2010年8月20日金曜日

後ろ姿で

昨日の研究所の朝礼。
先輩が当番。お盆参りでこんなことがあったとお話しされた。

とあるおうちで、(お経の)お勤めが終わった後、御門徒さんがこんな話をされたとか。

御門徒:「若院さん、(地元に)帰ってこられたら、土日に法座をしないと行けませんよ」
先輩:「やはり、お休みの日でないとお参り来られないですよね」

御門徒:「それもあるけれど、平日に法座をしたら、家にだれもいないでしょ。家にいないと、その家の人が、おじいさんおばあさんがお参りに行っていても、そのことを知らないかもしれない。日曜日なら、家族の人が家にいて、その人がお参りに行って,帰ってくる姿を見ている。平日だと、せっかくお参りされていても、家の人が「その人がお参りをしている」ということさえ、知らないかもしれない。」
大切にお参りされていても、その大切にしていると言うことが伝わらないかもしれない。
あるいは、直接お参りに来られなかったとしても、家の人がお参りに足繁く通われている姿を見て、後のものがその姿から学ぶ者があるということを教えられた気持ちになる。

御門徒:「お葬式の時に、父・母が亡くなったらみんな涙を流している。大切な人が大切にしていたことであれば、後の者も大切にするはず。」

先輩は、家に帰って、父のご住職とこの話をして、日曜の法座について話をしたそうです。

お参りに来る人だけではなく、お参りに来ていない人さえも、視野に入れた尊い示唆に満ちた話だと思った。

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