投稿

2020の投稿を表示しています

オンライン講義 「ふたりの僧侶と読み解く「正信偈」 ~やさしく学ぶ浄土真宗~」

表題の講義を10月からオンラインで担当することになりました。  https://www.nhk-cul.co.jp/programs/program_1214087.html  講義の詳細は上のリンクをご覧ください。  NHK文化センターさんから、オンライン講義の企画を相談され、親しくしている赤井先生を巻き込んで、講師2人で「正信偈」の講座を担当するという形で実施させてもらうことになりました。  先日、9月11日に、10月からの本番にさきがけて、単発のプレ講義を実施しました。  オンラインならではというか、東京や九州といった全国各地から10数名の受講があり、ほとんどが面識のない初めての方でした。物理的な距離を超えてかかわれるオンラインならではの長所を感じました。  講師2人で実施したのは、リアルな講義でも、一人が一方的に話す形式よりも、対話やフィードバックを織り込みながら話をしていた方が、聞く人の聞きやすさや理解しやすさがあること、また内容も深めていきやすいのではないか?と思ったからでした。  実際にやってみると、2人でやり取りしながら進める面白さや、深まりが感じられて、この形式に可能性を感じました。  それぞれが話す分量のバランスや、いくつかの改善点もありますが、新しいチャレンジでもあり、大変楽しい時間でした。  10月からは、本格的な連続講義となります。  講師2人も、当日までに打合せを重ねて準備をしていきます。  ・浄土真宗の教えの基本的なことを知りたい。  ・「正信偈」に書かれていることは?  ・親鸞聖人が好きだ  ・なんとなく勉強してみたい  興味をもっていただけたら幸いです。(有償なのが恐縮でもありますが)

普通を語ろう ver.7.01

イメージ
2020年7月1日(水)。 きわめて普通の会社員まるちゃんと、きわめて普通の住職の中平がいいだしっぺになって開催している「普通を語ろう」7回目を開催しました。 当初6月29日に予定していたのが、都合が生じて日程変更となり、 ver.7.00が更新されたので、ver.7.01としたら、「日付」ともリンクするいい感じになることも普通にあることでした。 オンラインミーティングのツール「zoomミーティング」を利用して開催しました。 主催2名を含めて、参加者は合計6名。 6人で、あれこれ「普通」について語りました。 (画像は、いつののように、まるちゃんが書いてくれた素敵なファシグラです) ●運営のこと  ばたばたとする中で前日を迎えて、「あ、どうするか考えなきゃ」と想い、「どんな話にしようかな? テーマは立てようかな」ととおもったものの、すぐにそれにブレーキをかける。「普通を語ろう」は、それぞれがもちよった普通の化学反応がおもしろい時間。「こちらで計画・プログラム」することで、「みなさんが話したい/聞きたい」ことではなくて、こちらが進めたい方向に進んでしまうことを避けたいなとおもった。  粗々のタイムスケジュールを作ってはみたものの、出たところで、考えていけたらというスタイル。  実際に、本番が来た時に、「どうやったらうまく回るか?(うまく進めたい)」という欲求は、いかんともしがたく、まんべんなく全員が満足してもらえたかどうかは、心もとないいけれども、それでもじっくりと、頭を使って、濃厚な「普通」を考える時間を持たせてもらうことができた。 ●話し合った普通のこと  でた話をいくつか思い出している。  ・休業明けで会社ではたらいていると急速に「以前の普通」に戻っていくが、そこに対する「違和感」や「抵抗」があるということ。  ・普通や多数派から距離を感じていたが、「コロナ」でみんな「普通」の外側に行かないといけない状態になった。なかなか自覚しえない、できない「普通」や「常識」が相対化できた、みんなが自分に近い感覚をもってくれたのではないか?  そのほか、普通の寄付の額とか、「コロナ」前後で変わろうとしている「普通」とそれにどう処していくか、そこで巻きおこっている「不安」とか「焦り」とか、気づきのようなものを交換したり、共有したりするような時間だった。  今回は、前回に続いてオン...

43歳になります(Birthday Donationのお願い)

イメージ
7月11日は私の誕生日でした(そういえば…と、思い出さないと忘れる)。 43歳になります。 お誕生日のプレゼントとして欲しいものというのも特に思いつかず、 特別にこれが食べたい!という欲求もなく、 おかげさまで、そこそこ満足しながら日常を過ごしています。 ただ、40を過ぎた僧侶として、これからお坊さんはどうあるのかな?とか、 お坊さんは社会の中でどうあるべきなのか?ということを考えるなかで、 寄付にまつわる「お金集め」ということを改めて考える時間が長くなっています。 「お布施(寄付)」で暮らしを支えさせていただいていて、またお寺も「お布施(寄付)」で運営させていただいています。そんな中で、お坊さんが行ってきた「勧進」等の「ファンドレイザー」的な役割の意味とかありかたということを改めて考えています。   先日には、尼崎市杭瀬中市場火災における復興/復旧の募金をお願いし、大変たくさんのご協力をいただきました。  〈先般の募金のお願いについてはこちら↓〉 ( http://ryogo1977.blogspot.com/2020/07/74781700.html )  それから間もないタイミングではありますが、先日募金をお渡しした時感じたことは、まだまだ、復興には時間も、労力も、お金も必要ということ。そして、杭瀬ACをはじめ、明るく地域のことを常に考えて、あたたかいつながりを作ってくださっているみなさんのために、もっと応援をさせてもらいたい、ということでした。  〈杭瀬中市場の火事についての報道〉 ・サンテレビ  https://news.yahoo.co.jp/articles/de2dd2cbea439a44683ae16e9246bcb152619878 ・神戸新聞 https://news.yahoo.co.jp/articles/e68529d51d206a6a9fa319051b8d6384ce4c6fd4 〈杭瀬チャンネル youtube〉※こちらはぜひ見てほしいです。   https://www.youtube.com/channel/UCXXpTlUx4G2bqipWooet_Ow  折しも、同時期に起こった豪雨災害で、日本各地に甚大な被害が出ています。そちらへの救援や支援で奔走されている方、募金などを考えられている方もたくさんいらっしゃるだろうと思います...

