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教育委員を終えるにあたって 

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2025年3月までの任期をもって教育委員を退くことになりました。 思えばこの4年間は、教育行政の中に入って仕事をさせていただき、教育行政や市の制度を単に市民生活をしているだけでは見ることのできない角度から見聞きさせていただいた、得難い経験や学びをさせていただく4年間でした。 4年間、種々の課題や困難があった中に、教育委員ならびに事務局を導いてくださった教育長、またともに仕事をしてくださった3名の教育委員のみなさまには、それぞれの立場から意見を交わし、審議を重ねる時間を持たせていただきました。また、市教委事務局の職員のみなさん、学校現場の先生・教職員の方々、社会教育施設の職員の方々にも大変お世話になりました。教職員のみなさんが、日々、尼崎の教育・教育行政のためにご精励くださっていたことを直接的に、あるいは(報告や連絡などを通して)間接的に触れる日々でした。関わってくださったみなさんにお礼・感謝申し上げます。 法律・制度の建付けがそのようになっているのですが、「素人の市民」(レイマン)が教育委員としてお仕事をさせていただいたわけです。わからないことが多く、自分なりに努力や勉強しながらのお仕事でした。大きな責任・立場を与えていただいていましたが、実際は事務局のみなさんに前面に出ていただき、それによってお仕事がさせていただけていたというところが実際で、 (会議で審議・承認をするというのが仕事でもあるので、そのような形にならざるを得ない部分もあるのですが) 現実的には会議の場面で、口だけ・いうだけのような関与になってしまうことでもあり、種々ご迷惑をおかけしたこともあったかと思います。 その中でも、自分なりに与えられた責任や仕事の果たし方を自問しながら、誠実に努めるように心がけていました。ああすればよかった、こうした方がよかったのではないか等の「反省」はありますが、大きな「後悔」のようなものは持たずに、最後の委員会の場に立てているような思いでした。 4年間でわかってきたこと、理解できたことも増え、また感じている課題、積み残しているものを感じている中で身を引くことになったことは、残念な思いはありますが、私自身が考えていたこと、思いや課題感、意見は絶えず委員会で発言する機会をいただき、そちらでコメントしていましたし、また事務局のみなさんと意見交換をすることもできていました。それらを...

最後の教育委員会定例会でした(3月31日付で退任します)

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3月24日(月)教育委員会定例会があり、出席しました。 定例会は月に一度の定例の会議。年度末の3月は、人事や体制・制度の変更等決定事項が多々あり、毎週のように会議が開催されていました。(臨時会が、3月は、10日、17日、21日に臨時会、24日に定例会というスケジュールでした) この日も、来年度の人事の体制や新設の施設ができることに関して、体制について書かれた規則や予算執行についての制度の変更について提案・審議・承認が行われました。 (そして、無事すべて承認されました) この日の、会議はすこし感慨深いものがありました。 2021年4月から一期4年の任期の最後の会議でした。 会の最後には、同じく退任される白畑教育長、異動になる次長方とともに、一言挨拶をさせていただく時間をいただきました。 ※当日あいさつしたことに、追記・補足して以下の記事に挙げています。 (原稿をつくっていたわけではありませんので、記憶をもとに書き出し、補足しています)  「教育委員を終えるにあたって」 https://ryogo1977.blogspot.com/2025/03/blog-post_26.html 思えば、貴重な経験ができた4年間でした。 市の事、行政の事、教育の事、そして市役所・教育現場で働いているみなさんに接し、学ばせていただくような期間でした。本当に貴重な経験をさせていただきました。 最後に、花束まで頂戴し、皆さんと記念撮影をさせていただきました。

