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10月, 2010の投稿を表示しています

インターネット・ミュージアム

internet museum http://www.museum.or.jp/ 博物館・美術館などで開催されている展示・イベントを検索できる。 調べてみると、こんな便利なサイトがありました。 これで、ちょくちょくチェックしておけば、終わってから「そんな魅力的な展示があったとは!」なんて 後悔も減少? http://www.museum.or.jp/

悪くないけど謝ってみる

お参り途中のできごと ゆっくりと自転車をこいでいて、車の通らない、住宅街の十字路にさしかかった時。 曲がり角を、急スピードで、年配のおじさんが乗った自転車が飛び出してきた。 お互いに急ブレーキをかけて、何とかぶつからずに済む。 こっちはのんびりこいでいるのだから、見通しの悪い交差点を、スピードを出して 飛び出してきたおじさんが悪いのだ。(たぶん客観的にも) でも、謝らない。お互い数秒の沈黙。 謝ったら負けとか言われるんだろうなぁとか思いつつも、 あえてカドを立てずにやっておこうという自分のチョイス。 「すいません」と軽く手を挙げて声を掛ける。 すると、「こっちこそすんません」とおじさんが言う。 それでその場はカドの無くなった空気が流れて、 お互い別々の方向へと自転車をこぎ出していった。 たぶん、「なにしてんねん」とか「あぶないやろ」とか、 相手を責めたら、とげとげしい空気になって、そのあとしばらく 気分悪く過ごしたことになったんだろうなぁ・・・。 とりあえず、折れて丸くいくなら、ちょっと我慢と勇気がいるけれど、 それでいいんじゃないかな。 アメリカでは「謝ったら裁判の時に負けるから謝ってはいけない」とかいわれるそうだけれど、 日本には、お互いにスイマセンというだけで、丸く収まって気分も悪くならないという場面も まだ残っているんではないかなと思う。

『日経PC21』 12月号

興味深い記事 ●「位牌を映す「デジタル仏壇」上位版は独居老人対策も万全」 記事によれば、デジタルフォトフレームを「デジタル仏壇」として、販売している会社があるという。 長野県松本のデザイン計画という会社らしい。11月に発売予定で、当初300台、年間5000台をの販売を見込んでいるとか。気になる価格は、135,000円から180,000円だそうだ。 記事本文には、「お寺や、葬儀社、仏壇・仏具店の反応は、「デジタル化もここまで来たか」と驚きと同時に好意的に受け止められており、ブームに火がつく兆しはある」って…本当か!? 個人的には、なんだかなぁという感じ。どうなんだろう? 儀礼(とそれに関わる「仏壇」・「位牌」なんか)と「デジタル」ってのは、いまいち相性がよくないように思うんだけど…。 ちなみにググってみた結果、ヒットしたか関連サイトは、以下のようなものが・・・ http://www.digital-butsudan.jp/ http://gigazine.net/index.php?/news/comments/20100729_digital_butsudan/ ●エクセル関数で「VLOOKUP」を使おうというもの 同じ内容を紹介する記事が別コーナーで二つかぶっているんじゃないか? でもまあ、知らない機能で、使ってみたいと思える興味深いものだったので、OK。 理解と習得には、実際にやってみながら、もうちょっとかかりそう・・・。 ●パソコンの高速化。 よくあるテーマだけれど、興味深かったのは、立ち上げ時に常駐ソフトの起動のタイミングを変えるというもの。 フリーソフトを使った技術。

睡眠確保

ここ二日、12時には寝るようにしていると、体調が結構よい。 やはり、睡眠時間が大切なのか。 頭の中もすっきり整理できているような・・・。 一日の仕事量は限られているので、できない分はあきらめて翌日にまわすべし。 というのを心がけるべきか。 『日経PC21』12月号を読む。 愛機「レッツノート」もそろそろ限界が近づいている。 HDDの交換なんかにも挑戦してみるかと思案中。 とりあえずは、起動時の設定をいじってみることに。

調査10/10/25

今日は、滋賀県彦根へ梵音具(おもに釣り鐘)調査。 午前・午後一件ずつ。計二件のお寺へ。 一件目は、彦根の城下町にある浄土真宗の大きなお寺。 山門でもある鐘楼門が特徴的。 釣り鐘一口を見せていただく。 二件目は、有名な某怪談話とゆかりのある真言宗寺院。 釣り鐘一口、鰐口を四口見せていただく。 めずらしく「大正時代」の年記があるものがあった。 調査中、例の「ひこにゃんグッズ」を多く並べているお土産物屋さんに入る。 ところが、「ひこにゃん」ではなく、「ひこねのよいにゃんこ」グッズだそうだ。 同じ作者が作ったものでありながら、版権の都合などで、「ひこにゃん」ではなく、 「ひこねのよいにゃんこ」だそうだ。 コメントは控えたいが、いろいろと大変そう。 ヤフーのコメント欄には、こんな質問も http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1024436885 権利が絡むとややこしい。

