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2月, 2019の投稿を表示しています

僧侶でしかないので

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おそらくネットでしか、僕のことを知らないであろう人に、 なにをめざしているのか、どうなりたいのか、わかんないよって言われたんですが、僕もわかりません。笑(おそらくニュアンスは批判的なそれだったと思うのですが) 僕は、尼崎にいる一人の「お坊さん」であり、仏教研究をしてきた人間である、という思いはあります。その名と名乗りに見あうように近づきたいという思いはありますが、それ以外のなにかになろうとか、名のりを得ようという思いはないのだなあと思います。(その問いをもらって明確に言語化できたように思います) セクシュアリティの多様性にも関心を向けています。地域の福祉や、身心の「しょうがい」や、国際的な課題にも関心をもち、関わることが増えてきました。ただ、それは友人が取り組んでいるテーマであったり、課題であったりすることのお手伝いや、なにか助けができればという思いであって、僕自身はその専門家や活動家ではないし、なりたいとおもっているわけではありません。 学校の先生が、「障がい」や「福祉」について語ってもその専門家ではなく「学校の先生」であるように、 企業で「人権」や「憲法」についての研修会や行事を開催してもその専門家や活動家といわれることがなく、「会社員」や、その職の「職員」であるように。 お寺でいろいろなことをしている(と言われる)けれども、 これは、僕は地域の僧侶として、あるいは仏教研究に関わっているものとして、宗教者の実践に関心を向けてそのあり方を模索している者として、「できること」「やりたいこと」をやっているにすぎないと思っています。  むしろある意味で、僕は(もちろん自分の行為や発言・活動に対しての責任を引き受けながら)ある種の素人や門外漢としてそこにかかわることの意味もあるだろうとも思ってはいます。もし僕のしていることや関心をむけていることが、「専門家」や「活動家」だけの領域にとどまるのならば、その思いや理念、問題意識は、限定的に共有されるものにしかならないだろうから。  (心ある)専門家や専門の活動家の邪魔をしない範囲で、素人でお手伝いできること、あるいは自分の立場でできることを見つけながら関与していくこと、専門家でもないにも関わらず「お寺」だから、「僧侶」だからできることが少なからずあるのではないかという思いはもっています。  ...

190224_ひとまちてらこやvol.03 尼崎城盛り上げ隊(あまが咲さん)とインバウンドのおもてなしについて考えよう~ムスリマのリカさん篇

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2月24日日曜日の19時から「ひとまちてらこやvol.03 尼崎城盛り上げ隊(あまが咲さん)とインバウンドのおもてなしについて考えよう~ムスリマのリカさん篇」を開催しました。 昨年あたりから、尼崎地域で活動をされている「尼崎城盛り上げ隊」のあまが咲さんと、その友人のイスラム教徒であるガフール・里歌さんがお話にきてくださいました。 当日は、10名の参加者。主催と話し手を加えて13名で場をもちました。 参加者のみなさんの自己紹介と参加動機を聞いていくと、 ・「尼崎城盛り上げ隊」やインバウンドに関心がある方、 ・主催、講師のつながり、疑問 ・尼崎、尼崎城への関心 ・あまが咲への関心 等、多様な思いや期待であつまってくださっていました。 最初、尼崎城盛り上げ隊の活動と「あまが咲」さんについて、あまが咲さんから紹介とお話がありました。尼崎城ができるということを聞いて、それおもしろいやんと、盛り上げにできることを考えた結果、「本名」を消し、「尼崎城盛り上げ隊」を結成。それらがすべて、深遠な計画にもとづいたものであるとか、ないとか・・・。 ただ、尼崎城関連の取り組みの中で、外国からの観光客を誘致し、楽しんでもらう際に、大手の業者や、関連団体によって実際に行われた取り組みにさまざまな課題があることを感じたそうです。そこで、今回友人でもあるイスラム教信者のガフール・里歌さんをお連れ下さり、イスラムの信仰、文化、生活についてお話してもらおうと思ったという経緯が紹介されました。

190219 ひとまちてらこやvol.02「婚活に疲れた私は、婚活イベントを企画してみることにした。」

2月19日「ひとまちてらこやvol.02」「婚活に疲れた私は、婚活イベントを企画してみることにした。」を開催しました。 ご参加いただいたみなさま、ありがとうございました。参加者は6名、主催・講師合わせて8名の開催となりました。 今回は、講師の「きしかわ」さんから、これまで経験してきた婚活のアレコレ、体験談や所感もふくめてお話いただきました。婚活や、であい系のイベントには、いろいろなであい方や、アプローチの仕方があるのだと分かりました。  名前の付け方や、企画の仕方で、「婚活」のアプローチ(まず知り合ってみる~最初から結婚前提のアプローチ)まで、色合いがことなってくるということも見えてきたようです。  主催の中平が途中「中平さん、きいてます?」といわれたのは、手元に紙がなく、スマホでメモを取っていたからなのですが、そのメモしていた「質問しよう」とおもっていたことを聞き忘れていたことを、朝思い出しました。(笑)  婚活イベントには、参加者にもたらされる「安心感」とか、そのための「ルール」があるのだそうです。その安心感はなにによってもたらされるのかなぁ、どのように醸し出すのかなぁ、ということ、そのための具体的なルールはどのようなものがあるのだろうか、ということを聞きそびれてしまいました。  またお会いしたときに聞いてみたいと思います。^^  昨日はありがとうございましたー。

