2006年8月30日水曜日

阿弥陀如来

 阿弥陀如来という仏さまは、全ての衆生を見捨てずにすくい取ろうという願いを立てられた仏さまです。

 阿弥陀如来という仏さまの放つ、慈悲の光明は、いつでも、どこでも、全ての衆生を照らしているのです。煩悩によって見ることが出来ないけれども、常に、照らし続けているのです。





 

 知っている人にとっては、なんだそんなことか、ということかもしれません。

 けれども、その「当たり前」のことが、一番大事なことではなかろうかと。



 その如来のすばらしさは、「知っている」という世界にいる人たちにとっては当たり前のことでありながら、それを聞いたことのない人には、素晴らしい魅力を持っているのではないだろうか。

 その素晴らしい魅力があるのに、もしかしたら、「さもありがたそうな、大したことのない魅力」を一生懸命探していたのかもしれない。





 自分たちが当たり前に感じて見落としているなかにある「すばらしさ」を、もう一度見直すことも大事ではないかと、最近ちょっと思うのです。

0 件のコメント:

コメントを投稿

「宗教」・「カルト」を扱う講義をするので

今日の龍谷大学文学部で担当している「伝道学特殊講義」(学部3・4回生対象)は、講義で指定しているテキスト 『基礎ゼミ宗教学(第2版)』 。今回は、第9章の「カルト問題」にどう向き合うか?―カルト、偽装勧誘、マインド・コントロール」を扱う予定。  数年前に大阪大学が、大学としてのカ...