『産経新聞』2018年4月17日夕刊
「悲しみを背負った街-目撃者の現場住民も「関係者」 家の前で電車が…僧侶ら思い聞き取る」https://www.sankei.com/west/news/180417/wst1804170055-n1.html
これは、昨年(2017年)3月4日の開催した「テラからはじまるこれからのハナシ。vol.04 「街が背負う悲しみ」とそこで暮らす私たちの心 ~ 「脱線事故があった街・尼崎」にいるということ ~」(https://www.facebook.com/events/151892765303253/)
)という会合と、そこから始まった聞き取りについて記事にしていただいたものです。
講師として来て下さった山本佳世子さんが、テラハ。の場で起こったことに大変関心をもってくださり、研究として検討する道筋をたててくれました。僕自身も、研究というテラハがある程度の社会性をもった媒体にのっていくこともあって、主催者として、「日本臨床宗教師会」のフォローアップ研修会での活動報告や、いくつかの研究会での事例紹介としてお話をさせていただいてきました。その中で、今回記者さんが関心をむけてくださり、記事になったという経緯があります。
とても丁寧に記事にしていただきました。また、夕刊の一面という大変大きな扱いをしていただき、反響もありました。
一方で、微妙なニュアンスが、もしかすると意図しない印象を含んでしまっていないかと気になっているところもあります。
私個人のコメントとしては、記事に
「遺族や負傷者に遠慮して思いを語ることができなかったが、(事故に)向き合ってきた住民がいることを知ってもらいたい」と簡潔にまとめられています。
記事内では「遠慮」と表現されている部分については、このテラハを開催するにあたって、このブログでも投稿した以下のリンクの記事がそれに該当するかと思います。
https://ryogo1977.blogspot.jp/2017/02/4.html
事故現場に対して、語り得ない、控えめになってしまう私たちの立場は、以下の部分の言葉のようなことを考えています。
つまりJRの脱線事故にしても、阪神大震災にしても、テレビや、メディアで提示されるような、その中心にいるような「当事者性」(あるいはそのイメージ)と隔たりがあるがゆえに、かえってそのものとの距離を私たちは正しく捉えていなかったのではないか、「わたしたちなりの関わり」ということについて、言葉をもたずにここまで来てしまったのではないか、という思いがしてならないのです。
という、「周辺化してしまっている自己像」というべきものだと思っています。
そういう知らず知らずのうちに周辺化してしまって、語り得なかった言葉が
テラハという場によって、紡がれてきたこと、そしてそういう場に立ち会えたことは、場を持つ者として、地域に生きる僧侶として、うれしいことでもありました。
地域にすむものとして、事故現場近くにいるお坊さんとして、できることは知れていますが、わずかばかりの気持ちを向けながらいければとおもっています。
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