ほんとの所は

去年のある講義でのことだけれど、
(浄土思想の文献を読む講義なので)
「浄土に生まれる、って本当に信じている?」
とある学生に聞いてみると、
「信じてますよ。」って結構力強く返答した。

ところが、話を進めてみると、
「ほんとのところを言えば、自分が死んだらなんにもない、って思ってます。
結局、この人生、どう生きるかじゃないですか」
という言葉が出てきた。

それはまったく違う死生観ですよ。思想的にも違う。

でも、大事なのは、講義的に「正解」の返答ができることではなくて、
そういう、自分の中にある、正直な考え方と、
仏教(文献)が提示してくる思想を、正面衝突させることなんじゃないかと思うのです。

「こういうことですよね」という物わかりのいい態度よりも、
「なにいっているかわからない」
「自分とは全く違う考え方で、自分にはうけいれらない」
と自分をさらけ出して(他人にさらけ出すということではなくて)
正直になって、ぶつかり合うことで、
自分の中にある無自覚な思想が相対化されたり、
自分の思想がより磨かれていったりということが起こるんだろうと思うわけです。


というわけで、
浄土教的には、不正解だけれど、
学生さんの正直な考えに触れることができたようで、
おもしろい時間だったわけです。


補足
そのあとも興味深い話ができたので、
けっして物別れに終わったわけではありません。

コメント

  1. いいですね。先生っていう立場だからそのようになるのかも。
    同じ内容を僧侶同士で話していると、「上から目線」とか「知ったかぶり」とか言われたりします。対等だよ!!!
    ネットで話していると逆に「無知」よばわりです。たしかに無知だよ!ああそうだとも。
    立場で語ったり聞いたりするのは、ありますよね。

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    返信
    1. ちしゅーさん。
      コメントありがとうございます。
      上から目線だったかも~と反省もしました。

      昔、学生と居酒屋で一緒にいたときに、となりの外国人の人と話していたら、某大学で英語を教えるイギリス人で、禅を実践している。でも、「生きているまえは何もない!死んだ後の何もない!浄土なんてナンセンス!」と主張する人と出くわしたことがありました。学生さんも、目の前に、そんな真宗の教科書にでてくるくらい、ステレオタイプな批判者がでてくるなんて、と衝撃を受けるくらい。でも、めっちゃもりあがりました。 そんな感じ。w

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