投稿

インターネット・ミュージアム

internet museum http://www.museum.or.jp/ 博物館・美術館などで開催されている展示・イベントを検索できる。 調べてみると、こんな便利なサイトがありました。 これで、ちょくちょくチェックしておけば、終わってから「そんな魅力的な展示があったとは!」なんて 後悔も減少? http://www.museum.or.jp/

悪くないけど謝ってみる

お参り途中のできごと ゆっくりと自転車をこいでいて、車の通らない、住宅街の十字路にさしかかった時。 曲がり角を、急スピードで、年配のおじさんが乗った自転車が飛び出してきた。 お互いに急ブレーキをかけて、何とかぶつからずに済む。 こっちはのんびりこいでいるのだから、見通しの悪い交差点を、スピードを出して 飛び出してきたおじさんが悪いのだ。(たぶん客観的にも) でも、謝らない。お互い数秒の沈黙。 謝ったら負けとか言われるんだろうなぁとか思いつつも、 あえてカドを立てずにやっておこうという自分のチョイス。 「すいません」と軽く手を挙げて声を掛ける。 すると、「こっちこそすんません」とおじさんが言う。 それでその場はカドの無くなった空気が流れて、 お互い別々の方向へと自転車をこぎ出していった。 たぶん、「なにしてんねん」とか「あぶないやろ」とか、 相手を責めたら、とげとげしい空気になって、そのあとしばらく 気分悪く過ごしたことになったんだろうなぁ・・・。 とりあえず、折れて丸くいくなら、ちょっと我慢と勇気がいるけれど、 それでいいんじゃないかな。 アメリカでは「謝ったら裁判の時に負けるから謝ってはいけない」とかいわれるそうだけれど、 日本には、お互いにスイマセンというだけで、丸く収まって気分も悪くならないという場面も まだ残っているんではないかなと思う。

『日経PC21』 12月号

興味深い記事 ●「位牌を映す「デジタル仏壇」上位版は独居老人対策も万全」 記事によれば、デジタルフォトフレームを「デジタル仏壇」として、販売している会社があるという。 長野県松本のデザイン計画という会社らしい。11月に発売予定で、当初300台、年間5000台をの販売を見込んでいるとか。気になる価格は、135,000円から180,000円だそうだ。 記事本文には、「お寺や、葬儀社、仏壇・仏具店の反応は、「デジタル化もここまで来たか」と驚きと同時に好意的に受け止められており、ブームに火がつく兆しはある」って…本当か!? 個人的には、なんだかなぁという感じ。どうなんだろう? 儀礼(とそれに関わる「仏壇」・「位牌」なんか)と「デジタル」ってのは、いまいち相性がよくないように思うんだけど…。 ちなみにググってみた結果、ヒットしたか関連サイトは、以下のようなものが・・・ http://www.digital-butsudan.jp/ http://gigazine.net/index.php?/news/comments/20100729_digital_butsudan/ ●エクセル関数で「VLOOKUP」を使おうというもの 同じ内容を紹介する記事が別コーナーで二つかぶっているんじゃないか? でもまあ、知らない機能で、使ってみたいと思える興味深いものだったので、OK。 理解と習得には、実際にやってみながら、もうちょっとかかりそう・・・。 ●パソコンの高速化。 よくあるテーマだけれど、興味深かったのは、立ち上げ時に常駐ソフトの起動のタイミングを変えるというもの。 フリーソフトを使った技術。

睡眠確保

ここ二日、12時には寝るようにしていると、体調が結構よい。 やはり、睡眠時間が大切なのか。 頭の中もすっきり整理できているような・・・。 一日の仕事量は限られているので、できない分はあきらめて翌日にまわすべし。 というのを心がけるべきか。 『日経PC21』12月号を読む。 愛機「レッツノート」もそろそろ限界が近づいている。 HDDの交換なんかにも挑戦してみるかと思案中。 とりあえずは、起動時の設定をいじってみることに。

調査10/10/25

今日は、滋賀県彦根へ梵音具(おもに釣り鐘)調査。 午前・午後一件ずつ。計二件のお寺へ。 一件目は、彦根の城下町にある浄土真宗の大きなお寺。 山門でもある鐘楼門が特徴的。 釣り鐘一口を見せていただく。 二件目は、有名な某怪談話とゆかりのある真言宗寺院。 釣り鐘一口、鰐口を四口見せていただく。 めずらしく「大正時代」の年記があるものがあった。 調査中、例の「ひこにゃんグッズ」を多く並べているお土産物屋さんに入る。 ところが、「ひこにゃん」ではなく、「ひこねのよいにゃんこ」グッズだそうだ。 同じ作者が作ったものでありながら、版権の都合などで、「ひこにゃん」ではなく、 「ひこねのよいにゃんこ」だそうだ。 コメントは控えたいが、いろいろと大変そう。 ヤフーのコメント欄には、こんな質問も http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1024436885 権利が絡むとややこしい。

『日経ビジネス・アソシエ』11/2,11/16合併号

「スティーブ・ジョブズ(AppleのCEO)についての記事 ●「日本人がジョブズになれない最大の理由は、衝突や失敗を恐れるあまり、予定調和的、責任回避的な発言が多すぎるからだ ●「日本人が言い訳や責任回避のために使う典型的な表現が「We should(わたしたちはすべき)」。使命感あふれるように聞こえるが、ここでのWeは社会や顧客ではなく、会社や所属組織など内向きに使われがち。「ジョブズ流を目指すなら、「すべき」ではなく「I want(私はこうしたい)」と言うことが第一歩」

人前でおはなし。

ブログの更新もいつも通り・・・滞る。 今週は、金曜日にNHKのカルチャーセンターの教室に出講。 今日日曜日は、「中央仏教学院」の京都の集いに出講。 いずれも、「あれでよかったのかどうか?」の思案を繰り返すのです。 むしろ、話せば話すほど、後悔と慚愧がわき起こる。 話しすぎたのではないかという基本的な事柄から、 いったい何を伝えるべきであったのかという本質的な問題まで。 考えても、考えても答えは出せず、 その場その場で、最善と思われる一手を打つのみ。 いや、最善手と確信が持てればいいのだけれど、最善かどうかの決めても見いだせず、あがいているような感じ。 ところで、最近のMYトピックは、内田樹センセイが提言されるような教育論について。 学びとはなにか、いま子供や若者が、学ばなかったり、働かなかったりしているのはどういうわけか。 「なぜ勉強しないといけないのか?」「なぜ働かなければならないのか?」 そんな問いを臆面もなく提示できる感覚は、どのような思想(あえていう)に、裏打ちされているのか。 (内田先生は、「消費者」の論理、「買い手」の論理というようなことをおっしゃる) 一連の提言と、結論は、仏教、浄土真宗を学ぶ上で非常に示唆深いだけではなく、 「他力」や「信」を考える場合にも、一定の示唆を与えてくれるものののように思っている。 金曜・日曜の講義に際して、ちょっと蛇足的になってしまっていたけれども、ご紹介していました。

広告A