お誕生日のお願いの予告

【予告です】 ◆バースデードネーションをお願いしたいのです。 ◆杭瀬なのです。 ◆まるかぶりするネタが連日 投稿される見込みです。  昨日までの杭瀬中市場の火災復興の募金、ご協力くださったみなさん、本当にありがとうございました ( https://ryogo1977.blogspot.com/2020/07/74781700.html )。  ふと気が付いたら、私、明後日(7月11日)が誕生日だったのです。43歳になります。なので、続けてのお願いになるのですが、バースデードネーションのお願いをしたいと思っています。    「お坊さんとしてできることってなんだろう?」と考えているなかで、お寺の運営・維持だけではなく、地域や福祉や、災害の支援とかの募金集めの延長で、もっと寄付集めやファンドレイザー的な活動もありえるのではないか?ということも考えていました。(※ 下記にちょっと書きました。)  杭瀬の募金集めのときから、ツイッターのアカウントにも「勧進する僧」という肩書も追加してみたりしました。  普通に考えたら、募金のお願いばかりするというのも、自分でもおかしいかもしれない、という問いももちながら(もちろん自分でも募金に入れていますが)それでも「寄付を集めるのに頭を下げつづけるお坊さん」(勧進する・ファンドレイズする)という僧侶のあり方、その可能性の模索をやってみたいという思いがあります。  というわけで、誕生日の前後にまた、杭瀬中市場の火災からの復興・復旧を応援する募金を呼びかけたいと思っています。  ところが、朝、ぼんやりとそんなことをおもいながら、「7/11がお誕生日なのですが、バースデードネーションとかいいはじめてまた、杭瀬の募金募ったらおかしいかな?(勧進する僧のひとりごと)」とつぶやいたら、若くて人気のお坊さんが、 「今日(7月9日)が誕生日なので、まるぱくりして、バースデードネーションやりますー」(意訳)と、かわいく言われてしまったので、尼崎では、連日お坊さんがバースデードネーションで、 「杭瀬・杭瀬」いいまくる数日になりそうです。  関係各位には、ちょっとアレにおもわれかもしれませんが自分自身がどこまでできるのか、なにができるのかと手探りのなかでさせていただいております。恐れ入りますが、なにとぞご理解くださいという、言い訳と予告の投稿でした。 (※)あれ...

【終了】 杭瀬中市場火災・復旧/復興支援 勧進(募金) (7月4日~7月8日(水)17:00まで)

イメージ
ご報告 7月8日に17時までに、 総額  153,202 円 の募金を お送りいただきました。 ありがとうございます。 (※追記:追加のご支援(10000円)をいただいて、  最終的に、163,202円 を 7月8日(水)に行われた杭瀬アクションクラブの会合においてお渡しいたしました) 【要旨】 2020年7月3日夜、尼崎市にある杭瀬中市場で火災がありました。 (神戸新聞の記事) https://www.kobe-np.co.jp/news/jiken/202007/0013480038.shtml  差し出がましいかもしれませんが、個人として、杭瀬市場の復興を応援するために「勧進」(募金の呼びかけ)をしております。7月8日(水)17:00(※)まで呼びかけをさせていただいて、集まった全額を杭瀬アクションクラブ(杭瀬AC)を通じて、杭瀬中市場の復興に寄付・ご協力します。 (※)7月8日夕刻に、杭瀬ACの会合に参加するため、この期限を設定しています。 火災からの経緯~杭瀬チャンネル(youtube)  ◆杭瀬チャンネル 火事からの経過と杭瀬からのお知らせ (杭瀬チャンネル 石原さんの報告 7月4日朝)   https://youtu.be/LZybiP7AKkU (杭瀬チャンネル 石原さんの報告 7月4日夕刻)   https://youtu.be/Sa2ZyVqq2fk (杭瀬チャンネル 石原さん/オンライン公民館 チャリティランナー 7月5日)   https://youtu.be/a5dzt07_Fak (杭瀬チャンネル 石原さん/3日目の様子とクラウドファンディング予告)   https://youtu.be/KpsrhHezXTI 【方法】7月8日17時をもって   受付を終了しました。ありがとうございます。  以下のいずれかの方法でお願いします。難しい場合は、「その他」に記載のメールでお問合せをお願いします。 ◎ paypay ◎ アマゾンギフト券で送る。(同額のお金を募金に回します) ◎その他  n.ryogo(a)gmail.com にお問合せください。   ※ メールアドレスの(a)を@に変えてお送りください。 【シェア・リツイートで応援】  7月7日午前9時までに、以下の投稿をリツイート・シェアいただいた数に応じて募金を上乗せするという試み...