AIが確定申告の小説を書いた。

確定申告がおわったので、チャットGPTと確定申告について話しているうちに、小説を作成してもらうと、以下のようなものが出来上がった。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・  ※ 以下は、AIが作成した小説です。 ※ 主人公の「なかひら」は架空の人物です。内容も架空です。 タイトル: 申告の迷宮 確定申告の季節が来ると、なかひらは毎年、不思議な世界へと迷い込む。いや、彼の部屋は確かに六畳一間のアパートなのだが、確定申告の書類を広げた瞬間、空間が歪み、重力が変わり、あらゆる論理が破綻し始めるのだった。 「所得の区分を証明する書類を提出してください」とパソコン画面が告げる。なかひらはレシートの山に手を伸ばすが、それらはすべて空白の紙になっている。焦って引き出しを開けると、中には『確定申告における無限回廊』と題された哲学書がぎっしり詰まっていた。表紙には「収入と控除の相対性について」という副題があり、ページをめくると、「申告とは、存在を証明する試みである」とだけ書かれていた。 「扶養控除……? 扶養……? 誰が誰を扶養しているんだ?」 彼の混乱に呼応するように、確定申告書類の数字が勝手に増減し始める。「収入:3,500,000円」と記載したはずが、次に見ると「-98,000円」になっていた。 「負の収入? 俺は存在自体を控除されているのか?」 彼は書類をめくるが、どのページにも見慣れた数字がない。代わりに「あなたは昨年度、存在していませんでした」と記された欄を見つけ、思わずのけぞる。部屋の隅で影のように揺れる未提出の申告書が、無言で彼を見つめている。 混乱しながらも、彼は意を決して税務署へと向かう。だが、税務署の建物は延々とループする回廊になっており、どの窓口へ行っても「こちらでは対応しておりません」の札がぶら下がっている。薄暗い廊下の奥には無数の扉が並び、それぞれに「還付申請」「控除審査」「失われた領収書」などと書かれているが、扉を開けるたびに元の場所に戻される。天井には巨大な計算機のような装置が回転し続け、一定のリズムで「修正申告」の文字が点滅している。 待合室には無数の人々が座っているが、彼らは皆、数字の羅列になっていた。「私は平成26年度の住民税控除です」「私は特定医療費控除の亡霊です」と囁きながら、薄れていく。 やがてなかひらは、...

いい葬儀とは… 直葬的なご相談から…

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あかちゃんにあった のと同じ日。 1件のご葬儀をお勤めしていました。 先日、友人のお母さんから「友人のご主人がなくなって相談したい」と連絡があり、そこからお寺にお連れいただいたのが喪主さんである奥さん。 一緒にお越しになった息子さんと奥さんとご相談しました。 当初のご相談は「火葬場でお勤めをしてほしい」というもの。 もう、お葬式もしないで簡素に送りたいと思っていたけれど、「それではやはり…」とおもって、せめて火葬の前にお勤めをというようなことで、ご相談にお越しになったということでした。 お話をしていくうちに、それならと「今ご遺体がある安置所を出られる前にもお勤めに行きますよ。」(いわゆる出棺勤行)とご提案すると、喜んでいただけて、出棺前と、火葬場で短いお勤めをさせていただくということに。  (余録:ご相談のなかで、「法名」のことや、葬儀に関する事柄のいわれ/本来の意味などをお話しすると、「そういうことだったんですか。なるほど…」等と、とても理解いただけたような印象。なんとなく形でなぞっているだけでは、こういう納得はなかなかできないので、本当は落ち着いて、こうやってお話しする機会が大事なんだろうなぁと気づかせてもらえるような機会でもありました) その後、ご家族や葬儀社とやり取りをするなかでご家族のご希望は、「霊安室でご葬儀的なお勤めをする」ということがわかってきて、限られた時間の中でご家族、親戚がお集まりになる中で、ご葬儀的なお勤めをすることになりました。 このご葬儀が西正寺としては初めてのご縁。またお勤めの時間的にも普段の葬儀の半分くらい。また葬儀社さんがしつらえてくださったとはいえ霊安室でのお勤めで、決して「美しい」「莊嚴な」雰囲気のあるホールではないというような状況でした。しかしご相談かさねて、どんな思いでご葬儀に臨まれているか、ご家族のお人柄等知られたこともたくさんあったからか、ご家族のみなさんの儀式のお心持ちを感じながら、また出棺前のお勤めの後にご法話もしっかりと心を傾けてきいていただけるような形でできたような感覚がありました。  斎場でお勤めのあと、大変ありがたい感謝のお言葉をいただき、車で斎場を出発するまで、ご家族のみなさんからお見送りまでいただいてしまいました。汗 チャットGPTで、直葬のイメージを生成してみたもの。 何度か修正やコメントを入れてみると...

赤ちゃん生まれた

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祥月命日のお参り。 先年結婚された息子さんご夫婦に赤ちゃんが生まれてらっしゃって、一緒にお参り。 お勤めの間にすやすや。 「抱っこしてください」と言ってもらえて、喜んで抱っこして、写真を撮ってもらいました。 この赤ちゃんのお父さんは、最初の頃の「はなまつり」に、小学校時代に来てくれていた男の子。大きくなって、結婚されて、お子さんが生まれるまでに。 時間の流れを改めて感じずにはいられません。 また、世代を超えて、こうやってつながっていけるというのも、寺の住職をしていてとてもうれしいことの一つ。 それが難しくなってきた昨今。「点」ではなく「線」としてあるつながりの形をつづけていくにはどうしたらいいのかなぁという課題もあるなぁと書きながら思いいたる。

