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多田修先生から ご著書『素朴な疑問だけど なかなか教えてもらえない仏教の話』を頂戴しました。

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大学の研究室に届きました。 多田修先生から ご著書『素朴な疑問だけど なかなか教えてもらえない仏教の話』を頂戴しました。 『築地本願寺新報』に掲載されていたものを加筆修正され、出版されたとのことです。 目次を抜粋すると ・はじめに~子どものころからの疑問 (1)仏教は地動説をどう考える? (2)仏さまと神さまはどう違う? 【コラム】仏も神も同じ? (3)漢字だらけのお経を読むのは何のため? 【コラム】大乗経典は誰の説? (4)お寺にお墓があるのはなぜ? 【コラム】仏塔=墓地の塔婆=墓石? 【コラム】お墓へのお供えの食べ物 (5)人は死ぬとどこへ行く? 【コラム】生者の近くにとどまる死者 ・あとがき ・参考文献 となっています。一般の方も関心をもたれそうな興味深い目次立てですね。 拝読して、勉強させていただきたいと思います。  

「謝罪」や「撤回」についての雑感

 世の中では「撤回」とか「謝罪」というのが話題になっているようですが。 「撤回」して、「謝罪」したので、その発言したことや、やってしまったことが、なかったことになる、というのではないのです。 撤回し、謝罪しなけれなばらないほどのことをした、ということを表明するのがその行為(撤回や謝罪)であって、撤回や謝罪は、それをしたから「チャラ」になるというのではないはずなのです。 政治家や、立場ある人が、撤回や謝罪しなければならない行為をしたということに対して、撤回や謝罪で済まされることもたしかにあるかもしれません。しかし、多くの場合は、そうではなくむしろ、撤回や謝罪しなければならないことをしたということで、撤回や謝罪をしたうえで、しかるべき責任を取り方を示す、ということが必要なはずなのです。 にもかかわらず、事態を矮小化した方が勝ち、という世情に悲しい気持ちにならずにはいられない今日この頃です。

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