『仏説無量寿経』(11)五劫思惟「時間とともにある想い」

イメージ
6月12日の夕刻のお勤めです。 6月から『無量寿経』を繰り読みをし、そのあと解説とお話をさせていただいています。 今回が11回目です。 これまでのものは、youtubeにありますので、クリックしてご覧ください。

youtube でお勤めと法話を配信していることについての雑感

【「伝道」とか「法話」とかということについて考えている】 (お坊さんとか仏教関係者向け。 一般的な内容投稿ではありません)  先日来、夕刻の勤行にあわせて解説と短いお話をしてyoutubeにアップしています。(シェア先にある、勤行のyoutube動画です)少しまじめな話をしますと、「法話」とか「伝道」とはなんだろうということを考えさせられながら、動画をアップしています。  こちらのチャンネルです  https://www.youtube.com/channel/UCtfvI4ip7grnskqJj-q9IAg ◆ こうやって「経典」を読誦して、それについて言葉を発していくこと(解説・法話すること)が、なかなかないような、心地よさや安定した感覚の中でさせていただけているのです。  このように思うのは、どちらかというと、自分は「トラディショナルなことを大事にしたい」という価値観をもっている(と自分が思っている)、そういうこともあるのかもしれません。また、文献を読む、研究するということが、これまでの自分のキャリアの中核な部分を占めていた、ということもあるかもしれません。  そもそも、仏教はこうですよ、と「自分の言葉」のみで語るのは、自分で語っていながら、「仏教を仏教として正しく言葉にできているのだろうか」と自問することがあります。  浄土真宗の御法話の定型には、「御讃題」として、経典、宗祖の書物から、そのお言葉を(読んで)頂くということがあります。それが、真宗のお説教では、非常に大事なことであると思っています。その意味で、「真宗のお説教」は、もともとが「自分の言葉」ではなく、「お聖教の言葉を語る」ものであるという形が重視されています。  しかしながら、実際にそれがどれほど意識されているだろうか?と考えると、やはり「形式的」であるケースがないともいえません。(形式が守られているということにも意味があると考えながら書いています)また「お聖教(経典・祖典)」に触れずにされる「法話」もあります。(私もそういう形でお話をすることがあります。決してその形式を否定するものではありません。)  一方で、勤行として、「ともに読誦するもの」であると(一定の方に)意識されているこの形式は、実感として、「御讃題」よりも、経典の言葉に触れながら、それを今聞いている(話している)という意識を持たせて...

2020年5月12日 八時だヨ!神さま仏さま ゲスト小野木康雄さん

イメージ
こんばんわ。今日夕刻は、八時だヨ!神さま仏さまの収録でした。 youtube のリンクはこちら https://youtu.be/rDNAaBX46QY ゲストは、以前から交流を持たせていただいている、文化時報社の小野木康雄社長です。 宗教系新聞とは? 宗教者を鞭打つ新聞紙面とは? お聞きいただけたらうれしいです。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 出演:宮司・江田政亮(貴布禰神社)、牧師・福島旭(関西学院中学部宗教主事)、僧侶・中平了悟(西正寺) ゲスト:小野木康雄さん(文化時報社社長兼主筆) 技術協力:寺子屋・練心庵さん 番組をご視聴くださる方々、リアクションしてくださる方々、拡散してくださる方々、ありがとうございます。 おかげさまで、Facebookのリーチ数やYouTubeのチャンネル数も増えております。 YouTubeにチャンネル登録をしていただくと、いち早く動画アップのお知らせがいくようですので、ぜひ、ご登録ください。 さて、通算第415回の内容ですが、 大阪・枚方出身、関西学院大学卒業後、産経新聞社に入社、労働問題や宗教の取材に取り組んでこられ、昨年12月に文化時報社の社長に就任された小野木さんとのお話です。 相変わらずZOOMは手探りです。 電波状況が悪かったり、生活音が入ることもありますが、あたたかくお見守りください。

#検察庁法改正案に抗議します について思うこと

昨日から  #検察庁法改正案に抗議します  が話題になっています。 『毎日新聞』(2020年5月10日)「どこまで国民をばかにする」検察官定年延長法案に抗議ツイート250万超 https://mainichi.jp/articles/20200510/k00/00m/040/067000c 私もやりました。まずは、ツイッターで。 (Facebookでは、おそらくこの投稿のシェアに、ハッシュタグがつきます) 今のところ、基本的には、このムーブメントに賛成しています。 でも、もう少し冷静に、話し合ったり言葉にする必要もあるのではないかなと思います。そこで、自分の思いを整理する意味も含めて文字にしてみることにしました。  当初は、「検事総長人事への反対」という意図とそのアクションという思いもありました。しかし、昨夜からのネットから得られる情報とディスカッションをみていると、よくよく考えると、 それは(人事に対する)「直接的に反対、抑止が行える行動」ではなく、「間接的な抑止と反対の行動」であったのだなと認識が改まりました 。 比較的冷静に情報・分析が記述されていると思ったブログのリンクを貼っておきます。 https://note.com/tonfi/n/n95a2265c6273 (政治や法律・このあたりは素人なので、なにか読み違えや、問題があれば教えてください)  ポイントは、  3に挙げられている「誤解」をしていないか、ということだと思います。 以下 さきに挙げたブログの文章を引用します。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ①黒川氏定年延長がこの法律で決まる →  決まりません。 ②黒川氏を検事総長にするための法改正である →  誤りです。 ③政権への捜査を免れるための人事介入である → 誤り、というか邪推の域を出ません。 ④三権分立が脅かされている →  誤解されがちですが、検察庁は行政府に属するものであり、検察権は行政権の一つです。したがって、検察権と内閣の関係を、三権分立という観点から見る場合、その何が脅かされているのかを正確に理解しなければ、ミスリーディングになってしまいます。 ⑤内閣が検察官人事に介入するための措置である   → これは正確には「介入と思われる...