190218_イベントミーティング2連発(大江戸ブギウギ、カリー寺)

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17:00から大江戸ブギウギ( https://www.facebook.com/events/2017015598361681/ )のミーティング 19:00からカリー寺2019( http://currytemple.strikingly.com/ )のミーティング きっちり2時間づつしたので、4時間ぶっつづけて話し合いをしたのだけれど、 退屈したり、集中力が決定的に切れてしまうこともなく、楽しく続けていけたのが印象的だった。 ■大江戸ブギウギ 大江戸ブギウギ( https://www.facebook.com/events/2017015598361681/ )は、2019年3月31日に西正寺を会場に開催される、伝統・文化・多様性をキーワードにしたイベント。主催は、「大江戸ブギウギ実行委員会」となっており、僕やさまざまなメンバーが入っているけれど、中心は、着物の着付け、着物の等の染色の職人を主な営みとされている方たちの発案の企画。  単に伝統を墨守するだけではなく、伝統の精神を引き継ぎ、アレンジ・チャレンジを試みている人たちと織りなす場を模索したいという様な思いからはじまったものと認識している。    主催のKさんは、なれない段取りや準備に大変な思いをしているけれども、いつも前向きに、起こる出来事を一つひとつ、「あぁ、そうかぁ」といいながら糧にしようとしている姿が印象的。  チラシもできあがりつつあり、本格的な広報がはじまります。  みなさん、どうぞよろしくおねがいします。 ■カリー寺  引き続き、そのまま本堂でカリー寺のミーティング。  ぞくぞくとこの日は20人ほどのメンバーが、西正寺の本堂にあつまった。  このミーティングは、関わるメンバーの熱量や、楽しさが異常なほどあって、関わる事自体がとてもうれしくなる。  この日は、いつものように仕事を終えて参加してくれたメンバー、予定を調整して参加してくれているメンバー、毎回「ミーティングの日は休暇を取り、カレーを食べてミーティングに臨む」というちょっと熱量が高すぎるんじゃないかというメンバー(笑)、別の用事相談にきたままミーティングに座っているというゲスト(なんと呉から!)、楽しそうだから参加してみたいと思ってきたというおためしさん。  今回は、企画や出演者をどの...

190215Mさんと将棋を指した日

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2月15日(金) 脳性マヒで電動車いすにのっているMさんと将棋をする約束をしていた。 Mさんとは、ミーツ・ザ・福祉( http://meetsthefukushi.strikingly.com/ )というイベントの実行委員・コアメンバーとして一緒に活動するなかで知り合った。 若い女性のメンバーが、Mさんと将棋をしたという話をしてくれて、僕もやりたいと声をあげた。日程調整のやりとりのなか、Mさんが「お寺でやりたい」といい、じゃあということで今日になった。(やりとりは、ヘルパーのKさんが間にはいって、メッセンジャーでした) 数日前から、楽しみでしかたなかった。 先日あった別のイベント「おふろバー」にも将棋盤をもっていっていた。 午前のお参りの仕事を終え、事務仕事をして、約束の時間の数十分前になって、お迎えの準備をし始めた。やりはじめると、せっかくやるのだからと凝りはじめてしまった。 「対局室の雰囲気を作ろう」と座敷の机を移動させ…。盤はどこにおいて、座布団はどう並べるべきかと思案して、できあがったのが、上の写真のような感じ。  ここまでするのだからと、衣と袴もはいて、MさんとKさんの到着を待つ。 Mさんが「お寺でしたい」といってくれた。そして、わざわざここまで足を運んでくれるというのは、決して簡単なことじゃない。ヘルパーのKさんの力を借りなければいけない。ほかの予定などの都合もつけないといけない。移動の時間も、僕が1人でいくのとはわけがちがう。  ぼくにとっても、ちょっと特別な対局だった。(そもそも、「将棋をしよう」と対局だけの約束をすることなど、滅多にないことでもあった) 15:00約束の時間にMさん到着。 ひととおりの挨拶をしたあと、対局開始。 3局指した。 一局目の終局図。 中盤、飛車道の攻防で推され気味になったが、角交換からの打ち込みで、局面が大きく展開して、押し込み勝利。 二局目の終局図。 五分五分の展開から、終盤Mさんの見落としがあり、一気に1筋。を押し込んで、勝利。 三局目の終局図。 駒損を重ね、さらには王を自由に逃がしてしまう。一方駒損から、分厚い攻撃は防ぎきれずに、粘りも空しく終局・敗戦。 ということで、3番指して、2勝...