字を書いたり、片づけをしたり、お参りをしたり、ちゃんとした写真を撮ったり。

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昨日のわたし。 ・朝のお勤めから、 ・習字の練習。(3級の手習い) ・あまさきくんに協力してもらって、解体する納屋からガラクタやらなにやらの運び出し作業(40分ほど) ・中陰のおまいり、ご法事のお参り、ご法事のお参り。(終了は14:30頃) とほぼ半日をすごして、お寺に戻ると、スタッフのあまさきくんが、23日に実施する写真会のプレ(予行演習)を、友人のF家ファミリーに協力していただいて本堂で実施中。 僕もちょうど必要だった、証明写真的なものを撮影してもらう。 (上半身だけなので、下は適当という内幕。笑) この写真撮影の本番は、2月23日(日)。 http://saishoji.net/archives/1953 「お寺で撮る、「ちゃんとした」写真」というもの。 あまさきくんが企画した、写真を切り口に、ICTに親しんでもらおうという意図で、 今回は、AI補正を参加者にもしてもらう試みらしい。 はずかしいので、出さないけれど、出来上がりの写真は、近所のインスタントとは比べ物にならない。プロにとってもらったといってもいいくらいの出来栄え(ではないかと個人的に思っている。※あくまでも個人の主観です) まだ空きはあるようなので、ご近所で関心のある方はぜひ。 遺影にも、証明写真にも、宣材にも、とてもちょうどいい写真がもらえるはずです。 そんな中、子どもたちは、本堂の堂内、境内のあちこちで遊んで楽しそう。 折からの寒さで、夕刻まで氷が残っているものもあって、ものめずらしそうに氷で遊んでもいた。(「寒いのによく触れるなぁ」と思ってしまっている。子ども心をうしなってしまった、アラフィフのおじさんになってしまったからだろう…) 小学生のころは、冬は毎日のように、氷が張っていて、それで遊んでいたように記憶している。最近は氷が張る日も少なくなった。温暖化の影響か。 西正寺の行事・イベントは、公式ラインで発信しています。関心をもっていただけましたらぜひぜひご登録ください。 西正寺のラインはこちらから https://lin.ee/2DAZCtq

教育委員会(臨時会)に出席 人権や教育について考える機会

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※途中まで書いていたのですが、書ききれずに止まっていたものを書き改めてアップします。 先週の月曜日、2月3日は、午後から教育委員会の会議(臨時会)に出席しました。 会議をしたよ、ということ 教育委員会の会議自体は公開で行われるが、非公開の議案も多くその場合は、傍聴者に退出していただいて会議を行います。(そもそも傍聴者がいないことも多く、今回もその例。複数人いるということも珍しいケースでもあるが) 会議は長時間に及ぶことも多く、今回も15:30開始、非公開と平場の協議も含めてすべての日程を終えて会議室を出たのは20:00頃。 会議の内容は ・市議会に出す補正予算関連の議案 ・人事異動に関する定数の変更に関する議案 ・国の人事院勧告にあわせて給与制度の見直しをする議案 等でした。 議案は非公開のものもあるので、具体には触れませんが、委員からは種々の方面から質問し、答弁をもらいました。私個人は4年目(一期目)なので知らないことも多く、いただいた答弁の1つ1つが勉強になりました。(ほかにどこで使えるのかわかりませんが)  今回は、国の年度内予算の補正(市に対する補助が発生するタイミング)と、市の翌年度予算のタイミング(ちょうどこの時期)の兼ね合いから、今年度予算で組んでいたものが前年度の予算で計上されているという二重計上(ある意味でテクニカルといえる予算の処置と思いました)という複雑なスキームがあることが理解できました。  ※ 本当にどこでこの理解が使えるのかを考えると…ですが。笑 会議の中、委員や事務局のみなさんと話す中で起こった、「人権」に関するディスカッションが個人的には大切なことではないかと思っているので備忘のためも含めて、こちらに書き出そうと思います。(ディスカッションといいながら、書き記すのは自論になりました) 「人権」(差別)の問題はどこからおこるのか  会議の中で「人権」について関わる話題がありました。  具体に立ち入ることは、非公開の審議に関わる差しさわりがあろうかと思われますので、問題と思ったことに焦点を当てて紹介したいと思います。  しばしば、人権にまつわる取り組みが、「心」の問題だけに焦点を当てて語られてしまことがあります。たとえば「思いやり」とか「やさしさ」とか。  しかし、人権はそういったあいまいな「やさしさ」とか「おもいやり」などで守ることがで...

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