投稿

書かないと書かないので、書けるときだけでも書くことに

とりあえず、娘の顔は2日と開けずに見るようにはしています。 日に日に変わっていきます。 ここ数日、女の子らしい表情もするようになったような・・・欲目? 仕事がたまってしまって。 やらねばならないことが目白押し・・・。 疲労らしい疲労を感じるようにもなりました。 年のせい? とりあえず、今年度一週間で一番大変な月曜日を乗り切って、 今週もすこしほっとしています。 (講義が2コマもあるのです。そしてなかなか思うようにはいきません) 来週はもうすこし、準備に余裕を持ったスケジュールを組めるようにしないといけません。

娘。

さて、今月15日日曜日、午前8:32。 わが家に、娘が生まれてくれました。 ちっちゃな、ちっちゃな赤ちゃんが生まれてくれました。 なりゆきというか、流れに身をまかせていたら、 出産にも立ち会うことができました。 母親はすごいなぁと感じました。 生まれてきた、赤ちゃんの力もすごいなぁと感じました。 男親は、不思議な気持ちで立ちすくんでいます。 刻々と変わる、赤ちゃんの顔を、ただ、ただ眺めています。 ご報告させていただいた方々から、お祝いの言葉をたくさんいただきました。 ありがとうございます。 赤ん坊の顔と、みなさんの言葉と、奥さんのがんばりで、 僕は力をもらったような気持ちです。

これまでを振り返り。

しばらく更新していませんでした。 おかげさまで、いろいろと忙しくしていました。 目の前の仕事と、講義の準備(これは思うようにできず準備不足で向かうことまま。申し訳ない)と、 そのほかいろんなことで、いっぱいいっぱいだったのだと思います。 なかなか仕事を整理して、片付けていくことができません。 いろいろと身の回りで大きな変化が起きました。 地道に一つずつ片付けて、 積み上げて、また今後に向けて準備していきたいと思います。

講義前夜

明日から、今年度の講義が始まる。 今年は新たなチャレンジをさせてもらうことに。 一日2コマ、違う講義を担当する。 しかも、違う学舎で。相変わらずの自転車操業。 とりあえず、一回目はオリエンテーション。 でもオリエンテーションがしっかりしていないと、後で講義が荒れかねない。 昨日とあるイベントでお会いした人たちにメールを送ったり、 雑用を片付けたりして過ごした昼。 TVを眺めながら、 PCでカチャカチャレジュメを作っていた夜。 だんだん眠くなってくる・・・。 明日に備えて、はやく片付けて寝よう・・・。

新年度

新しい年度が始まり、はや一週間。 予定されていたスケジュールをこなすのに精一杯。 四月二日。 西正寺の花まつりを開催。 二十数名の子どもさんたちと、過ごす。 余裕なく、始まってしまえば、流れに流されて終わったような感覚。 もっと余裕を持ってやれるように、お手伝いの人を頼まないといけないかなぁ…と思う。 ここ数日。 すべきこともたくさんあるのに、ちょっと散漫な集中力。 講義の準備とかもしないといけないのに、ねぇ。

永代経一日目

自坊・西正寺の春の永代経法要。 今年は、3月23日、24日の両日勤まる。今日は第一日目。 御講師は、伊東順浩 師。 遠く、山口県宇部より、お越しいただく。 丁寧な、暖かいお取り次ぎで、御法話をいただく。 法要後、先生と夕食をご一緒する。 お寺のこと、法座のこと、いろいろとお話しさせていただく。 御法話といい、会食の話といい、 いろいろと勉強させていただける、刺激的な一日。 来ていていただいてよかったと思う。 明日も、一日お取り次ぎいただく。 伊東先生のお寺のホームページ http://renkoji.rexw.jp/index.html こちらにも、御法話が掲載されているので、ぜひぜひごらんされたし。

正覚寺さま彼岸会法要

平成23年3月21日(月) 今日は、新大阪近くの正覚寺さまにて、彼岸会のご縁をいただいて、法話に参上。 去年、一昨年につづいて、三年連続でご縁をいただいている。 寄せていただくたびに、楽しい雰囲気のあるお寺で楽しい。 ご住職ご家族一同、みなさま明るくて楽しいお寺。 寺族の雰囲気が、お参りのみなさんの雰囲気も、お寺全体の雰囲気も作っているようにも思われる。 今回は、お彼岸ももちろん、先般の地震についてもすこしふれてお取り次ぎさせていただく。 親鸞聖人のご消息に次のような言葉がある。 地震のことを振り返って、ふと思い返された。 「なによりも、去年・今年、老少男女おほくのひとびとの、死にあひて候ふらんことこそ、あはれに候へ。ただし生死無常のことわり、くはしく如来の説きおかせおはしまして候ふうへは、おどろきおぼしめすべからず候ふ。」(『親鸞聖人御消息』) わたしたちは、どのようなことにであうかわからない人生を生きている。なにがおこるかわからない、どのような不幸に出あうかわからない。どのような苦しみに出あうかわからない。 そのような人生を歩んでいるのだ「生死無常のことわり」を、お釈迦様は説かれていた。 今回の地震、信じられないようなことで、とても受け入れらないようなことで・・・。 でも、お釈迦様は、そんなことがおこる人生だよ、とすでに説かれていたのだ。

広告A