『日経ビジネス・アソシエ』11/2,11/16合併号

「スティーブ・ジョブズ(AppleのCEO)についての記事 ●「日本人がジョブズになれない最大の理由は、衝突や失敗を恐れるあまり、予定調和的、責任回避的な発言が多すぎるからだ ●「日本人が言い訳や責任回避のために使う典型的な表現が「We should(わたしたちはすべき)」。使命感あふれるように聞こえるが、ここでのWeは社会や顧客ではなく、会社や所属組織など内向きに使われがち。「ジョブズ流を目指すなら、「すべき」ではなく「I want(私はこうしたい)」と言うことが第一歩」

人前でおはなし。

ブログの更新もいつも通り・・・滞る。 今週は、金曜日にNHKのカルチャーセンターの教室に出講。 今日日曜日は、「中央仏教学院」の京都の集いに出講。 いずれも、「あれでよかったのかどうか?」の思案を繰り返すのです。 むしろ、話せば話すほど、後悔と慚愧がわき起こる。 話しすぎたのではないかという基本的な事柄から、 いったい何を伝えるべきであったのかという本質的な問題まで。 考えても、考えても答えは出せず、 その場その場で、最善と思われる一手を打つのみ。 いや、最善手と確信が持てればいいのだけれど、最善かどうかの決めても見いだせず、あがいているような感じ。 ところで、最近のMYトピックは、内田樹センセイが提言されるような教育論について。 学びとはなにか、いま子供や若者が、学ばなかったり、働かなかったりしているのはどういうわけか。 「なぜ勉強しないといけないのか?」「なぜ働かなければならないのか?」 そんな問いを臆面もなく提示できる感覚は、どのような思想(あえていう)に、裏打ちされているのか。 (内田先生は、「消費者」の論理、「買い手」の論理というようなことをおっしゃる) 一連の提言と、結論は、仏教、浄土真宗を学ぶ上で非常に示唆深いだけではなく、 「他力」や「信」を考える場合にも、一定の示唆を与えてくれるものののように思っている。 金曜・日曜の講義に際して、ちょっと蛇足的になってしまっていたけれども、ご紹介していました。

鷲田清一・内田樹・釈徹宗・平松邦夫『おせっかい教育論』

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鷲田清一・内田樹・釈徹宗・平松邦夫『おせっかい教育論』 うちの奥さんが「本屋で見たよ」と話をしていた数日後、本屋で見かけて、ついつい買ってしまった本。 第一印象は、やっぱり「すごい(魅力的な)メンバーだなぁ」と。 むずかしくないし、いろいろと考えさせられるので、だれにでも、オススメできる一冊。 そういえば、先日も相愛大学で「人文学の挑戦」という魅力的なシンポジウムがあった。 事前申し込みが必要で、600人定員で3倍ほどの申し込みがあったとかで、まぁ結局いけなかった訳ですが、内田先生・釈先生あたりが繰り広げる主張が、それだけの人に魅力的に受け止められているって事なんでしょうねぇ。 実際、ここに買っている人がいるし…。 内容はといえば、 大阪に立ち上がった「ナカノシマ大学」のキック・オフセミナーという名のシンポジウムと、 後日行われた第二弾の座談会が中心。そして、それを挟む形で、四氏が文章を執筆しているというもの。 市民・地域が学びの場を設けることの意味から始まり、学ぶとなにか、「教育」とはなにか、幅広いテーマで、あれこれ話されている内容。 変に絶対的(だと思うような)な尺度を持ったり、あるいは人との関わりを人為的にコントロールしていくことこそが、教育の場面においては問題ではないかとも考えさせられる。 そういえば、「変わったやつだなぁ」といわれることが、結構うれしくて、自分もそれでいいとおもっていたのに、いつからかまじめな、安定的な人間になることを志向しているなぁとも自分を省みる。 座談会の最後、内田先生の言葉 「人間がどうやったらその生きる知恵と力を高めてゆくのか、という方法についてははっきりしたマニュアルや、ガイドラインがあるわけじゃない。ひとりひとりの経験値と直感に頼るしかない。だからこうやっておじさんたちが集まって、ああでもないこうでもないとがやがややって、さっぱり結論がでませんでした、というのがわりと健全なんじゃないかと思いますけどね。」

hard work or over work

仕事が滞留する。 消化しきれないTODOリスト。とりあえず、すぐできるものは、とっとと処理。 いったん、すべきことをすべてをクリアにしたいと思うけれど、なかなか終わらないのはなぜかしらん。 依頼を受けた講義も、いくつかあるけれど思うように準備ができず、 準備ができないと言うことは、手持ちの材料でを再調理するのみにとどまると言うことで。 人に話すことをモチベーションに、新しい知見をどんどんと自分のなかに放り込んでみたいと思うけれど 思うようにいかず。 あっという間に、一日の終わりを迎えるここ最近。 いかんなぁ。

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