたって」 https://ryogo1977.blogspot.com/2025/03/blog-post_26.html 思えば、貴重な経験ができた4年間でした。 市の事、行政の事、教育の事、そして市役所・教育現場で働いているみなさんに接し、学ばせていただくような期間でした。本当に貴重な経験をさせていただきました。 最後に、花束まで頂戴し、皆さんと記念撮影をさせていただきました。

AIが確定申告の小説を書いた。

確定申告がおわったので、チャットGPTと確定申告について話しているうちに、小説を作成してもらうと、以下のようなものが出来上がった。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・  ※ 以下は、AIが作成した小説です。 ※ 主人公の「なかひら」は架空の人物です。内容も架空です。 タイトル: 申告の迷宮 確定申告の季節が来ると、なかひらは毎年、不思議な世界へと迷い込む。いや、彼の部屋は確かに六畳一間のアパートなのだが、確定申告の書類を広げた瞬間、空間が歪み、重力が変わり、あらゆる論理が破綻し始めるのだった。 「所得の区分を証明する書類を提出してください」とパソコン画面が告げる。なかひらはレシートの山に手を伸ばすが、それらはすべて空白の紙になっている。焦って引き出しを開けると、中には『確定申告における無限回廊』と題された哲学書がぎっしり詰まっていた。表紙には「収入と控除の相対性について」という副題があり、ページをめくると、「申告とは、存在を証明する試みである」とだけ書かれていた。 「扶養控除……? 扶養……? 誰が誰を扶養しているんだ?」 彼の混乱に呼応するように、確定申告書類の数字が勝手に増減し始める。「収入:3,500,000円」と記載したはずが、次に見ると「-98,000円」になっていた。 「負の収入? 俺は存在自体を控除されているのか?」 彼は書類をめくるが、どのページにも見慣れた数字がない。代わりに「あなたは昨年度、存在していませんでした」と記された欄を見つけ、思わずのけぞる。部屋の隅で影のように揺れる未提出の申告書が、無言で彼を見つめている。 混乱しながらも、彼は意を決して税務署へと向かう。だが、税務署の建物は延々とループする回廊になっており、どの窓口へ行っても「こちらでは対応しておりません」の札がぶら下がっている。薄暗い廊下の奥には無数の扉が並び、それぞれに「還付申請」「控除審査」「失われた領収書」などと書かれているが、扉を開けるたびに元の場所に戻される。天井には巨大な計算機のような装置が回転し続け、一定のリズムで「修正申告」の文字が点滅している。 待合室には無数の人々が座っているが、彼らは皆、数字の羅列になっていた。「私は平成26年度の住民税控除です」「私は特定医療費控除の亡霊です」と囁きながら、薄れていく。 やがてなかひらは、...

いい葬儀とは… 直葬的なご相談から…

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あかちゃんにあった のと同じ日。 1件のご葬儀をお勤めしていました。 先日、友人のお母さんから「友人のご主人がなくなって相談したい」と連絡があり、そこからお寺にお連れいただいたのが喪主さんである奥さん。 一緒にお越しになった息子さんと奥さんとご相談しました。 当初のご相談は「火葬場でお勤めをしてほしい」というもの。 もう、お葬式もしないで簡素に送りたいと思っていたけれど、「それではやはり…」とおもって、せめて火葬の前にお勤めをというようなことで、ご相談にお越しになったということでした。 お話をしていくうちに、それならと「今ご遺体がある安置所を出られる前にもお勤めに行きますよ。」(いわゆる出棺勤行)とご提案すると、喜んでいただけて、出棺前と、火葬場で短いお勤めをさせていただくということに。  (余録:ご相談のなかで、「法名」のことや、葬儀に関する事柄のいわれ/本来の意味などをお話しすると、「そういうことだったんですか。なるほど…」等と、とても理解いただけたような印象。なんとなく形でなぞっているだけでは、こういう納得はなかなかできないので、本当は落ち着いて、こうやってお話しする機会が大事なんだろうなぁと気づかせてもらえるような機会でもありました) その後、ご家族や葬儀社とやり取りをするなかでご家族のご希望は、「霊安室でご葬儀的なお勤めをする」ということがわかってきて、限られた時間の中でご家族、親戚がお集まりになる中で、ご葬儀的なお勤めをすることになりました。 このご葬儀が西正寺としては初めてのご縁。またお勤めの時間的にも普段の葬儀の半分くらい。また葬儀社さんがしつらえてくださったとはいえ霊安室でのお勤めで、決して「美しい」「莊嚴な」雰囲気のあるホールではないというような状況でした。しかしご相談かさねて、どんな思いでご葬儀に臨まれているか、ご家族のお人柄等知られたこともたくさんあったからか、ご家族のみなさんの儀式のお心持ちを感じながら、また出棺前のお勤めの後にご法話もしっかりと心を傾けてきいていただけるような形でできたような感覚がありました。  斎場でお勤めのあと、大変ありがたい感謝のお言葉をいただき、車で斎場を出発するまで、ご家族のみなさんからお見送りまでいただいてしまいました。汗 チャットGPTで、直葬のイメージを生成してみたもの。 何度か修正やコメントを入れてみると...

赤ちゃん生まれた

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祥月命日のお参り。 先年結婚された息子さんご夫婦に赤ちゃんが生まれてらっしゃって、一緒にお参り。 お勤めの間にすやすや。 「抱っこしてください」と言ってもらえて、喜んで抱っこして、写真を撮ってもらいました。 この赤ちゃんのお父さんは、最初の頃の「はなまつり」に、小学校時代に来てくれていた男の子。大きくなって、結婚されて、お子さんが生まれるまでに。 時間の流れを改めて感じずにはいられません。 また、世代を超えて、こうやってつながっていけるというのも、寺の住職をしていてとてもうれしいことの一つ。 それが難しくなってきた昨今。「点」ではなく「線」としてあるつながりの形をつづけていくにはどうしたらいいのかなぁという課題もあるなぁと書きながら思いいたる。

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