インターネットラジオ よいかなよいかな はじめてみました。

イメージ
 インターネットラジオ よいかな よいかな はじめました。 (youtube URL) https://youtu.be/qZe60B6N_oQ  西正寺で不定期にこれまで3回、オンラインで1回開催したイベント「よいかな よいかな」。そもそもが、大学4年生だった”あーりー”が、仏教を教えてほしいと相談してきてくれたことから始まったイベント「よいかなよいかな」。このコロナウィルスの影響もあって、どうしようか、こうしようかという相談から、ネットラジオへ展開しました。  とりあえず、やってみようかと収録した第一回がこちら。  あれこれと企画を考えている中で、ふとしたことで舞い込んだ素敵なエンディングテーマにその気にさせられ、やりはじめてしまいました。  やってみると、もうちょっと練ったほうがよかったなぁとか、なんでこんな風に言うてしまったんだろうという反省もありつつ、結構面白かったというのが大きかった感じでした。  次回以降は、お坊さんをはじめとしたゲストをお招きして、いろんな角度から仏教を考えていけたらとおもっています。聞いていただけたらうれしいです。  どうぞよろしくお願いします。

カリー寺基金でおもったこと(展望は?と聞かれて、考えたこと)

 先日のカリー寺基金のファイナルは、とてもいい時間を過ごさせていただきました。プレゼンしてくださったみなさん、一緒に企画・審査をしてくださったみなさん、クラファン・協賛で応援してくださったみなさん、参加して見守ってくださったみなさん、ありがとうございました。  ファイナルのあと、ある新聞社さんから、「今後の展開は?」という質問をいただいたのですが、あまり頭がまわっていなくて、ちゃんと答えられませんでした。  でも、問われてどうなんだろうと考えてみて、今は下に書くように思っています。(朝は比較的頭がはっきりとするので) 「カリー寺基金や、ファイナル(最終プレゼン大会)というイベントをきっかけに、活動や関心がつながり、動いていく縁が展開していってほしい。 カリー寺とそのメンバーと一緒に、今回の一連の動きで関心を持ってくれた人とも一緒に、そして西正寺としても、そういう活動や地域の動きを応援していきたい。」  そもそも、カリー寺基金は、「応援」のプロジェクトでした。中心はファイナリストや、関わってくださる地域の人たちであると思っています。そういう取り組みです。  カリー寺や西正寺が地域の中心になるのではなく、中心になる人や企画(ファイナリスト)を可視化して、みんなでそれを盛り上げて(おだてて)動いていく枠組みを増やしていけたらと思います。ですので「カリー寺基金」としてどうするか、というよりも、いかに「応援する側にまわるか」いかに「中心にならずに周辺に位置するか」ということが、「カリー寺基金」という取り組みのテーマであり、位置取り・ポジションなのだろうと思いいたりました。  ですので、今回のことをキッカケに、「よしやるぞ!」とか、自分もこれしたいなぁーと思ってくれる人が増えてくださっていたなら、とてもうれしいなぁとおもっています。  そして、大賞の企画も特別賞の企画も、ファイナリストの企画も、それ以外の応募してくださって企画も すてきなチャレンジでしたので、できることは限られていますが、もちろん応援していきたいとおもっています。

おてらおやつ劇場のチャリティー Tシャツ

イメージ
浄土宗の劇団ひとり 山添真寛さんがなさっている おてらおやつ劇場。 このたび、JAMMINのチャリティ―コラボイベント( https://jammin.co.jp/2020/04/15/this-week-design-ooc-theater/ )で、Tシャツとトートバッグを販売されているので、一口購入させてもらったのが、昨日届きました。  おてらおやつ劇場  https://otera-oyatsu.club/theater/  自粛生活が続きますが、できることをひとつずつ。  

200403_普通を語ろう(仮)ver.6.00~ 普通を語ろう・オンライン

イメージ
2020年4月3日。普通を語ろう(仮)を開催しました。 (Facebookのイベントページです  https://www.facebook.com/events/234760171244852/ ) 六回目ですが、昨今のコロナウィルス感染症の流行下ということで、オンライン・zoomを利用して開催しました。  「普通を語ろう(仮)」は、「普通の住職」わたし(中平)と友人で「普通の会社員」のまるちゃん(丸川さん)の二人がいいだしっぺ(主催)で、いろいろな「普通」について、参加された皆さんと語り合う不定期のイベントです。   主に中平が進行を担当させていただき、まるちゃんは、会の内容を素敵なグラフィックを描いてまとめてくれます。 (そのグラフィックは、この投稿の一番下にあります)(まるちゃんありがとう) (参加してくださった皆さんと会の様子)  さて、今回の開催ですが、実は前日(昨日)に相談をして、翌日(本日)の開催となりました。 コロナでスケジュールが空いていたからです。そして、早いうちにやりたいなーといっていたら、翌日の開催になりました。 ●開催の動機  今回開催したのは、次のような動機でした。  オンラインでしたのは、先日 zoomを用いた、オンラインのイベントに参加して、ブレイクアウトルーム等という機能があると知ったこと。いろんなイベントや、チャレンジをする可能性を感じたということがありました。(できるインフラがあると気が付いた)  もう一つは、ここ1~2か月のコロナウィルスの影響から思うこと、考えたいことが出てきたということです。  特に3月に入ってから、個人的にもいろいろなスケジュールが白紙になりました。家から出ることもためらわれたり、人と会うこと、学びの場(学校・大学)に行くことさえも、できないこと、いけないことになってきたような思いすらします。  日常のこと、当たり前のことができなくなって、「普通」や当たり前が揺らいでいるがゆえに、見えてきたものがあるような気がしていました。  また、できなくなったことで新しい動きがおこってきました。テレワークや在宅勤務、オンラインの会議や、オンラインでの飲み会ということも行われるようになってきました。  「これは”普通案件だ”」そう思いました。  また、この1か月報道を...

