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カリー寺基金でおもったこと(展望は?と聞かれて、考えたこと)

 先日のカリー寺基金のファイナルは、とてもいい時間を過ごさせていただきました。プレゼンしてくださったみなさん、一緒に企画・審査をしてくださったみなさん、クラファン・協賛で応援してくださったみなさん、参加して見守ってくださったみなさん、ありがとうございました。  ファイナルのあと、ある新聞社さんから、「今後の展開は?」という質問をいただいたのですが、あまり頭がまわっていなくて、ちゃんと答えられませんでした。  でも、問われてどうなんだろうと考えてみて、今は下に書くように思っています。(朝は比較的頭がはっきりとするので) 「カリー寺基金や、ファイナル(最終プレゼン大会)というイベントをきっかけに、活動や関心がつながり、動いていく縁が展開していってほしい。 カリー寺とそのメンバーと一緒に、今回の一連の動きで関心を持ってくれた人とも一緒に、そして西正寺としても、そういう活動や地域の動きを応援していきたい。」  そもそも、カリー寺基金は、「応援」のプロジェクトでした。中心はファイナリストや、関わってくださる地域の人たちであると思っています。そういう取り組みです。  カリー寺や西正寺が地域の中心になるのではなく、中心になる人や企画(ファイナリスト)を可視化して、みんなでそれを盛り上げて(おだてて)動いていく枠組みを増やしていけたらと思います。ですので「カリー寺基金」としてどうするか、というよりも、いかに「応援する側にまわるか」いかに「中心にならずに周辺に位置するか」ということが、「カリー寺基金」という取り組みのテーマであり、位置取り・ポジションなのだろうと思いいたりました。  ですので、今回のことをキッカケに、「よしやるぞ!」とか、自分もこれしたいなぁーと思ってくれる人が増えてくださっていたなら、とてもうれしいなぁとおもっています。  そして、大賞の企画も特別賞の企画も、ファイナリストの企画も、それ以外の応募してくださって企画も すてきなチャレンジでしたので、できることは限られていますが、もちろん応援していきたいとおもっています。

おてらおやつ劇場のチャリティー Tシャツ

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浄土宗の劇団ひとり 山添真寛さんがなさっている おてらおやつ劇場。 このたび、JAMMINのチャリティ―コラボイベント( https://jammin.co.jp/2020/04/15/this-week-design-ooc-theater/ )で、Tシャツとトートバッグを販売されているので、一口購入させてもらったのが、昨日届きました。  おてらおやつ劇場  https://otera-oyatsu.club/theater/  自粛生活が続きますが、できることをひとつずつ。  

200403_普通を語ろう(仮)ver.6.00~ 普通を語ろう・オンライン

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2020年4月3日。普通を語ろう(仮)を開催しました。 (Facebookのイベントページです  https://www.facebook.com/events/234760171244852/ ) 六回目ですが、昨今のコロナウィルス感染症の流行下ということで、オンライン・zoomを利用して開催しました。  「普通を語ろう(仮)」は、「普通の住職」わたし(中平)と友人で「普通の会社員」のまるちゃん(丸川さん)の二人がいいだしっぺ(主催)で、いろいろな「普通」について、参加された皆さんと語り合う不定期のイベントです。   主に中平が進行を担当させていただき、まるちゃんは、会の内容を素敵なグラフィックを描いてまとめてくれます。 (そのグラフィックは、この投稿の一番下にあります)(まるちゃんありがとう) (参加してくださった皆さんと会の様子)  さて、今回の開催ですが、実は前日(昨日)に相談をして、翌日(本日)の開催となりました。 コロナでスケジュールが空いていたからです。そして、早いうちにやりたいなーといっていたら、翌日の開催になりました。 ●開催の動機  今回開催したのは、次のような動機でした。  オンラインでしたのは、先日 zoomを用いた、オンラインのイベントに参加して、ブレイクアウトルーム等という機能があると知ったこと。いろんなイベントや、チャレンジをする可能性を感じたということがありました。(できるインフラがあると気が付いた)  もう一つは、ここ1~2か月のコロナウィルスの影響から思うこと、考えたいことが出てきたということです。  特に3月に入ってから、個人的にもいろいろなスケジュールが白紙になりました。家から出ることもためらわれたり、人と会うこと、学びの場(学校・大学)に行くことさえも、できないこと、いけないことになってきたような思いすらします。  日常のこと、当たり前のことができなくなって、「普通」や当たり前が揺らいでいるがゆえに、見えてきたものがあるような気がしていました。  また、できなくなったことで新しい動きがおこってきました。テレワークや在宅勤務、オンラインの会議や、オンラインでの飲み会ということも行われるようになってきました。  「これは”普通案件だ”」そう思いました。  また、この1か月報道を...