190210_カリー寺 カレーパン部活動

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■カレーパン部の活動がはじまっていました。 2016年から毎年7月に開催されている、ご存じカリー寺。 昨年の7月の開催が終わってから、毎月ミーティングをするなど、メンバーの関係や関わりがどんどんと強くなっていっています。  メンバー発案の企画や、活動も活性化しています。   2月10日の日曜日、そんなメンバー発案の取り組み「カレーパン部」の活動が展開されました。カリー寺イベントに関連して、カレーパンを誘致できないか、カレーパンでなんかできないか?。  そんなアイデアを形にするため、メンバーが連絡を取り合って、「神戸」「大阪」「尼崎」のパン屋さんのカレーパンを買い集めて、地域の拠点(シェアハウス・上坂部ハウス)で試食をしようという活動がおこなわれました。  カリー寺住職は、お寺のお参りのお仕事があったため、午後の試食から参加でした。メンバーのみなさんは、逢い引き的な感じで神戸をうろうろしたり、大阪でカレーパンを買いに行く道すがら、ビールやまちあるきも楽しみながらの行程だったようです。 ■カレーパンの試食は楽しい   カレーパンの試食。お店ごとに切り分けて、順番にみんなで試食してみました。食べ比べるというのはとても楽しい作業。 「これは辛さがつよいね」とか「甘さがあるね」とか、「具が大きいね」とか。生地についても「揚げてないね」とか、「おまんじゅうみたいなもっちり生地だね」とか。  食べ比べると、おなじ「カレーパン」でもこんなにもいろいろあるんだなぁということがよく分かって楽しい。  食べながら、お店のカードとパンの写真をとって、コメントを書き取っていきました。 ■イベントが自分のものになっていく  カレーパンを誘致できないかなとか、「じゃあ、カレーパンを食べ比べてみよう」とか、これはなんかの指示とかが働いたり、だれかから言われたわけではなくて、ミーティングやネット上のやりとりでどんどんとアイデアが膨らんで、どんどんと調整や実施が進んで行く感じの中で動いていっていた。そこでは、西正寺でおこった「カリー寺」というイベントが、メンバー自身のものになって、そこで企画を産み出したり、作り上げたりすることが「自分事」として引き受けられて進んでいっていること、イベントとメンバーのつながりがそういう場になっていることについて、とてもうれしい気...

190206_普通を語ろう パート3

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2019年2月6日(水) 「普通を語ろう」(仮)の三回目を開催。 これまでの開催については、以下を参照ください。 「普通を語ろう (仮)2回目」 https://ryogo1977.blogspot.com/2018/09/180912.html 「普通を語ろう」初回 https://ryogo1977.blogspot.com/2018/04/blog-post_81.html 今回は、当日までに「参加する」とリアクションしてくださった方が、主催者2名を含めて5名と少人数になりそうな雰囲気だったので、いつもの本堂ではなく本堂脇の座敷を会場に準備をしていました。 ところが、蓋を開けてみると、総勢10名の参加者に。 これまでとあまりかわらない規模の参加者数になりました。しかしながら、会場は八畳の座敷。ちょっと手狭な感じのある中での開催となりました。 今回のお話の内容は、上の写真のファシグラのような感じです。 (作者は、いつもとおり、共同主催のまるちゃん。今回もお疲れさま、ありがとうございました。)  冒頭、自己紹介で、この会にどうしてきたのかをみなさんに話してもらい、一通り一周。1名の常連さん(過去2回とも参加)の他は、初めてお越しの方7名という構成。 今回は「発達障害」の当事者の立場からの発言があり、その感じていらっしゃる「普通」を聞かせていただくことからハナシが始まるような形になりました。それに対して「同じように思う」と発言されたことがあったが、確認してみると、共感された側は「同じようだ」とは思っていなかったりということもあり、その「差異」も大変興味深く思いました。 (それは、「共感できていなかった」ということではないと思う。「同じように思う」と思われたことはその通りなのだろう。ただ、突き詰めて見たときに、「伝わり切れなさが」が残るということも往々にあることだし、また完全に一致するということもまた珍しいといってよいことなのではないかと思う。トークの場では、「共感」よりも、ある種の当事者性を前提に語られた感覚が、どのように違っているのかで、より具体的に「理解」したいとおもって、差異を浮き彫りにしていくような問いを投げ掛けていた。) 今回の話は、「普通」について、自分と異なる「普通」を抱える人(相手)と...

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