クラウドファンディングをして考えていたこと

 カリー寺基金というクラウドファンディングにチャレンジをしています。 https://camp-fire.jp/projects/view/211382  カリー寺基金を企画した理由について、その一つは、以前、活動報告でも書かせていただいたことがあります。なぜ地域に助成するという企画を立てたのかということについて、その意味について書きました。 https://camp-fire.jp/projects/211382/activities/115644#main  このカリー寺基金には、もう一つの側面があります。それはファンドレイジング―協賛の募集および、クラウドファンディングによる資金集めをしているということです。前者は、お金を地域に「渡す」というチャレンジ。後者は、地域や多くの人からお金を「渡される」「預かる」「寄付される」というチャレンジです。今回は、この後者の点について、少し言葉を重ねてみたいと思います。 ●僧侶は「ファンドレイザー」でもあった。 このクラウドファンディングは、私(住職)にとっては、ある意味で「僧侶としてお金集めをする意味を問う」というチャレンジでもありました。古来より、日本では僧侶が寄進を集めてまわる「勧進」などが知られています。勧進については、このキャンプファイヤーのページでも紹介されていました。  “ちなみに、「クラウドファンディング」という言葉自体は比較的新しいものですが、不特定多数の人から資金を募り何かを実現させるという手法自体は古くから存在していました。海外では美術品などのアート分野で寄付を募る取り組みや、日本では寺院や仏像などを造営・修復するために個人から寄付を求める「勧進(かんじん)」などがその例です。” ( https://camp-fire.jp/crowdfunding  より)    古代・中世には寺院や仏像の建立・再建の他、道路や橋等の公共事業なども「勧進」によって行われることがありました。弁慶の勧進帳等の逸話等でも知られています。 そういった意味では、そもそもの僧侶の活動とこのクラウドファンディングということは、一定の親和性があるものという言い方もできるのかもしれません。現在でも、お寺の運営・維持も多くのケースが「お布施」(寄付)によって成り立っています。また大きな工事や、事...

おてらびらき(6)やりました

イメージ
 午後からのんびりとお寺のお座敷をひらいておりました。  てらびらき( https://www.facebook.com/events/192693955497352/ )  12時30分から座敷のお掃除、片づけ、手を付けたいと思っていた作業をいくつかしました。一人だとできないことが、だれかいらっしゃるかも、という可能性が絶妙な緊張感をもたらして整理や掃除をはかどらせてくれました。  だれもいらっしゃらない可能性も十分考えていたのですが、  ・企画の相談行っていいですか?というアポ  ・お寺にいるなら、「………いいですか?」というご相談。 がありました。 ということで、ある程度「予定や時間があいてますよ」という宣言的なものも意味があるなぁという手ごたえもありました。その他、15時過ぎに、フェイスブック見てきましたとお越しくださる京都からお越しの方も。  ちょうどその京都の方がこられてほどなく「企画の相談」が始まったのですが、ここでかなり驚きの展開がありました。  相談された企画の中で、「田んぼでラグビーをやってみたい」という話も出たのですが、そのたまたま来られていた京都の方が、「田んぼでラグビーやっているのに関わっています」と!!!!  いらっしゃるのはその2人で、たまたま居合わせたところでこんなマッチングが!って笑ってしまうような遭遇でした。  そういう結びつきや出あいが自然に起こる場になったというのが、なかなか面白くうれしいことでした。  そういうわけで、明日もコロナで予定があいていますので、午後はのんびりとオープンしております。  3月14日もてらひらき(明日は、6.2)   https://www.facebook.com/events/563107851217449/    

「よいかなよいかな」をオンライン(zoom)で行いました。

 3月9日(月)。19:00から、仏教を学ぶイベント「よいかなよいかな」を予定していましたが、コロナウィルスの影響を鑑みて中止しました。その代替として、オンラインzoomを利用した仏教談義というか、談話会を呼びかけたところ、主催者含めて5名で開催しました。いずれも継続的に「よいかなよいかな」に参加してくださっていた人たちです。。  まずは、自己紹介と最近のトピックをチェックインとして、一言ずつ話してまわりました。    次に、今回の趣旨をアナウンスして、参加者それぞれがこれまでの「よいかなよいかな」での感想や、印象的だったこと、期待ややってみたいことなどがあれば、話してもらい、その出してもらった意見や思いを掘り下げていったり、広げていくような形で進めていきました。  ・「仏さま」の説明とても印象に残って、日常生活にも影響がある。  ・エピソード(たとえ話)がおもしろい。  ・参加者の考えや、感想・反応が興味深い。    等、それぞれの視点があるなぁと感じました。  そこから展開していった話題は、大きく二つあったようにおもいます。  一つは、「宗派」の違いについてのもの。  浄土真宗だけではなく、他の宗派ではどうなのか? 他の宗派のお寺やお坊さんとの接点でこんなことがあったけど?というような話が共有され、このよいかなよいかなの参加者のみなさんの「宗派のちがいって?」というような関心に触れるころができました。  もう一つは、「ご朱印」とか「占い」といった世間的に流行しているものや期待にどうしてお寺や浄土真宗は乗っかっていかないのか、距離があるのかという問い。  実際に、僕自身も、先日東京に行った際に、新宿の街を歩いたとき、かなりの「占い」のお店があり、またどこも盛況だったことを目にしたこと。あるいは身近な人が占いに対して関心を寄せていること、心理的なハードルがあまり感じられないことを、どのように考えたらいいのかというような疑問をもっていたこともありました。  あれこれ聞いた後、すこし私の立場から「占い」に対してどうして距離をとっているのか、という話をしたのですが、こういった話題をあつかってみるのも面白いなぁと思いました。 (抽象的なレビューですみません)  意見交換できたことで、「よいかなよいかな」の展開もいろいろと見えてきた...