クラウドファンディングをして考えていたこと

 カリー寺基金というクラウドファンディングにチャレンジをしています。 https://camp-fire.jp/projects/view/211382  カリー寺基金を企画した理由について、その一つは、以前、活動報告でも書かせていただいたことがあります。なぜ地域に助成するという企画を立てたのかということについて、その意味について書きました。 https://camp-fire.jp/projects/211382/activities/115644#main  このカリー寺基金には、もう一つの側面があります。それはファンドレイジング―協賛の募集および、クラウドファンディングによる資金集めをしているということです。前者は、お金を地域に「渡す」というチャレンジ。後者は、地域や多くの人からお金を「渡される」「預かる」「寄付される」というチャレンジです。今回は、この後者の点について、少し言葉を重ねてみたいと思います。 ●僧侶は「ファンドレイザー」でもあった。 このクラウドファンディングは、私(住職)にとっては、ある意味で「僧侶としてお金集めをする意味を問う」というチャレンジでもありました。古来より、日本では僧侶が寄進を集めてまわる「勧進」などが知られています。勧進については、このキャンプファイヤーのページでも紹介されていました。  “ちなみに、「クラウドファンディング」という言葉自体は比較的新しいものですが、不特定多数の人から資金を募り何かを実現させるという手法自体は古くから存在していました。海外では美術品などのアート分野で寄付を募る取り組みや、日本では寺院や仏像などを造営・修復するために個人から寄付を求める「勧進(かんじん)」などがその例です。” ( https://camp-fire.jp/crowdfunding  より)    古代・中世には寺院や仏像の建立・再建の他、道路や橋等の公共事業なども「勧進」によって行われることがありました。弁慶の勧進帳等の逸話等でも知られています。 そういった意味では、そもそもの僧侶の活動とこのクラウドファンディングということは、一定の親和性があるものという言い方もできるのかもしれません。現在でも、お寺の運営・維持も多くのケースが「お布施」(寄付)によって成り立っています。また大きな工事や、事...

おてらびらき(6)やりました

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 午後からのんびりとお寺のお座敷をひらいておりました。  てらびらき( https://www.facebook.com/events/192693955497352/ )  12時30分から座敷のお掃除、片づけ、手を付けたいと思っていた作業をいくつかしました。一人だとできないことが、だれかいらっしゃるかも、という可能性が絶妙な緊張感をもたらして整理や掃除をはかどらせてくれました。  だれもいらっしゃらない可能性も十分考えていたのですが、  ・企画の相談行っていいですか?というアポ  ・お寺にいるなら、「………いいですか?」というご相談。 がありました。 ということで、ある程度「予定や時間があいてますよ」という宣言的なものも意味があるなぁという手ごたえもありました。その他、15時過ぎに、フェイスブック見てきましたとお越しくださる京都からお越しの方も。  ちょうどその京都の方がこられてほどなく「企画の相談」が始まったのですが、ここでかなり驚きの展開がありました。  相談された企画の中で、「田んぼでラグビーをやってみたい」という話も出たのですが、そのたまたま来られていた京都の方が、「田んぼでラグビーやっているのに関わっています」と!!!!  いらっしゃるのはその2人で、たまたま居合わせたところでこんなマッチングが!って笑ってしまうような遭遇でした。  そういう結びつきや出あいが自然に起こる場になったというのが、なかなか面白くうれしいことでした。  そういうわけで、明日もコロナで予定があいていますので、午後はのんびりとオープンしております。  3月14日もてらひらき(明日は、6.2)   https://www.facebook.com/events/563107851217449/    

「よいかなよいかな」をオンライン(zoom)で行いました。

 3月9日(月)。19:00から、仏教を学ぶイベント「よいかなよいかな」を予定していましたが、コロナウィルスの影響を鑑みて中止しました。その代替として、オンラインzoomを利用した仏教談義というか、談話会を呼びかけたところ、主催者含めて5名で開催しました。いずれも継続的に「よいかなよいかな」に参加してくださっていた人たちです。。  まずは、自己紹介と最近のトピックをチェックインとして、一言ずつ話してまわりました。    次に、今回の趣旨をアナウンスして、参加者それぞれがこれまでの「よいかなよいかな」での感想や、印象的だったこと、期待ややってみたいことなどがあれば、話してもらい、その出してもらった意見や思いを掘り下げていったり、広げていくような形で進めていきました。  ・「仏さま」の説明とても印象に残って、日常生活にも影響がある。  ・エピソード(たとえ話)がおもしろい。  ・参加者の考えや、感想・反応が興味深い。    等、それぞれの視点があるなぁと感じました。  そこから展開していった話題は、大きく二つあったようにおもいます。  一つは、「宗派」の違いについてのもの。  浄土真宗だけではなく、他の宗派ではどうなのか? 他の宗派のお寺やお坊さんとの接点でこんなことがあったけど?というような話が共有され、このよいかなよいかなの参加者のみなさんの「宗派のちがいって?」というような関心に触れるころができました。  もう一つは、「ご朱印」とか「占い」といった世間的に流行しているものや期待にどうしてお寺や浄土真宗は乗っかっていかないのか、距離があるのかという問い。  実際に、僕自身も、先日東京に行った際に、新宿の街を歩いたとき、かなりの「占い」のお店があり、またどこも盛況だったことを目にしたこと。あるいは身近な人が占いに対して関心を寄せていること、心理的なハードルがあまり感じられないことを、どのように考えたらいいのかというような疑問をもっていたこともありました。  あれこれ聞いた後、すこし私の立場から「占い」に対してどうして距離をとっているのか、という話をしたのですが、こういった話題をあつかってみるのも面白いなぁと思いました。 (抽象的なレビューですみません)  意見交換できたことで、「よいかなよいかな」の展開もいろいろと見えてきた...

西正寺の永代経法要を中止しないのは(規模縮小でやります)

 コロナウィルスで大変な状況ですが、自坊西正寺の永代経法要(3月25日・26日)は、コロナウィルス対応・対策を取りつつ、規模を縮小しながらお勤めさせていただく予定です。  法要の案内・詳細については、以下のリンクの記事に投稿しておりますので、ご覧ください。    http://saishoji.net/archives/317  この投稿では、なぜ現在において(中止ではなく)上記の対応に至ったのかという思いをすこし書きたいと思いました。 【とるべき対応の候補と選択について】 実際に2月末からの急展開で状況が追い付かなかったところが多々あります。全国の小中学校の休校や、諸行事の自粛の様子が報道を通してうかがわれ、どのように対応すべきか正直迷いが生じていました。また、全国のお寺にとっては、3月にはお彼岸を迎える時期ですが、お彼岸の法要や、永代経といった法要の動向も「中止する」という判断をされたことを多数うかがっていました。この判断は、苦渋の決断・断腸の思いであろうとお察ししますし、感染対策として最善の判断をされたということだと思います。  自坊の状況を考えたとき、お寺にお参りに来られる方は、いわゆる高齢者が大変多くいらっしゃいます。今回の新型コロナウィルス、肺炎の高リスク層です。この状況でなんらかの対応をとらないという選択はまずありえませんでした。  では、どうするか。可能性として考えられる候補をリストアップすると、以下の案があると考えました。(選択しないものも含めてリストアップしています) 1、平常通りに実施する。 2、感染対策(消毒・マスク等)を行いつつ実施する。 3、規模を縮小し、感染対策を行いつつて実施する。 4、参拝者なしで、お勤めのみを実施する。 5、中止する。一切何もしない。 もしかすると、この他にもあるかもしれませんが、 素人判断で、思いついたのはこのレベルでした。 上記のように、現状において1はもう無理だと思われました。学校や3月中の行事が自粛・中止をしているなかで、なにも対応を取らずに実施するというのはあり得ません。2の対応をとったとしても、本堂という空間に数十人の人がいるのは、感染対策として今回の場合は十分な対応ではないと思われました。また「都合をつけてご参拝ください」と呼びかけられるレベルでもありません...

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