西正寺の永代経法要を中止しないのは(規模縮小でやります)

 コロナウィルスで大変な状況ですが、自坊西正寺の永代経法要(3月25日・26日)は、コロナウィルス対応・対策を取りつつ、規模を縮小しながらお勤めさせていただく予定です。  法要の案内・詳細については、以下のリンクの記事に投稿しておりますので、ご覧ください。    http://saishoji.net/archives/317  この投稿では、なぜ現在において(中止ではなく)上記の対応に至ったのかという思いをすこし書きたいと思いました。 【とるべき対応の候補と選択について】 実際に2月末からの急展開で状況が追い付かなかったところが多々あります。全国の小中学校の休校や、諸行事の自粛の様子が報道を通してうかがわれ、どのように対応すべきか正直迷いが生じていました。また、全国のお寺にとっては、3月にはお彼岸を迎える時期ですが、お彼岸の法要や、永代経といった法要の動向も「中止する」という判断をされたことを多数うかがっていました。この判断は、苦渋の決断・断腸の思いであろうとお察ししますし、感染対策として最善の判断をされたということだと思います。  自坊の状況を考えたとき、お寺にお参りに来られる方は、いわゆる高齢者が大変多くいらっしゃいます。今回の新型コロナウィルス、肺炎の高リスク層です。この状況でなんらかの対応をとらないという選択はまずありえませんでした。  では、どうするか。可能性として考えられる候補をリストアップすると、以下の案があると考えました。(選択しないものも含めてリストアップしています) 1、平常通りに実施する。 2、感染対策(消毒・マスク等)を行いつつ実施する。 3、規模を縮小し、感染対策を行いつつて実施する。 4、参拝者なしで、お勤めのみを実施する。 5、中止する。一切何もしない。 もしかすると、この他にもあるかもしれませんが、 素人判断で、思いついたのはこのレベルでした。 上記のように、現状において1はもう無理だと思われました。学校や3月中の行事が自粛・中止をしているなかで、なにも対応を取らずに実施するというのはあり得ません。2の対応をとったとしても、本堂という空間に数十人の人がいるのは、感染対策として今回の場合は十分な対応ではないと思われました。また「都合をつけてご参拝ください」と呼びかけられるレベルでもありません...

中島岳志『親鸞と日本主義』新潮選書、2017年。

イメージ
中島岳志『親鸞と日本主義』。 2017年に刊行されて、話題となった書物。もともとは季刊『考える人』で連載されていたものに加筆・修正と書きおろしを加えて刊行されたもの。 連載の段階から、戦前・戦中の国家主義(超国家主義)と親鸞思想との接続・関係を論じるものとして大変注目させていただいていた。  三井甲之、蓑田胸喜、倉田百三、教戒師と転向した共産主義者たち、亀井勝一郎、吉川英治、暁烏敏等といった国家主義思想を唱えた人物・グループがいかに親鸞思想をベースに自説を唱えていたのかを明らかにした書物。  もともと、戦前・戦中の国家主義と仏教との関係でいえば、日蓮主義との関係がよくしられていた。石原莞爾、田中智学、北一輝等の日蓮主義者と国家主義・国体思想との関わりがよく知られていた。一方で、親鸞思想はいずれかというと、今日の状況から「リベラル」的なものとして理解されることが多かったのではないだろうか。  しかし、現実には、戦前・戦中には浄土真宗本願寺派でも「真俗二諦」という戦時教学を構築し、積極的に戦争協力・国家主義体制に荷担をしたという事実がある。  本書では、次のような指摘がなされている。  幕末に拡大した国体論は、国学を土台として確立された。そのため、国体論は国学を通じて法然・親鸞の浄土教の思想構造を継承していると言える。「自力」を捨て、「他力」にすがるという基本姿勢は、「漢意」を捨て、神の意志に随順する精神として受け継がれている。  ここに親鸞思想が国体論へと接続しやすい構造が浮上する。浄土教が国体論に影響をうけているのではない。国体論が浄土教の影響をうけているのである。法然・親鸞の思想が国体論の思想構造を規定しているのである。  そのため親鸞の思想を探求し、その思想構造を身につけた人間は、国体論へと接続することが容易になる。多くの親鸞主義者たちが、阿弥陀如来の「他力」を天皇の「大御心」に読み替えることで国体論を受容して行った背景には、浄土教の構造が国学を介して国体論へと継承されたという思想構造の問題があった。浄土真宗の信仰については、この危うい構造に対して繊細な注意を払わねばならない。(本書・終章282ページ)   国学(本居宣長)と浄土教思想との接点があるという思想史的な視点と、実際の国家主義者たちの主張・思想をひもときながら、上記...

コロナ騒動の中で。

 先月以来のコロナウィルス感染対策。いたるところでのイベントの中止・延期。ご多分にもれず、3月のほとんどの行事や出講がキャンセルになった。  仕事がなくなってしまうと、逆になにをしていいのかわからなくなる。するべきことはたくさんあるはずなのだが。  午前中はデスクワーク、昼下がりから市内某所へお届け物とチラシの配布に。  3月末~4月の行事として  ・永代経法要(3・25水~26木)  ・大江戸ブギウギ(3・29日)  ・第17回はなまつり(4・4土)  ・第17回西正寺寄席(4・18土) が予定されている。どれも、実施できるかどうか、実施した場合は、コロナウィルス感染予防対策をどのようにしようか戸惑いつつ準備をしている。  できることを一つずつしていくしかない。  リスクは極力減らすように。「後悔」が起こらないように。  丁寧に丁寧に。

チラシ作り―西正寺寄席・はなまつり

イメージ
 おはようございます。  昨日は午後からチラシのデザインデータ作成をしていました。 とはいえ、まったく新しいデザインをつくったわけではなく、これまでの前例を踏襲しながら、情報やデータを整えるというくらいの作業なのでした。それでもとても時間がかかって、ほぼ半日かかりました。  えいっと動くまで時間が、遅くなってしまって、どうしてもっと初動がはやくできないのだろうかというのは、個人的な課題です。  できたデータが以下のものです。  4月は4日(土)にはなまつり、  18日(土)に西正寺寄席を予定しています。  そのほか、近いところで、4月5日(日)には「ふるまい市」も企画されていますし、3月の25日・26日には、永代経法要もあります。(それも案内つくらなきゃ!)。  また、もちこまれている企画としては、3月29日(日)には大江戸ブギウギというイベントも予定されています。  いずれのどうぞよろしくおねがいします。 ★カリー寺基金という企画で、クラウドファンディングにも挑戦しています。 こちらももしよかったら、覗いてみてやってください。 https://camp-fire.jp/projects/view/211382

仏教教団の過疎対策の会

イメージ
昨日は、「過疎問題連絡懇談会」という名称の、 つまりは、仏教教団が宗派の枠を超えて、過疎どうするかということについての取り組みを共有する会に参加させていただいていました。 NHK 京都 NEWS WEB 過疎地域への僧侶派遣 課題協議 (2020年2月10日) https://www3.nhk.or.jp/lnews/kyoto/20200210/2010005708.html?fbclid=IwAR3i8SBOr_MNq25dZckZvpM_cgn_GJU9NMrNmiVelf2tYu3RjX7YbnnyHHc 各仏教教団が宗派の枠を超えて、「過疎」という人口変動、社会変動にどうすべきかを試行錯誤しています。 (僕自身知らなかったのですが) 各教団でも、過疎地域で活動する「支援員」制度を導入されていて、現場の支援員さんのリアルな現況を、直接聞かせてもらえることができました。  地域をどうするか、住民の「主体性」や、「支援」とはなにかといったことが問いとしてあったように思います。  印象的だったことは、「支援しにいく」あるいは「支援員」という名乗りではいるとかえって「支援しづらさがある」ということの話。  各宗派の職員として、あるいは現場の僧侶の方として活動されている方たちとお話できたこともよかったです。  会のメインは、新潟の「中越防災安全機構」の稲垣文彦先生の講演だったのですが、これが、災害復興から(ほぼ絶望的と思われていた)限界集落が、地域住民の「やはりこの集落を残したい」という主体性が立ち上がるまでと、その声が起こった後実際に「維持」されたというエピソードなど、とても興味深いお話でした。

2020年1月23日 よいかなよいかな(3)

イメージ
2020年1月23日 よいかなよいかなの3回目。 大学生がいいだしっぺで、みんなで仏教を学ぶイベント、「よいかなよいかな」の3回目が開催されました。 ■進行について タイムスケジュールは、以下の通り。 19:00 スタート、勤行「十二礼」 19:10 イントロダクション、自己紹介 19:30 テーマの「愛」についてみんなで考える      ・各自でふせんに イメージ、疑問、好きなものを書き出す      ・紹介しながら、模造紙に張り付ける。       → 「愛」についての イメージや、語感、意味等が幅広く出ました。       → 40代男性が2名が「愛は勝つ」「勝つ」と書いたので世代を感じました。 19:50 住職が「仏教」の「愛」について 紹介。 20:20頃から、ふたたび参加者みんなでなんやかんやと話し合いました。   ■内容、語りあいについて 前2回が教科書的に、固い感じでアプローチをしてしまったところの反省もあり、身近に考えたり、語ったりできればということ、友人が「仏教は失恋に効くのか?」というテーマを設けて考えていた会があったこと、それから大学生が「恋人必要・不必要?問題」が関心にあったようなので、それらを総合して、今回のテーマになったように思います。 結果として、仏教の「愛」についてのとらえ方について触れてもらったものの、「哲学カフェ」的な語りあいの雰囲気もあったのではないかと思いました。 もうすこし、そっちの方で、みなさんのアレコレ考えていること、漠然としていることを言語化していくような時間があってもよかったのかな?と終わった後に思いました。それでも、試行錯誤しながら、今回一つの形を試しながら、みなさんと話せたように思いました。 ■仏教の「愛」について  仏教の愛については、大まかに以下の様に紹介しました。  ・四苦八苦の一つに、「愛別離苦」などが挙げられているように、愛するものとの別離、愛着のあるものから発生する「苦」や「悲しさ」は仏教のテーマ、解決すべきことがらのひとつだったとおもわれる。  ・しかし、「愛」は多くの場合、肯定的にとらえらてはいない。「煩悩」「とらわれ」「執着」として、苦を発生させる原因として語られる場合が多い。古い経典...

200111_大学生と仏教について学ぶイベントの打合せ

1月10日(土)。 昨年から開催している「よいかなよいかな」の3回目に向けての打合せ。 学生さんが卒論の提出だったため、近くなってから相談しましょうね、ということでこの日でした。  結果からいいますと、次回の「よいかなよいかな」は1月23日(木)の19:00から予定していますので、どうぞよろしくおねがいいたします。 よいかなよいかな(3回目)フェイスブックイベントページ https://www.facebook.com/events/2562339763880487/ どうして「愛」になったかというと、  1回目、2回目と「仏」「経」と、ベーシックな形でやってきたので、すこしフランクに参加者のみなさんと語り合えるテーマがいいですよね、という思いがしてきたこと。  現代的な悩みや感情と、仏教との接点やギャップみたいなことも考えてみたいね、といことで「愛」になりました。  当日はどうなるかまだわかりません。仏教が「愛」ということについて、決してポジティブなものとしてとらえているわけではないこともお話できたらな、とおもっています。  うちあわせにあたって、いいだしっぺでもある大学生のうつみさんに、ブレスト的に「質問・問い」を考えてきてもらいました。その問いに対して、瞬発力だけで、即興的にインスピレーションでレスポンスしてみたものがありまして、それをおまけに下につけてみます。  よく仏教では、「これっていいんですか?」とか、「これはどう考えるんですか?」という問いが向けられるのですが、そういうものに対してほとんどの場合、白黒はっきりとした答え方ができるわけではありません。むしろ、本来的な形はこうだけれども、現実は・・・というように、もともとの形や、教義から変質したり、逸脱したりしている現実という状況もままあるわけです。  それを、どう受け止めるのか。むしろ、白黒はっきりしない、「齟齬」や「矛盾」との向き合いのなかに仏教の本質もあるようにおもわれるのですが、どうでしょうか。    ◎生活シリーズ ‐寝坊することは怠けていると考えられがちですが、仏教ではどう考えるのですか   ・戒律の生活はきっちりと決まっています。   午前中に起きて、托鉢にいって、午前中に食事をすまさないといけません。   午後からの食事は、戒律違反。...

うちあわせの日々

ここ数日、打合せが立て込んでいる。 火曜日は、午前・午後と龍谷大学で講義をして帰ってきてから、ふるまい市の打合せ(ミーティング)。 水曜は、午後から2/14に引き受けた研修の件で、本山・本願寺で打合せ。 その打合せのあと、お電話をいただいた別の部署へいくと、またそのまま打合せ。 3/14には福井に行くことになった。 翌・木曜は、4月から始まる連続講座の打合せで加古川へ。 帰ってきてからはお寺で、来週引き受けた場所貸しのイベントに関する打合せ。 今日は、お昼から尼崎市の取り組みに関する打合せ。 夕刻からは、カリー寺基金の打合せ。夜は、31日にお寺で引き受けたイベントに関する打合せ。 明日は、午後からお寺で主催するイベントの打合せが入っている。

200107‗ふるまい市のミーティングをした

イメージ
2020年、あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。 新年の行事をすごしつつ、徐々に日常へともどってきました。 昨日 1月7日の夕刻は、「ふるまい市」について、ゆるゆるとミーティングをしました。 1月7日なので、あつまってくれたみなさんに七草粥をふるまって、おかゆをたべながらゆるゆるとした、しかし楽しいミーティングができました。 つくったおかゆの写真。 なかなかおいしくできました。   結論からいうと、今年の4月5日にまた、「ふるまい市」をします。 「ふるまい市ってなに?」っていう方は、以下のリンクのフェイスブックページをご覧ください。 https://www.facebook.com/events/1623506174419484/ 昨年、無料でふるまいたいモノとかコトをあつめて西正寺でふるまい市をしました。 不思議なイベントで、 プレッシャーとかストレスとかがまったくなくて、 ただただ楽しんだ、遊んだ、という感想だけが残るイベントなのです。 失敗するかも、という心配もありませんでした。 なぜなら、無料で、採算を考える必要もないから。 いっしょにやってくれるメンバーもいたので、だれもこなかったら、そのメンバーだけでも十分楽しめるという思いもあったので。 どうも、いっしょにやってくださっていたみんなもそんな風に思っていてくれたようで、またやりましょうということになりました。 課題は「やらなきゃ」のような義務感からいかに解き放たれるか。 「ふるまい」のモチベーションを楽しみながらどう保っていくかという感じでしょうか。 ちなみに、このイベントは、 田中元子さんの『マイパブリックとグランドレベル』からインスパイアされました。 (画像をクリックするとアマゾンに行きます) この本を読むと、ふるまいたい!という思いがわいたり、ふるまいの質が変化します。 もし、この本を読んで、ふるまいたい!という思いが湧いた方がいらっしゃったら、ぜひぜひご連絡ください。

【新年にPCをカスタムしたという件】SSD換装とOSのクリーンインストール

イメージ
【新年にPCをカスタムしたという件】  最終的には、HDDをSSDに換装して、Windows10 をクリーンインストールするということになりました。    結果、非常にサクサクと動いてこれまでのストレスがなんだったんだろうか?というほど快適になっています。(今現在まで) (経緯)  もう何か月も前になりますが、HDDをSSDに換装するぞーと試みたのですが、データをコピーするところで躓いて、置き去りになっていました。  フリーのソフトで、ほぼ1日かけてエラーが発生しているとか、有料ソフトを使ってもやはりエラーが発生して、先に進めずにいました。  そんな中、2020年の1月にWindows7がサポート終了になるという話。  まだまだ現役のPCがいる状況でなぜ?という思いを抱えつつも、ここでなんとか対応せねばと。  そういうわけで、年末に再チャレンジ。   有料ソフトでクローンを作成してみたものの、やはりエラーがすこし発生たけれど、無視して、換装してみました。結果、起動するものの、ドライバらしきものが見つからない、関数にエラーがあるとか、起動直後に数十ものエラーメッセージがでてどうにもなりませんでした。  そのような状況に立ち至り、換装→OSのアップグレードという計画を断念。  新年に、計画を 「換装」→「クリーンインストール」に変更しました。  この場合、いままで入れていたソフトを入れなおしたり、データをいちいち移植したりする必要があるので、ちょっと面倒だなーと思っていたのですが、新しいPCを買うより断然にコストは安い(1/10以下)で、当座をしのげるだろうと思います。  結果、期待以上に、サクサク動いています。  これでこのPCも、購入したままの状態から、  メモリが4倍(4GB→12GB)  ※4GBオンボードで、カタログスペックではMAX8GBのところ、2年ほど前に8GBに載せ替えた。    HDDをSSDに換装して、容量も2倍以上(450GB→1TB)になりました。    

広告A